第81話 とある少女の過去

私には本当の両親の記憶がない。それもその筈。どうやら、生まれてすぐの状態で森の中に置かれていたらしく、私は拾ってくれた男の元で育てられたのだ。男はある組織のトップだった。その組織は人々の負の感情を集め、邪神を復活させることを活動目的としていた。そんな危険な目的が私のような小娘にバレてしまっても大丈夫なのかという疑問が湧き、ある日訊いてみたところ、私には人としての大事な感情を表に出す能力が欠落しているようで仮にそれを知ったとしても慌てて誰かに助けを求めたり、逃げ出したりする恐れがないそうで問題ないと判断されたらしい。とは言ってもさすがに防衛本能のようなものが働くと感情が表に出てくるみたいではあるのだが、男の元で暮らしている間は一度もそのようなことがなかった。そして、私が18歳になった時のことだった。男の部屋に呼び出された私はこう言われた。


「お前にもそろそろ組織の一員として動いてもらうぞ」


どういうことなのか、最初は意味が全く分からなかったが言われた通りにする以外の選択肢がなかった私は指定された場所へと向かうことになった。そうして辿り着いた場所はフリーダムという街へと続く森の中であった。そこで一緒に来た同行者に通信の魔道具と少しの食料を渡された私はこう言われた。


「この近くに簡易的な野営地を作り、そこを我々の拠点とする。何か異常を感じたら、すぐにそれを使って知らせろ。あとは…………ぐはっ!」


「き、貴様ら!一体、どうやって……………がはっ!」


「ヒャッホー!こりゃ、ついてる!」


そこから先を聞くことは出来なかった。知らぬ間に近付いてきていた盗賊団に同行者2人が殺られ、1人残された私は為す術もなく、捕らえられてしまったのだ。生け捕りにされた理由はどうやら奴隷としての価値があると思われたらしい。その一連の出来事は私にとって初めてのショッキングな体験で無意識に涙や身体の震えが止まらなかった。この時、これまで生きてきて今までにない程、感情が表へと出たのだが、それも盗賊団のアジトに連れていかれた途端、奥へと引っ込み代わりに急激な睡魔が襲ってきた為、すぐに眠りにつくのだった。


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捕らえられて数日が経ったある日のこと。アジト内が俄かに騒がしくなるのを感じた。鎖で縛られてはいるものの、同行者から貰った食料と盗賊団から与えられた非常食によって、健康状態は良く、動きづらいこと以外は比較的困ることはなかった。しかし、何もすることがなかった為、基本的には寝ていることが多く、その日もそれで過ごそうと決め横になった直後、私のいる部屋に近付いてくる足音が聞こえた。しばらくするとそれはすぐ側で聞こえるくらいにまでなり、遂にはその何者かが目の前に姿を現した。黒い衣を纏った男と複数の少女達だった。それを見た途端、またあの時の光景が甦り、自然と涙と警戒心が湧き上がってきた。またその者達がさらにこちらとの距離を縮めてこようとした時には反射的に目を瞑って後ずさってしまい、この後訪れるであろう苦痛に備え、心を落ち着かせようと必死になっていた。しかし、予想に反して、危害を加えられることはなく、かけられた言葉も想定の斜め上のものだった。


「俺は敵じゃないから、お前を傷つけるつもりは一切ない。ここに来た目的は盗賊の討伐だ。ついでにお前のことを助けてやるが、だからといって恩を感じる必要はない。解放された後はどこへでも好きなところへ行け」


何故かは分からないが、これは運命だと感じた。だからか、私の鎖を斬って、アジトから出ていこうとする彼らの背を見つめながら、呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。夢見心地にでもなっていたのだろうか。だが、仮にも私は組織の一員。すぐさま頭を切り替え、自身の気持ちに一旦蓋をすると素早く隠し持っていた通信の魔道具を使い、連絡を取った。相手は組織のトップ。内容はこれから自分が着いていこうとする旨とその者達の簡単な特徴だった。


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私がその者達と出会って一緒に行動するようになってから、色々なことがあった。仲間が増えたり、強くなったり、トラブルが起こったり……………そのどれもが楽しく嬉しく、また幸せな日々だった………………その傍ら、組織との連絡は私達に何か大きな動きがあった時に逐一行っていた。どこか彼らを裏切っているという罪悪感はあるのだが、私を拾い育ててくれた男への依存心とも言うべきものが心を縛り、命令に従わざるを得ない状態となってしまっていた。連絡の際に使用した名は"ノエル"。これは偽名であり、周囲の目を気にしてのものだった。口調もわざと丁寧な感じを演じていたのだが、通信が終わった後は毎回気疲れを起こしていた。組織からの任務は忠実にこなした。"愚狼隊"を潰したのも元々は下部組織である"人猟役者"の邪魔になりそうだったからでスタンピードが起こることもその数日前から知っていたし、仲間達のことも逐一報告していた。しかし、組織の一員としての顔はいつしか偽りの自分を演じたものとなっており、本当の自分とは……………あの時、私をアジトから救い出してくれたあの者達と後に増えていった仲間達の前で見せる姿がそれだった。つい最近までずっと苦しんでいた。偽りと真実、虚構と現実。自分の中で入り乱れる感情がぐちゃぐちゃになり、挙句の果てには以前、仲間に組織の部分を伏せた過去を思わず話してしまった。本当は誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。裏切っているのが申し訳なくて、辛くて苦しくて、胸を張り心の底から仲間だと自信を持って一緒にいることが出来なくなってきていたのかもしれない。早くこの呪縛から解き放たれたい。でも、脳裏には常にあの男がいて、こう囁くのだ。


「そろそろだ…………我々の悲願が達成される日は近い。その時が来たら…………奴らの1人を消して戻ってこい」





私はこの暗示に逆らえなかった。

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