第29話 とある冒険者達の噂2

俺の名はドルツ。しがない情報屋だ。いきなりだが、現在、ここフリーダムに未曾有の危機が迫っている。え?一体、何が起きてるんだって?答えはズバリ、魔物の大行進……いわゆるスタンピードだ。魔物の大群がこの街を目指してるという知らせを初めて聞いた時は正直、人生を諦めたね。俺もここまでか………と。別にこれまでの人生に後悔はないし、特にやり残したこともない。強いて言うなら、最近この街で活動し始めた面白い奴らのこれからを見れないのが残念だなと思ったぐらいだ。その時は本当にそう思った。今は少し落ち着いて、この日記を書いている。こんな時になってまでもやはり俺は情報を残そうとするんだなと自分自身に呆れる反面、これが性分だと納得する部分もある。一応、俺の精神状態はそんな感じだ。また、街の者達も変にバタバタせず、じっとその時を待っている。何故、フリーダムを捨てて、他の街や都市へと逃げなかったのか疑問に思う者もいるだろうが、それは単に愛着があり、死ぬ時はこの街でと考えたからだけではない。そもそもスタンピードを知った時、既に逃げている時間などなかったからである。あと、冒険者達が負けると確信し、死を覚悟していた理由は魔物の数にある。通常、滅多に起こらないスタンピード。それが起きただけでも最悪の状況、今回はそれに加えて魔物の数が異常だったのだ。過去の事例からいくと多くても500体がいいところなのだが、聞くところによると今回はそれの約20倍以上の数。一方、フリーダム中の冒険者達をかき集めたとしても500人がせいぜいだろう。圧倒的に数と質が釣り合っていない。いくら、A・Bランクのクランがいたとて、これはどう転んでも敗戦濃厚である。しかし、冒険者達には頭が上がらない。動機がなんであれ、自分達が負けると分かっていて、魔物の大群に己が身一つで突っ込んでいくのだ。個々の人間性は置いておいて、その行為自体は尊敬に値する。俺がそう思いながら、最期のコーヒーを飲んでいると門の外から、冒険者達の雄叫びが聞こえた。どうやら、いよいよ開戦らしい。さらば、フリーダム………さらば、喫茶店モローテル……のコーヒー。




それから、10分後には冒険者達の声も聞こえなくなり、一体どういう状況になっているのかが全く分からなくなってしまった。だが、そんなことより、気になることがあった。それは冒険者達から逃れた魔物がここフリーダムに攻め込んできていないということだ。1万もの大群であれば、必ずあぶれた魔物がやってくるはず。それが今の今までないのは不自然。何故なのか………考えたところで答えなど出ないし、意味がない。残り少ない時間をそんなことに割いていてはもったいない。俺は頭を切り替えると周りと同じように最期の最後まで自分のしたいことをすることにした。




おかしい。これはさすがにおかしい。いくら待っても魔物が攻め込んでこない。いや、それはそれでいいことなんだが、逆に不気味だ。街の者達もその異変に気付き、意を決して門の側まで行っている…………こうしちゃいられない。俺も行こう。なんてたって、情報屋。誰よりも早く情報を手に入れなくてどうする。これでそこら辺のよく分からない奴に先を越されでもしたら、名折れだ。それだけは絶対に嫌だ。死んでも嫌だ。そんなことを思いつつ、門の側まで駆け寄る……………とタイミング良く、外から入ってくる者達を見つけた…………って、ちょっと待て。あいつらは…………


「黒の………衣」


誰かがそう呟いた通り、全身を黒い装備(薄すぎて普段着にしか見えない)で固め、様々な種族を引き連れた男を先頭とした集団………新人?冒険者のシンヤパーティーだった。皆、その異様な出で立ちと雰囲気から、一斉に道を開ける。


「…………」


奴らは俺達の不思議な視線を気にすることなく、おそらくあの方向は冒険者ギルドであろう場所へと向かっていった。


「一体、今のは何だったんだ………」


それはこっちが聞きたい…………と思っていると直後にギルドマスターが外から息せき切って、帰ってきて、開口一番こう言った。


「皆の者、よく聞け!たった今、脅威は去った!もう安心じゃ!」


「え?」


「………ってことはつまり?」


「この街は魔物共の魔の手から逃れた!………つまり、助かったのじゃ!」


その瞬間、割れんばかりの歓声・拍手が轟いた。嬉しいに決まっている。絶対に助からないと今の今まで思っていた訳なのだから。周りを見ると抱き合ったり、泣きながら祈りを捧げたり、下手くそな踊りをしている者までいた。そして、ひとしきり騒いで落ち着いた頃、誰かがギルドマスターに聞いた。


