1-2(アウレリア)

 会場を出たアウレリアは、こちらに目を留め、挨拶してくる貴族たちを躱しつつ、先へと進んだ。

 王女であるアウレリアが、人が大勢招待されている中に一人で出歩くことが出来るはずもなく。背後には、白い団服を着た護衛の騎士が一人、影のように控えていた。


 会場の周囲を巡る長い回廊を抜けて、中庭へと続く渡り廊下へと向かう。

 会場から遠くなればなるほど辺りは暗くなり、中庭に着いた時には、明かりという明かりは、夜空に煌々と輝く月を頼る他なかった。


 しかし月も、今日は晴れているとはいえ、半分にも満たない大きさである。元々あまり夜目の利かないアウレリアは、一歩一歩をゆっくりと進んで行った。


 中庭の警備をする騎士は、近付いてもアウレリアが誰なのか分からないらしく、怪訝そうな顔をしていた。それもそうだろう。王族の警護は基本的に、白い団服を着た白騎士と呼ばれる王家専属の騎士たちが行っている。

 現在、中庭の周囲を囲んでいるのは、黒い団服を着た黒騎士と呼ばれる騎士たちであり、彼らの仕事は主に、城内の警戒や城外の治安の取り締まりなのだ。


 加えて、アウレリアは今日初めて公式の場に顔を出したのである。分からないのも無理はなかった。




「申し訳ありません。本日、警備の都合上、中庭の立ち入りは……」




 等間隔で並んだ黒騎士たちの内、階級が上なのであろう一人が、きびきびとした動作で礼の形を取り、声をかけてくる。


 夜会の華やかな音楽が聞こえてくる中、真面目に仕事をしてくれていることを有り難く思いながら、「私は……」とアウレリアが口を開こうとした時だった。


 「この方は例外です」と、低く静かな声が背後から聞こえたのは。




「白騎士、クラウス・バルテルです。こちらにおられるアウレリア王女殿下の護衛として同伴しております。そこを通してもらえないでしょうか」




 白騎士が同伴しているという時点で、王家の者だという証明になる。案の定、アウレリアの背後に視線をやった警備の騎士は、はっとした様子で頭を下げると、「失礼いたしました」と言って脇に避けた。


 かしこまる様子に少々申し訳なく思いながら、「いつもありがとう。ご苦労様」と言ってアウレリアは中庭へと足を踏み入れる。

 彼らは仕事をしていただけなので、失礼なことなど何もしていないのだ。せめて労いの言葉ぐらいはかけるべきだろう。


 思い、先に進もうとして、ふと思い出す。この中庭は今、ぐるりと周囲の回廊を騎士たちが囲んでいるため、誰もいないはず。それならば。


 「クラウス卿」と、アウレリアは背後の騎士に声をかける。クラウスと呼ばれた騎士はアウレリアの言葉に、「何でしょう、王女殿下」と応えた。




「貴方はここで待っていて。しばらくしたら、戻って来るから」




 息抜きをするためにここまで来たのだ。どうせならば、一人の方が気が楽である。

 そう思い、アウレリアはクラウスに告げるけれど。クラウスはその端正な顔を困ったように歪めた後、「殿下、それは……」と呟いていて。


 「大丈夫よ」と、彼の言葉に被せるように、アウレリアは続けた。




「騎士たちが守ってくれている上に、何かあればこの魔道具であなたを呼び出すことも出来るから。……ほんの少しだけ、一人になりたいの。駄目かしら……?」




 す、と左腕のブレスレットに触れながら言えば、クラウスは、それでも納得がいかないというような顔をしていたけれど。再び開こうとした口を噤んだ後、その頭を下げる。「何かあれば、すぐにお呼びください」と、懇願するような声音で言いながら。


 アウレリア自身、自らの無力さは嫌という程に理解していたから。クラウスの言葉に素直に頷き、「もちろんよ。ありがとう、クラウス卿」と応えて。


 「しばらくしたら、戻りますね」と告げ、アウレリアは一人、中庭の中へ続く小路に、足を踏み出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る