第4話 ティアの過去

私が生まれたのは全体的にとても貧しい村でした。皆が皆、月に一度の税金を納めるのに精一杯で他のことにまでお金を使っている余裕がないほどです。といっても、食べ物は畑の農作物を収穫したり、森の動物達を狩ればいいですし、服はお金を少しずつ貯めて、たまにやって来る行商人から買えば、なんとかなりました。その為、そんな生活に対して、誰かが不満を言うなんてことも特になく、非常に穏やかな争いのない暮らしを続けていました。あの日、村長から税金の引き上げを宣告されるまでは…。今でもどうして、村長があんなことを言ったのか理解できません。みんなのことを第一に考えてくれる常に優しいあの村長と本当に同一人物なのか、疑ってさえかかりました。しかし、現実は非情です。受け答えはしっかりしていますし、はっきりとした自我があります。残念ながら、それは催眠等を掛けられていない証拠でもありました。まだ精神操作されている方がましです。そうなったら、本人の意思とは無関係と位置付けることができますから。そうでないなら、もう言い訳のしようがありません。それでも最後の最後まで村長を信じたい私はそれから、村長の動向を探ることにしました。すると税金の引き上げを告げたその夜、早速動きがあったのです。村のみんなが寝静まった頃、一人身を隠すように森の中へと入っていく村長を見つけ、私はその後を追いかけました。どうやら、そこで誰かと待ち合わせでもしているようでした。数分後、見知らぬ男性が現れました。どう見ても村の方ではありません。そして、そこで見てしまうのです。村長と恰幅の良いその男性がお金のやり取りをしているのを。ところが、驚くべきことはそれだけではありませんでした。その二人の会話の内容にも衝撃を受けました。




「首尾はどうですか?」


「上々ですよ」


「それにしてもあなたも悪どいことをなさる。税金の引き上げを行って、貧しい者をより困窮させるとは」


「何を他人事のように。これから、あなたも当事者の一人となる身だというのに」


「そうですね〜。では手順のおさらいを致しましょうか」


「最終確認ですね」


「まずは村長さんが税金の引き上げを行って、村人の財政を圧迫。そこへ、た・ま・た・ま・奴隷商人の私が訪れて、奴隷の買い取りを提案。お金に困った村人は泣く泣く大事な家族を売りに出すと…。でも、そんなに都合良くいきますかね?だって、何年も貧しい日々が続いているわけでしょう?今回も持ち堪えそうですけどね」


「人は本当に困った時、悪魔のささやきに耐えられませんよ。それを明日、証明してみせましょう」


「それは楽しみですね〜」


「では明日、村でお会いしましょう。アスターロ様の名の下に」


「ではまた明日。アスターロ様の名の下に」




それで二人の会話は終わりました。私は事の重大さに驚き、呆然としてしまいました。最後の最後まで信じ持っていた希望が今度こそ音を立てて、崩れ落ちていったのです。ただ、ここで指を咥えて立ち止まっている訳にもいきません。ここで聞いたことを急いでみんなに伝えなければなりません。私は一心不乱に村へと帰ろうとしました。しかし


「おっと、その前にまずは近くにいるネズミを始末することから始めましょうか」


「やれやれ。これが初仕事とは…。くれぐれも殺さないで下さいよ。それも立派ななんですから」


なんと解散するはずだった二人が私が隠れている場所まで近づいてきたのです。私は恐怖で体が竦み、動くことができませんでした。少しすると目の前に村長が現れ、私に向かって、何かを振り下ろす動作を見た直後、気を失ってしまいました。次に目が覚めた時、私は既に馬車の中にいました。あの後、村人との間でどんなやり取りがあったのかは分かりません。ただ一つ、はっきりとしていることがあります。それは私が売られてしまったということです…。




――――――――――――――――――――


「…そんなことがあったのか」


「はい…」


「辛い事、思い出させて悪かった」


「いえ」


「その後は?」


「馬車には私以外にも色々な種族の方達がいて、どこか大きな都市で売られてしまうものだと思っていました。ところが、なぜか人目を避けるようなルートをわざわざ選んで遠回りをしているようでした。この森もその一つとして選ばれました」


「なるほど」


「そして、進んでいる最中に魔物に襲われて、今に至ります。周りにある壊れた馬車は私が乗っていたものです。護衛の方達が応戦したようですが、私以外は全員殺されてしまいました」


「ということは周りの死体の正体はそいつらか」


「はい。どうにか私だけはシンヤ様のおかげでこうして今、ここに生きていられます」


「…よし、決めた」


「シンヤ様?」


「ティア、いいか?よく聞け。今から俺はとんでもなく自分勝手なことを言おうとしている。そして、その思いをお前に受け入れてもらいたいとも思ってる」


「あの…一体、何を?」


「ティア…俺はこれから先、お前のことを何があっても守っていきたいと思う。それと同時に側にいて欲しいとも思う。これが一体、どんな感情から来る言葉なのか、俺にはまだ分からない。だが、これが正直な気持ちだ」


「…………」


「だから……俺と一緒に来い!お前を狙うありとあらゆる理不尽から守らせろ!そして、ずっと俺の側で笑ってろ!これを受け入れたら、その瞬間から、お前は…俺の家族だ」


「……………」


しばらく、ティアは目を大きく見開いて、呆然としているようだった。それはまるで何を言われているのか分からない小さな子供のようだった。無理もない。ついこの間、信頼していた者に裏切られたばかりなのだ。受け入れるのに時間はかかって当たり前だ。しかし、それでも徐々に俺の言ったことを理解し始めると大量の涙を流して、


「ふえええええーー!」


泣き出した。その大きな声はこの森の端から端まで届きそうだった。と同時に俺の心には確実に届いた。

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