「で、でもどうやって、そんだけの数の魔物を………?」


「………あやつは嫌がるじゃろうがな。こればかりは仕方あるまい………許せ、シンヤ」


誰もが気になる至極当然の疑問。何故か、一瞬答えづらそうにしたギルドマスターはしかし、まるでどこか諦めた表情をした後、こう答えた。


「それはの…………」


今日、この日の出来事はおそらく、フリーダムの歴史に残り続け、生涯に渡って語り継がれていくことは間違いないであろう。そして、そんな場所・時に居合せたことは情報屋としてだけではなく、個人としても人生の中で最も嬉しいことだった。




――――――――――――――――――――



あれから、1週間。未だに話題の中心はシンヤ達である。そりゃそうだ。街を救った英雄なのだから。だが、一部の冒険者達はあまりいい気がしないらしい。どうやら、自分達の手柄をごっそり取られたと思いこんでいるみたいだ。死ぬかもしれないという恐怖心がもう魔物の脅威に怯えなくていいという安心に変わり、それがいきすぎて嫉妬心へと変化してしまった。これは瞳が曇りすぎて、真実が全く見えていないダメなパターンだな。ま、いずれ、そういう奴らは痛い目に遭うだろう…………って、そんなことはどうでもいい。今、旬なのはシンヤ達だ。実はあいつら、この度、クランを結成しやがった。フリーダム中から注目の的になっているこのタイミングでだ。しかもスタンピードが起きた日に結成したらしい。クランマスターはもちろん、シンヤ。で、副クランマスターがティアとかいう獣人の少女。で、あとのメンバーが幹部になるそうだ。これに対して、特に冒険者達から、驚きの声が上がった。シンヤ達は冒険者ギルドに来る回数がそこまで多くなく、一度ふらっと立ち寄ったら、あとは最低1週間は訪れないことがほとんどだそうだ。しかも依頼を受けているのを見た者がいないという。にも関わらず、戻ってきた時には大量の魔物を売却するものだから、違和感を持たれ、1週間もの間、一体どこで何をしているのか冒険者達の間で色々と憶測が飛び交っているらしいが、どれも違うと思う。俺の勘だが……。で、そんなんだから、シンヤのランクがFのままだと思いこんでいる冒険者が多数いたらしい。クラン結成の条件として、クランマスターはBランク以上という規定がある為、少なくともBランクではあるということがその時に皆に知れ渡ったのだが、実はそんなものではなかった。なんと冒険者登録したその日の内にAランクになっていたのだ。俺もその日、ランクアップしていることは知っていたが、まさかAにまでなっているとは思っていなかった。せいぜい、DかCくらいだろうと。驚くことはまだある。スタンピードを終わらせた張本人として、シンヤがS、ティアと幹部3人がA、残りがBというランクになったらしい。恐ろしい。一日にして、Aランククランの誕生である。ちなみにクラン名は"黒天の星"でメンバーそれぞれに二つ名まで付いているみたいだ。どうやら、戦いの様子を伝令が見ていて、その時の特徴を伝えたら、勝手に周りが呼びだしたようだ。それによると


シンヤ→黒締 ティア→銀狼

サラ→金耳 カグヤ→朱鬼

ノエ→銅匠 アスカ→玄舞

イヴ→白姫 ラミュラ→蒼鱗


らしい。当の本人達はスタンピードの翌日から、ギルドに顔を出していないので二つ名が付いていること自体を知らないわけだが、そんなことより、もっと厄介なことがある。それは


「黒天の星に入りたいな」


「いや、お前じゃ無理だろ。入るなら、俺が」


「いいや、俺だね」


「私よ!」


あいつらのクランへの入団希望者が後を絶たないことだ。俺の勘が告げている……………これ、絶対に嫌がるだろ!どうすんの!?

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