1-1(アウレリア)
「骸骨みたい」
それは、何気ない言葉だった。
ただそう思った、というような、悪意もなければ含みもない、単純な感想。
だからこそ、胸に刺さった。
(骸骨。……私のこと)
十六歳になり、王女としてお披露目も兼ねた、王家主催の夜会。
初めての公式の場で、仲の良い友人は出来るだろうか、上手く話せるだろうかと、そんな他愛ないことを考えていたアウレリアは、聞くともなしに聞いた、聞こえてしまった言葉に、呼吸を止めた。
毎日、鏡を覗いては目にする姿。落ちくぼんだ目許に、げっそりと痩せた頬。疲れたように光のない紫色の目が、より一層、気味の悪さを引き立てている。手足に至っては、木の枝のように細かった。
言葉を発したどこかの令嬢は、真っ直ぐにこちらを見ていて。聞き間違いだ、なんて前向きに思えるほど、強くはあれなかった。
「アウレリア。……アウレリア? どうかしたか?」
会場の一段高い位置。中央に、アウレリアの両親である国王と王妃が背の高い椅子に座っている。
その隣、アウレリアと母の間に座っていた兄、王太子イグナーツが、心配そうに声をかけてきた。
父譲りの美しい金の髪と碧の目を持つ、妹の自分が見ても、とても端正な容貌を持つ兄。
そんな兄と自分が兄妹だ、なんて、誰も思わないだろう。
「何でもないわ、兄様。少しぼんやりしていただけ」
兄に心配をかけないようにと、少し微笑んでそう告げる。イグナーツはそれでも心配そうな顔をしていたけれど、「前を向いて、兄様」とアウレリアが言えば、渋々というように会場の方に向き直っていた。
煌びやかな夜会の場。同じ年頃の令嬢たちは、皆楽しそうに微笑み合い、何事かを囁き交わす。ちらりと周囲の男性貴族や騎士たちに視線を向けては、何やら意味あり気な表情で顔を近づけていた。
おそらくは、自分の結婚相手の品定めだろう。貴族である以上、想い合う相手と結ばれることは難しいことだろうけれど、まだ相手のいない令嬢たちにとって、貴重な戯れが許される期間である。
楽しそうな彼女たちは皆、健康的で美しく、きらきらと輝いて見えた。
「ああ、令嬢たちが大人しいと思ったら。さっきまで会場内にいたと思ったけれど、外に配置換えしたのかな。ディートリヒ卿は」
ふと、アウレリアの視線を追ったらしいイグナーツが、今気付いた、というようにそう呟いた。公式の場に出たことのないアウレリアでも知っているその名の持ち主は、神が創り上げた奇跡だと芸術家たちが褒め称えるほどの美貌の持ち主なのだという。
何でも、彼が会場の警護を担当している時は、一目だけでも彼を見ようと、その周囲を令嬢たちが囲ってしまうのだとかなんとか。そのため、彼の担当区域は基本的に危険の少ない場所となるらしい。
(私がもし普通の令嬢であったなら……。いいえ、令嬢でなくても、王女のままでも良い。ただ、普通であったなら。……彼女たちと同じように、素敵な方を前に恋の話の一つも出来たのかしら)
誰それが格好良くて、誰それが優しくて。今日はあの人が来ていなくて残念、なんて。
骸骨と言われるような自分には、関係のない話を。
(……何を傷ついているのかしら。自分でも、そう思っていたくせに)
王族として情けない顔を見せるわけにもいかず、柔らかい笑みを張り付けて会場を眺める。優しそうに微笑みを浮かべる貴族たちの姿。
きっと皆思っているのだろう。骸骨みたいだ、と。
好きでこのような姿になってしまったわけではないのに。
(……駄目ね。一度悪い方に考え始めると、ずっと考えてしまう)
周囲に気付かれないように息を吐き、アウレリアは隣の兄に声をかけた。「少し、席を外しますね」と。
「息抜きがしたいので、庭に出ます。中庭ならば、客人の立ち入りは許されていないでしょう?」
僅かに顔を寄せて囁く。イグナーツはすぐさま、「では、私も……」と口を開いたけれど、アウレリアはゆっくりと首を横に振って見せた。「兄様は、ここにいなくては」と、言い聞かせるように呟きながら。
「私はともかく、まだ夜会も始まったばかりなのに、王太子である兄様が席を外すわけにはいかないでしょう? 大丈夫。クラウス卿もいてくれるし、少し散歩したらすぐに戻るから」
そう言えば、イグナーツはまだ不服そうな顔をしていたけれど。小さく息を吐くと、最後には「分かった」と言って折れてくれた。
「何かあったら、すぐに呼びなさい。渡した魔道具はちゃんと持っているね? 中庭の周囲には騎士が配置されているから、安全だとは思うが……」
心配性の兄に苦笑を返し、アウレリアは「分かったわ、兄様」と頷いて、夜会の会場を後にした。
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