第75話 偉大な男

「お主ら、自分達がやろうとしていることが一体どんなことか、分かっておるのか?」


「ええ、もちろん。我々にとって暮らしやすい世界、言い換えれば"理想郷"を創り上げる。その為にずっと動いてきたんですから」


「それはどうかの?もし、それが本当のことなら、先程ダートが言った世界中を恐怖に陥れるという言葉に矛盾が生じてくるのではないか?」


「お前は馬鹿か?世界中にどれだけの数の人間がいると思っているんだ?一人一人、理想は違うだろ?つまり、誰かにとっては暮らしやすくても他の者にとってはそうでないかもしれない。みんながみんな、ハッピーな世の中なんて存在しねぇんだよ。特に俺達の中には血の気の多い者がいてな、そいつらの理想郷にするなんてことになれば、それこそ世界中が血の流れる殺し合いで溢れかえるだろうよ。そういう意味で俺はそういう言い方をしたんだよ」


「…………なんてことを。今のを聞けば、ワシよりもお主の方がよっぽど大馬鹿者じゃと分かるのぅ」


「なんだと、ジジイ!」


「ダート様、よして下さい。この男は後であることに使うんですから」


「ああ、例のアレか」


「はい。それが全世界に我々のことを知らしめる序章となるでしょう」


「か〜燃えてきたね。当日は俺も出席していいんだよな?」


「ええ。ダート様のお名前も世界中に知れ渡るでしょうね」


「腕が鳴るぜ!なんせ、もしかしたら、俺の首を狙って、あらゆる猛者達が押し寄せてくるかもしれないってことだろ?想像しただけでゾクゾクするな」


「本当に血の気が多いですね」


――――――――――――――――――――






「……………という訳なんです」


「そうか……………よくやったな、ミーム。こんなことがバレたら、只では済まないだろ?」


「いえいえ…………貴方様にはとんでもなくお世話になっていますから。それと奴らの悲願が達成されてしまえば、どの道、私も含めて世界中の人間が悲惨な目に遭ってしまいます。でしたら、その前にそれを阻止できるお伽噺に出てくる勇者のような御方に助けを求めた方が利口な選択でしょう」


「勇者って…………何か勘違いしているようだが、俺は別にそんな大層な人間じゃないぞ。俺は自分にとって大切な奴だけを守れれば、それでいいんだ」


「まぁ、そういうことにしておきましょう」


「おい、絶対分かってないだろ」


「あ、誰か来ました。すみません、ではこれで失礼致します。この度は本当にありがとうございます」


「ああ。くれぐれも気を付けてな」


「はい。では例の件、よろしくお願い致します」


「任せとけ」









「如何なさいますか?」


「…………とりあえず、あいつらを全員呼び戻してくれ」


「かしこまりました」


「先程、告げた今後の動きについてですの?」


「ああ…………予定変更だ」


――――――――――――――――――――







ミーム・トリセルがある者と通信の魔道具を使ってのやり取りを行ってから、3日後。フリーダムの中央にある広場に急遽作られた特設台、その一番上にとある男が十字架に磔にされた状態でいた。男の周りを囲むのは黒いローブを纏った集団と映像の魔道具であり、周囲にはピンと張り詰めた空気が漂っている。普段、忙しなく街を行き交う人々もこの唯ならぬ光景に思わず、足を止めて上を見上げており、これから始まる何かを固唾を飲んで待っていた。中には涙を流しながら、身体を震わせている者もいる。その大半が冒険者達であった。しかし、それも無理なからぬこと。磔にされている男はこの街、いや世界中の冒険者達から畏怖と尊敬の念を持たれる程の人物であり、これまでの数々の功績から冒険者以外からも恩人とまで称される程、偉大な人物であった。


「ごきげんよう、諸君!本日は天気にも恵まれ、我々の活動がちょうど節目を迎える日でもある!今日という日をどれだけ待ち望んでいたことか!今まであらゆる困難が我々に襲い掛かってきたが、その度に乗り越え、跳ね除け、受け流し……………遂にここまで辿り着いた!私は今、歓喜に打ち震えている!しかし、それもこの後起こることに比べれば、小さな喜びとなってしまうだろう…………失礼。あまり前置きが長くなっても仕方ない。単刀直入に言おう!……………ここにいる男を今から処刑する!これは見せしめであり、我々の覚悟の証である!ちなみにこれは世界中のあらゆる場所に設置してある映像の魔道具によって、多くの者達の目に入るようになっている!このことから、我々の為そうとしていることの大きさを理解して頂けたであろう!そして、ここに宣言する!今日という日を境に世界は生まれ変わるだろう!その始まり…………開会の儀として、この男を処刑するのだ!」


突如、起こったこの出来事に世界中にいる多くの者達が震撼し、どよめいた。何かの冗談だと信じたい者、夢だと自分に言い聞かせる者、はたまた涙を流しその場に蹲る者など反応は様々であったが、そこから共通して分かることが1つあった。それはその男がどれだけ多くの者達から慕われていたのか、また愛されていたのかである。


「………………」


男は目を瞑り、この後、自分に起こることを逃げも隠れも抵抗すらせずに受け入れようとしていた。眼下を見下ろせば街の人々が、映像の魔道具からは世界中の人々が自分のこの姿を祈るような思いで見つめていることは分かる。しかし、それはしない。ここで終わるようであれば、それまで。今まで自分の人生や運命は自分で切り開いてきた。もう、そろそろ違う何かに己の命運を託してもいいのではないか?ここで朽ち果てるか否か、全ては目には見えない何かに任せようと心に決め、どっしりと構える。このような窮地にて、こういう考え方をする男だからこそ、あれだけの人望があるのかもしれない。


「…………さぁ、どうなる?」


男の名はブロン・レジスター。"魔剣"という二つ名を持ち、数々の功績を残してきた偉大な男であった。

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