第13話 とある冒険者達の噂

俺はドルツ。ここフリーダムに古くからいる情報屋だ。依頼があったら、その依頼主がどんな種族・身分・職業であろうと金銭と引き換えに情報を差し出すのが俺の仕事だ。俺はこの仕事に誇りを持ってるし、この街の中で起きたことで俺が知らないことなど何一つないという自負もある。その情報一つで誰かが救われるからなんて大それた理由でなく、完全なる自己満足、承認欲求の為にこの仕事を日々こなしているのだ。そして、その日もいつものように冒険者ギルドで声を掛けられないか待っていた。しかし、時間帯が悪く、冒険者の数がそこまで多くはなかった為、いつまで経っても仕事の依頼をしてくる者は現れなかった。かと言って、情報屋にとってはおいしい何か事件のようなもの、例えば喧嘩やいざこざ、不仲なども特に起こることなく淡々と時間だけが過ぎていった。強いて言えば、真昼間から飲んだくれている筋骨隆々のスキンヘッド男が時折、酔っ払って他の者に絡もうとしているのを仲間に止められているぐらいか。あいつは最近、浮かれ過ぎているからな……。ここらでは有名なBランククラン「愚狼隊」のクランマスターに直接スカウトされて、そのまま入ったらしい。だから、自分の強さを過信して、依頼も受けず、こうして真昼間から酒を飲んでいるというわけだが。あいつはダメだな。俺はそうやって思い上がって脱落していった者達を何人も見てきている。いずれ、あいつもそうなる。それがいつになるのかは分からないが………それにしても失敗した。前の晩、深酒をしてしまった俺はそのまま寝落ち。起きた時には太陽が真上にあったのだ。こんなことなら、酒なんて飲むんじゃなかった…………俺は後悔の念に苛まれ、今日はもう諦めようと席を立ちかけた。その時だった。ギルドの扉を開けて、ここでは見かけない三人の男女が入ってきたのは。新人なのだろうか。というのもここフリーダムを拠点とする冒険者は大体が5年以上、ここに在籍している者がほとんどだった。新しく冒険者を目指す者達はこぞって遠くのそれこそ一攫千金も夢じゃない迷宮都市などへと向かう。言い方は悪いが、こんな所で冒険者生活をスタートさせるなど効率・風聞ともにあまり良くはないだろう。もちろん、長く居て確固たる地位を築いているクランや高ランク冒険者は別だろうが。話を戻すと今、正に扉を開けて入ってきた彼らはこの街で見かけたこともなければ、ましてや高ランク冒険者という訳でもないだろう。一度、高ランク冒険者が生まれるとその噂は街を都市を国を越えて、囁かれる。その容姿や武勇伝、二つ名とともに。だが、彼らのそれは伝わってないどころか、長く情報屋として活動している俺でもそもそも初めて見る装いだった。種族・武器は三人ともそれぞれ違うが、身に付けている防具は一緒。吸い込まれそうなほどの黒・黒・黒。ずっと見ていると目眩がしてきそうだ。しかし、彼らも運が悪い。さっきから飲んだくれて暇そうにしているハゲゴリラの前にこれだけ目立つ者達が現れてしまっては狙って下さいと言っているようなもの。これは格好の餌食である。案の定、彼らは絡まれていた。可哀想に。どういう経緯があるのかは知らないがこんな辺鄙なところから冒険者生活をスタートさせようとしたら、この洗礼。出鼻が挫かれるにもほどがある。ましてや、相手が悪い。今、勢いに乗っていると勘違いしているハゲだるまが一体、何を言い出すのか。下手したら、彼らの対応次第では斬りかかってもおかしくはない。頭がおかしいから。俺は情報屋の仕事としてではなく、一人の野次馬として、なぜかこの後の展開が非常に気になった。仕事を抜きにして、ここまで他人に興味を持つなんて、一体いつぶりだろうか………。そんな不思議な気持ちになりつつ、見守っていると彼らがようやく冒険者登録を終えた。ちなみにその間、筋肉ダルマが話しかけていたが、ひたすら無視。この時点で新人冒険者であるはずなのに只者ではないという直感があった。この直感は今まで数々の危機から俺を救ってくれた。だから、信用できる。彼らはただの新人冒険者ではない………。しかし、ダルマの取り巻きはそう思わなかったようでひたすら、生意気な奴だと罵っていた。そうこうしている内に彼らがギルドカードを受け取って、その後も無視して出ていこうとした為、焦った筋肉はなりふり構わず、


「だから、無視すんじゃねぇ!俺様はかの有名なクラン愚狼」


なんと彼らへ斬りかかってしまったのだ。嫌な予感が当たってしまった。だが、最後だけ見て見ぬふりはできない。それは彼らに対する冒涜である。かと言って、今まで見ているだけだったのにここで都合良く助けに入ってもいいのだろうか。俺が葛藤していると事態は進み、もっと驚くべきことがこの後、起こった。


「うるさい、ゴミが」


青年の傍らに佇み、冒険者の説明を聞いている時ですら静かだった獣人の少女が自分よりガタイも態度も大きいハゲの首を飛ばしたのだ。といっても少女の言葉から、殺った人物を推測したのであって、その瞬間を見れた訳ではない。スピードが早すぎて剣を抜いたことすら、分からなかったのだ。


「私達なら、ともかくよりにもよって、シンヤさんに斬りかかるなんて、死んで当然です」


「え!?私なら、いいんですの!?」


その後、2人の少女が訳分からないことを言い合っていた。ようやくこの一件も終わりか。それにしても凄いものを見たな。俺は今回の件を仕事とかは関係なしに記録に残しておこうとペンを取った。しかし、この日起きたことはそれだけで終わりではなかった。ここからは長くなるので詳しい状況説明などは割愛させて頂く。簡単に言うと、


魔物の死体を100体売って、ギルドマスターと模擬戦を行ってランクアップして、何故かもう2人メンバーが増えて、盗賊とまた魔物の死体を100体売って……………


彼らが冒険者ギルドで何かをしようとする時はみな固唾を飲んで見ていた。好奇心半分、恐怖半分といったところだろうか。とにかく、彼らがいる間は空気が張り詰め、彼らと会話している者以外は誰一人として口を開けない状況だったのは確かだ。現に殺された過信バカの取り巻きですら、取り乱して全員外へと静かに飛び出していった。うるさくして殺されたら、敵わないからだろう。そんなこんながありつつ、今、フリーダムの冒険者達の間では彼らの噂で持ちきりだった。人の口に戸は立てられない。今頃、愚狼隊にも報告がいって、彼らがたった一日にして、Bランククランから狙われてしまうのは避けようがないだろう。しかし、彼らならば、それすら何とかしてしまうのではないだろうか…………いや、考えすぎか。さすがにベテランBランククランを相手にして、無事では済まないだろう。ともかく、突如としてこのフリーダムに現れた異分子は一体、この先にどんな景色を見せてくれるのか、陰ながら見守らせて頂くとしよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る