第173話 特別講師

セーラという名の生徒が突っかかってきた為、俺達は出会って早々、グラウンドへと移動することになった。途中、空き教室に寄り、そこで全員に動きやすい服装へと着替えてもらったのだが、それが終わって出てきた時、ただ1人を除いて生徒達は皆不安そうな表情を浮かべていた。そして、それは今もなお続いている。おそらく、これから何が行われるのか不安でたまらないのだろう。これが正常の反応だ。魔法や実戦に対して消極的になっている今だからこそ、これ以上心身に負担の掛かる急激な変化は求めていないはず。むしろ、セーラとかいう生徒の方が異常なのだ。何故、あれだけモチベーションを高く保てるのか不思議でならないがきっと彼女なりの強い想いがあるのだろう。だが、それを今から一旦打ち砕かせてもらう訳だ。そこで屈することなく、また立ち向かってくるのか、それとも崩れ落ちてから這い上がってくるのか、それは彼女次第ではあるのだがいずれにしてもここで起こったことが他の生徒達にも大きな影響を与えることは間違いない。


「今からルールを説明する。これからセーラとうちのメンバーであるカナに1対1の模擬戦をしてもらう。制限時間は無制限で致命傷に至る攻撃また後遺症の残る攻撃は禁止。どちらかが負けを認めるか気絶した場合のみ、決着と見なす。ハンデとして、カナには愛用の武器ではなく何の変哲もない木剣をセーラにはこちらが提示した中で最も使いやすいと思った武器を使って戦ってもらう」


「ハンデって…………馬鹿にしているんですか!」


「カナは現役のAランク冒険者だ。一方、お前はただの学院生。ハンデをつけるのは当たり前だろ」


「で、でもカナちゃんは幼い女の子じゃないですか!」


「お前はまだそんなことを言っているのか。本当に見た目で判断するのが好きだな」


「そ、それと私がただの学院生だっていう証拠はあるんですか?もしかしたら、冒険者を兼業しているかもしれないじゃないですか!」


「それはない」


「どうして、そう言い切れるんですか!」


「もし冒険者をしていたら、先程のような発言は出てこない。ここにいる他の生徒ですら、こんな感じだ。であれば、尚更だろう。ほら、周りを良く見てみろよ」


「くっ…………」


「で?これ以上、まだゴチャゴチャ言うか?」


「い、いえ…………失礼致しました」


「ま、やってみれば分かる。じゃあ、そろそろ始めるぞ。念の為、他の生徒達は少し距離を取れ」






――――――――――――――――――――






「始め!」


特別講師であるシンヤ先生の合図で模擬戦が開始されました。私は数ある選択肢の中から最も手に馴染んだミスリルのショートソードを選びました。一方のカナちゃんはただの木剣。それもその辺で拾ってきたような。私はまたもや苛立ちが募るのを感じました。シンヤ先生の発言は正しく、冒険者と一般生徒でハンデを設けるのは当然だと私も思います。しかし、理屈はそうであってもやはりこんな幼気な女の子に……………


「お姉さん、どうしたの?」


「えっ!?な、何でもないですよ〜?ただカナちゃんが可哀想だなと」


「ん?どうして?」


「だって、あの人に無理矢理こんなことをやらされてるんでしょう?本来、あなたぐらいの年齢の子供なら、他にもっと楽しいことが」


「お姉さん」


「え?」


「そんなこと言ってると…………死んじゃうよ?」


「っ!?」


その瞬間、私はハッキリと感じました。目の前にいるこの女の子は…………いや、敵はただの子供なんかでは到底ないことを。


「さっき、シンヤ様が言ってたこと何にも響いてないんだね〜」


「あぅ………あぁ…………」


彼女から放たれる殺気が膨大すぎて私はその場を動くどころか、言葉すらまともに発せずにいました。


「本当にそんなんじゃこの先、生きていけないよ?だってお姉さんを殺ろうと思ったら、私みたいな冒険者や暗殺者を雇えばいいんだもん。言っておくけど、うちにはまだまだ子供がいて、みんな強いよ?」


「な…………んで」


「ん?」


「そ、んな………わ、私なんかが狙われる理由は」


「何言ってんの?世の中、何があるか分からないんだから」


「それは冒険者だけの話じゃ」


「お姉さんの世界って…………狭いね。可哀想」


「っ!?な、何であなたみたいな子供にそんなことを言われないとならないんですか!」


彼女のその言葉が決定打となり、私は抑えていた感情が爆発してしまいました。しかもそれは咄嗟に出た内容の言葉であった為、本音であり、自分自身を非常に情けなく思いました。結局、私は彼女を見た目で判断しました。あれだけの殺気を浴びても尚、なかなか考えを変えることはできなかったのです。そして、それが敗北の要因にもなってしまいました。


「チェックメイトだね」


「え…………」


気が付くと彼女が目の前にいました。おかしい。片時も目を離していなかったはずなのに……………私は意味が分かりませんでした。


「戦闘中は常に冷静でいないとね。挑発に乗っちゃダメだよ」


「そ、そん…………がはっ!?」


突然でした。今度こそ、しっかりと彼女を捉えておく、そんな心構えは全く意味を為さず、私は気が付けば吹き飛んでいました。その際、チラッと見えた彼女の姿は木剣を振り抜いているものでした。ただただ木剣を横薙ぎに振るう。それだけで私はいとも容易く敗北へと向かってしまいました。


「ぐふっ…………」


地面に無様に倒れながら、他のことを考える余裕もなく痛みにのたうち回ります。そんな中であっても恐怖から彼女の方を見るとゆっくりと近付いてきているのが分かりました。私はゾッとしました。これ以上の痛みに耐えられる訳がありません。


「わ、私の負けです!参りました!」


急いで負けを認めました。圧倒的に格上の相手。どう転んでも勝てる要因が思い浮かびませんでした。


「では勝者、カナ」


「やった〜シンヤ様、褒めて〜」


「ああ。偉いぞ。良くやったな」


暢気な会話に腹が立つ余裕もなく、私は痛みに必死に耐えることしかできませんでした。するとそれを見かねたのか、シンヤ先生のお仲間の獣人の少女が近付いてきました。


「え、ちょ、ちょっと何をするんですか!」


「うるさいわね。じっとしてなさいよ」


「いや、だから……………って、あ、あれ?痛みが引いていきます」


見れば、彼女の手から淡い綺麗な光が溢れています。それはかなり強力な回復魔法でした。教科書や授業では見かけたことのないものです。


「ほら、治ったわ。これからは油断するんじゃないわよ」


美しい九つの尾にこちらを気遣う優しい微笑み。私は思わず見惚れてしまいました。それと同時にバツの悪さも感じました。直後、足音が聞こえ、そちらを見るといつの間にか、シンヤ先生が目の前に立っていて、私の身体を優しく抱き上げてくれました。


「お前が今、感じているのは罪悪感だ。幼く弱いと決め付けていた少女は年齢以上に大人で強かった。また他種族だからと排除しようとした相手には救いの手を差し伸べてもらった。これでもまだお前は……………お前達は今のままでいいと本当に思っているのか?」


これは私達に対する重要な問いかけだ。それこそ、今後を左右するほどの……………私だけではなく、おそらくみんなもそう感じたと思います。私はお礼を言って、地面に下ろしてもらい、先生達を見つめました。そして、周りを見渡してみんなが頷いたのを確認すると揃って、こう言いました。




「「「「「いいえ!!!!!」」」」」

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