第4話 忙しい感情


 アンは、リリアにとっての新たな希望であり、マナーの師でもあった。毎日のように、彼女はアンのもとでテーブルマナーや社交的な振る舞いについて学び、心身ともに成長していた。アンは彼女に、マナーを通じて他人への尊重と思いやりを示すことの大切さを教え、リリアはその意味を理解し、実践することを誓った。


 しかし、家族の中では彼女の変化に対する理解や評価は得られなかった。伯爵家ではまだ彼女を悪女として見る人々が多く、リリアが変わりつつあることに対する注目は冷たい視線と皮肉な言葉に変わった。


「リリア、何があったの? あなた、いきなり風変わりになったわねえ」


 母の後妻であるエレノアがからかうように言った。エレノアはリリアの変化に興味を示すどころか、彼女をさらに挑発した。


 リリアは心の中でがっかりした。彼女は努力し、変わろうとしているのに、家族からは冷たい言葉しか受け取れないことに悲しみを感じた。アンから学んだマナーが、家族の中で評価されないことは、彼女にとっては辛い現実だった。


 夜、リリアは孤独な部屋で涙を流した。彼女はアンの教えを心に刻みつつも、家族からの孤立感に耐えることが難しく、自己評価が低くなっていった。


「お嬢様、寝る前にホットミルクなどいかがでしょうか?」


 彼女の侍女であるセリンが言った。


 リリアは驚愕した。セリンがリリアを気遣うことはあったが、最近はそれもなりを潜めていた。リリアが食事の席でエレノアから言われたことを気にしているのだろうか。


「ええ、お願いするわ」


 どうしたのかしら……?私の事などただの主人としてしか見ていなかったのでは?


 リリアはセリンの後ろ姿を見ながら考え込んだ。

 しかし、考えてもどうしてセリンがこのような事をするのか分からなかった。私はこの伯爵邸では一番下の存在、良い働きをしても何も得られないはずなのに……。


「お嬢様、お持ちしました」


 セリンが温かいホットミルクが入ったカップとソーサーを持って戻った。


 リリアはそれを受け取り、ベットの上で口に含んだ。なんだか心まで暖かくなるようだった。


「お嬢様、差し出がましいようですが、一つ申し上げてもよろしいでしょうか」


「何?言ってみて」


 リリアは動揺が外に出ないように答えた。


「お嬢様に仕えているものは、お嬢様の頑張りを知っています。これからもお嬢様に仕えていく所存ですので、それだけは覚えていてください」


「ええ、ありがとう」


 リリアは胸がじんわりと暖かくなるのを感じた。これはホットミルクの効果では無いだろう。セリンの言葉を受けて、リリアはこれ以上ないほどの幸福感を味わった。


 リリアはその日、穏やかな気持ちで眠りに落ちた。

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