悪女リリア・ヴァンダーヘイデンの逆転計画

藤川 成文

リリア・ヴァンダーヘイデン


 王国の中央に佇むヴァンダーヘイデン伯爵家の邸宅は、栄光と誇りに満ちていた。高い塔と美しい庭園が、この家族の歴史を象徴するかのようにそびえ立ち、その影が時を超えて長く続いていた。


 伯爵家の現当主であるローランド・ヴァンダーヘイデンは、誰から見ても王国きっての貴族の一人であり、その品位と風格は一目見れば誰もが認めるものだった。彼の妻、イザベル・ヴァンダーヘイデン伯爵夫人もまた、王宮に優雅さをもたらす美しさを持つ存在だった。


 しかし、この物語の中心に立つのは伯爵夫妻や彼らの家名ではない。それは、彼らの一人娘、リリア・ヴァンダーヘイデンが、運命に巻き込まれる瞬間から始まる。


 リリアは伯爵家の誇りを受け継ぐ一人娘として育てられ、美しい家族の特徴を備えていた。しかし、彼女の物語はある日の出来事から一変する。


 どうしてこんな事になったのかしら。

 リリア・ヴァンダーヘイデンは、処刑台から見える群衆の視線を感じながら、心の中で様々な思いが渦巻いていた。彼女は自分が無実であることを知っていた。しかし、この瞬間、無実を証明する機会はもうない。美しい家族の誇りは、ここで失われる運命にあった。


 群衆の中から聞こえる非難の声が、彼女の心に突き刺さった。彼女は自分の美貌を持て余すことが多かったが、今回はそれが彼女の敵となっていた。彼女は悪女として罵られ、告発されたことで、家族との和解を果たす可能性も絶たれた。


「この女狐め!この国から居なくなれ!!」

「そうだそうだ!!」

「エレナ様に謝罪しろ!!」


 ああ、そうだった。私は皇太子を奪おうとした悪女として非難された。婚約者であるエレナがいるにも関わらず、その相手を奪おうとした、と。さらにはエレナを何度も殺害しようとし、今回ばかりは許されなかったらしい。

 らしい、と言うのは私は何もしていないからである。誰がそのような噂を流したのか、また証拠を集めたのか分からないが、私はその策略に嵌ってしまったのだ。


 エレナは本当に怖い思いをしたのだろう。私を見て泣いていた。私は心優しい彼女のことが好きだった。彼女も私のことを最後まで擁護してくれた。こんな結末を望んでいないはずだ。

 

「そこに首を置け」


 宮廷の冷酷な処刑執行人に指示され、リリアは折れそうなほど細い首を処刑台に乗せた。


「待って!」


 鈴の音のように可愛らしい声が待ったをかけた。


「エレナ……?」


 リリアの目の前にはエレナが立っていた。エレナ達に用意された椅子から走ってきたのか、額にはじんわりと汗が滲んでいた。


「エレナ公爵令嬢!危ないのでお下がりください」


 執行人が焦った様子で言った。ここには手を縄で縛られ、処刑台に首を乗せたとは言え、エレナを殺そうとした女がいるのだ。

 さらに、処刑用のギロチンが万が一にでもエレナに当たってしまったら……と思うと執行人は心臓が竦み上がる思いがした。


「それでも……それでも、最後にリリアとお話させて欲しいの!お願いよ……」


 エレナの潤んだ瞳に哀願され、執行人は否と言う訳にはいかなかった。


「分かりました……。しかし、この範囲まででです。それを超えることはエレナ公爵令嬢でもお許しは出来ません」


「ありがとう!」


 エレナは許可されたギリギリの所まで近づくと、リリアにしか聞こえない声で囁いた。


「ああ、リリア。貴方にはとても感謝しているわ」


「それは、私もよエレナ……」


「だって、私の思い通りになったんだから!貴方って本当にお馬鹿さんだったわ。ありがとう、私のために死んでね」


 エレナは今までにないほど幸せそうな声を出して、リリアを見た。灰色の輝く瞳を三ヶ月型に歪めて、たっぷりとリリアを見たあと、優雅に処刑台から降りていった。


「な、何を言ってるの……。エレナ……エレナァァッッ!!!」


「静かにしろ!!」


 リリアは執行人に髪を引っ張られ、ギロチンの板で首が締まった。


「ぐっ……」


 ――ああ、神様、神様がいるのならこの憐れなリリア・ヴァンダーヘイデンに御力をお貸しください。何でもしますから……。


 リリアが静かになったのを確認した執行人は乱暴に髪を離した。執行人は処刑の合図を待ち、群衆の中からは興奮と非難の声が聞こえてきた。そして、刹那、執行人が一気にギロチンの刃を振り下ろした。彼女の美しい首が、鮮血とともに落ちるのが群衆に見守られる中、その瞬間、リリアは息絶えた。


 ――――――


「お嬢様、おはようございます。今日も良い日差しが出ていますよ」


 リリアは思考が停止した。ここは……私の部屋。彼女は私の侍女。しかし、私の記憶より少し若い気がする。


「お嬢様?大丈夫ですか?」


「ええ、大丈夫よ。ちょっと鏡を持ってきてくれないかしら?」


「分かりました」


 侍女は納得がいかないという顔をしたまま鏡を持ってきた。


 リリアは侍女が持ってきた鏡を手に取ると、恐る恐る鏡を見た。すると、何という事だろうか、幼い頃のリリア・ヴァンダーヘイデンが映っていた。


 彼女は過去に戻っていたことを理解した。その瞬間、希望と決意が彼女の心を満たした。


 ――ああ、神様、ありがとうございます!!リリア・ヴァンダーヘイデンはこのチャンスを必ず物にします!!


彼女は再び家族との絆を築き、未来を変えるために新たなチャンスを手に入れたのだ。リリアは美貌を利用するのではなく、自身の知識と決意を武器に、未来を切り開く決心を固めた。

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