第36話 対抗戦2

「や、やっぱり、あの噂は本当だったんだ………」


僕は目の前の惨状を見て、そう呟いた。僕は常日頃から危険や脅威に怯えながら、暮らしている。それは何も魔物のだけではない。人も同様にである。どこに危険が潜んでいて、それがいつ襲ってくるかなどは予兆がなければ誰にも予測できない。したがって、普段から、それこそ街中を歩く時でさえ刺客に襲われたり、何か事件に巻き込まれるんじゃないかとビクビクしながら生きている。その為、"Bランククランのクランマスターがそんな腰抜けでどうする"と周りから多々言われることもあるし、実際に陰で馬鹿にしている者もいると思う。それでも僕は一向にこのスタンスを崩す気はない。いつも強気な態度や行動を取っていれば、余計な争いを生むし、もし実力が伴っていないとメッキが剥がれた時に恥をかくどころか、命を失いでもしたら馬鹿馬鹿しい。僕は見栄や慢心で死にたくはないのだ。もちろん、僕の考え方はクランメンバーに伝えており、みんながそれに賛同してくれている。実際にその用心深さのおかげでこれまで何度も危機を乗り越え、Bランククランにまで成長したのだから。とはいえ、そんな僕にも前に出たり、少しだけ強気な発言をすることがある。それは新人や後輩に舐められないようにとBランクとしての威厳を見せつけたり、普段の慎重さとのバランスを考え、そろそろ大胆になった方がいいんじゃないかと思い始めたタイミングでだ。そんな時は決まってクランメンバーにこう言うのだ………"今日、かましちゃうから、よろしくぅ!"と。何故か、その瞬間だけはみんなからウザそうな目で見られるのだけど、気のせいだよね?………気のせいだと思いたい。話を戻すとそんな僕だからこそ、今回の対抗戦には一抹の不安があった。ガルーヴァは彼らの噂なんか信じるなと言っていたけど、僕はそんな彼のことを信じていない。ガルーヴァと僕、ギヌは冒険者になった時期が一緒で今まで切磋琢磨してきた仲だ。いわゆる同期である。だからこそ、彼のことは内面も含めて一通り知っているので、一言言わせてもらうとエンジンが掛かっている時の彼は信用できない。僕らはもう中堅。新人の時みたいにいつまでもチヤホヤされている訳じゃないし、新しい波に乗れないどころか昔から性格や行動が何一つ変わっていないのは怠慢やぬるま湯に浸かっていると揶揄されても致し方ない……………どうやら、ここらが潮時のようだ。将来、有望な者は次々に出てくる。僕らもいつまでもこのままという訳にはいかない。となると、この時代の変換点とも言うべきタイミングで現れた超大型新人冒険者シンヤはもしかしたら、もしかすると、もしかすれば、


「僕らにそのことを教える為に………?」


「そんな訳あるか!蒼槍雨!」


「ギャー!」


「黙って聞いてれば、ウダウダと訳の分からんことを言いおって」


「………あれ?口に出てました?」


「最初からな!」


「そ、そんな………ごふっ」


僕は城の周りに埋もれて倒れている仲間達を見回すと彼らと同じ様に崩れ落ちた。気を失う直前に見たものは彼女が悠然と僕の城の中へと入っていく姿だった。


「恐るべし………"蒼鱗"ラミュラ」



――――――――――――――――――――



「なるほど………噂に違わぬその実力と美貌………恐れ入った」


「それはどうも」


「しかし、本当に1人だけで来るとは」


「こちらも少々、驚きました。道中に襲撃が全くなかったので」


「俺達は冒険者の中でも変わっているからな…………ま、それは傭兵時代もそうだったが」


「傭兵?」


「ああ。俺達は以前に傭兵をしていて、つい5年程前に冒険者へと転職したんだ。で、その時の戦闘スタイルが今になっても変わってなくてな………。罠や搦め手、騙し討ちなどを一切行わず、正々堂々と正面からぶつかるガチンコスタイルだ」


「それでよく今日まで生き残ってこれましたね」


「ああ、それは俺も思う。どんだけ綺麗事を言ったって命には換えられない。だが、これは好みというかプライドというのか…………どうしても性に合わないんだ」


「そうですか」


「だから、今回もここを一歩も動かずにAランククラン"黒天の星"所属"玄舞"アスカ………お前を待っていた」


「でも、話を聞く限り、ラミュラさんの方が良かったんじゃないですか?同じ元傭兵ですし」


「確かに傭兵時代、ラミュラ殿の噂は色々な所から聞こえてきた。それこそ、たった1人でいくら竜人といえども生きていけるほど傭兵の世界は甘くない。相当な修羅場を潜ってきたのだろう。だから、一度は会ってみたいと思っていた」


「ここへ来たのが私で悪かったですね」


「………いや、むしろ、これで良かったと思っている。初めて、玄舞………いや、玄舞殿と対峙してみて分かったが全く隙がない。これ程どうしていいか分からない相手は初めてだ。故にワクワクしている自分がいるのだ」


「………仲間がやられてても平然としているんですね」


「確かに仲間は大事だ。しかし、先程、玄舞殿に斬り伏せられた者達に関しては自業自得としか言いようがない。己の実力がどこまで通じるのか確かめようと先走るなど………戦場ではいついかなる時であっても冷静な判断力と行動が求められる。もちろん、何かを護りたいという強い気持ちが力へと昇華する場合もあるが、先程のはそれとは異なる。おそらく、玄舞殿から放たれるプレッシャーと異様さに耐えられなかったのもあるのだろう。だが、最近は俺達に挑戦してくる者達がめっきりといなくなり、力を持て余していたのもまた事実だ。結果はご覧の通りだが」


「ではあなたもそうすると?」


「皆が皆、そうなってしまっては一体、誰が暴走した者達を止められるというのだ………俺はクランマスター。何があっても俺だけは常に状況を把握しておかねばならない」


「ではどうすると?」


「決まっているだろう…………冷静に暴れるのだ!!」


「………やはり、変わっていますね」


「お褒めに預かり光栄だ!」

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