第9話 アンと紅茶の香り


「アン、この前は貴方のおかげでお茶会を楽しむことが出来たの」


 ヴァンダーヘイデン伯爵家のとある一室、リリアとアンは手入れされたソファに座っていた。

 大きな窓から指す自然光が部屋を満たし、穏やかな雰囲気を醸し出していた。


「そうなのね!嬉しいわリリア、どのようなお茶会だったのですか?」


 アンはティーカップを持ちながら、リリアの話に興味津々だった。


「エレナ様のお茶会で紅茶を頂いたのですが、何処の紅茶か分かるかしら?と言われたの」


「え……それで、リリアは答えられたのですか?」


 アンは心配そうに言った。

 紅茶の銘柄を聞くだなんて、品評会でもないのに……。

 しかし、意外にもリリアは嬉しそうに続けた。

 

「はい!アンが教えてくれたおかげでね。いつだったか、ヴァレンティア地方で採れる紅茶を飲んだことがあったでしょう?」


「確かに、マナーの授業で使った覚えがあります」


「その時の味を覚えていたのと、アンが説明してくれた内容を覚えていたの。

「春の季節に美しい花々が咲き誇る中で収穫されます。その名前は、ブルーム(花が咲く)とヴァレンティア地方への敬意を込めて付けられました。紅茶への愛が感じられる名前ですよね!」

 と貴方が嬉しそうに話してくれたから」


「昔の授業だったはずですが、よく覚えていましたね……」


 アンは驚いた。リリアに言われるまでその紅茶を飲んだことを忘れていたくらいだ。

 授業をしていて、覚えが早いと思っていたが、ここまでとは思っていなかったのだ。


「これもアンのおかげだわ!ありがとうございます」


「そんなっ……リリアの努力のおかげですよ!私は手助けをしただけですから!」


 リリアはアンに抱きつくとお礼を言った。

 一度目の人生でも紅茶の銘柄を聞かれたことがあったけれど、すっかり忘れていた。それを思い出せたのもアンのおかげだわ!アンってなんて最高なのかしら……!

 リリアは弾けるほどの笑顔だった。


 こんなに良い子なのに、どうしてエレナ様は意地悪な質問をするのかしら……。

 一方、アンは可愛らしいリリアを抱きしめながら、ふとそう思った。質問相手を間違えれば、恥をかかせたと思われても仕方ないのだ。


 パンッ


 これまでの空気を一新するように手を叩くと、アンは言った。

「そんなリリアに今日は新しい茶葉を持ってきました!早速入れてもらいましょう」


 

 アンは優雅に微笑みながら、紅茶の説明を始めた。彼女の声は柔らかく、知識に満ちていた。


「リリア、この紅茶は『ロイヤル・アンブロジア』と呼ばれます。これも春に収穫される希少な茶葉なのです」


 侍女のセリンがティーカップに紅茶葉を少しずつ注ぐ様子をリリアは興味津々で見つめた。アンが続ける。


「この紅茶は、遠くの東方の国で栽培された、最高品質の茶葉から作られています。その特徴は、繊細で芳醇な香り、そして豊かな味わいにあります。」


 セリンがレモンの薄切りが乗ったお皿をローテーブルに置き、ティーカップにお湯を注いだ。その際、湯気が甘い香りを運び、部屋中に広がった。


「そして、この紅茶は特に春に収穫されることから、爽やかな風味が感じられるのです。これをお楽しみいただくと、春の訪れを感じることができるでしょう」


 アンがティースプーンで gently stir (優しくかき混ぜる) し、ティーカップを口に近づけた。リリアはその美しい紅茶を前に、感銘を受けたような表情を浮かべた。


「さあ、リリアも飲んでみてください」


 アンに促され、リリアもティーカップとソーサーを手に持った。注がれた紅茶は陽の光を浴びて煌めいていた。

 一口、紅茶を口に含むと甘い香りの後に、爽やかな風味が鼻をつきぬけた。サラリとしていて飲みやすい、けれど豊かな香りが喉を潤した。


 エレナのお茶会では気を張っていたから、こんなにほっとする瞬間は久しぶりだわ。いつも肩肘張ると疲れちゃうし、たまにはいいわよね。

 リリアはアンを見るとなんだか気の抜けるような、肩の荷が降りるような心地がした。

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