腕
18
楼子は食べられそうな茸を探していた。
この間食べたハナビラタケがおいしかったのだ。
キノコ採りは難しく、楼子は笊を抱えて森をうろうろしていた。
足首までのリネンのワンピースは半袖がフレア状のほかはシンプルだが、パッチワークのエプロンが便利なうえ賑やかで、森の緑の中で花が咲くように映えた。
それっぽいものを見つけては屈むと、肩から髪が流れて落ちる。
伸びていく髪は、髪ゴムがあればまとめるのだけれど、編んだりピンで留めたりなんて芸当はできないので、ここのところ下ろしっぱなしだった。
季節で言えば初夏の陽気で、太陽は森の上で柔らかく白い光を放っていた。
頭上の樹々の繫みが風にそよいでガサガサと自己主張した。
見上げた楼子はいつもならその音に「元気だな」とか「明るいな」とか感想を抱くのだが、ふと、不穏な空気を感じた。
ガシャガシャと金属の音がした。
この森では聞きなれない音が楼子に近づいてくる。
「団長はっ」
茂みから飛び出してきたのは、甲冑を付けた赤髪の男だった。
楼子を見るなり、男は両方の二の腕を掴んでがくがくと揺すった。
「会わせてくれ、謝らなきゃならない。オレのせいで、オレをかばったから」
必死の声はほとんど叫んでいて、多分、この人は正常な状態ではない。
「おち、落ち着いて」
どこからここに。
どうしたら。
「だんちょうっ……」
楼子の肩越しにディジュの腕が伸びて、人差し指の先が甲冑の男の額に触れた。
糸が切れた人形のようにかくり、と男は地面に倒れこんだ。
楼子は血が引いていくのを感じて、眩暈を覚えながらディジュを見上げた。
「ディジュ」
「私の領域に入ってくるほどの魔力のあるやつがリシュトの隊にいたとはな。伊達に第一隊を名乗らないか」
ディジュは肩に甲冑の男を担ぎながら呟いた。
「リシュトの隊の……」
「ロロ、そんな顔をするな」
蒼褪めた楼子の顔に、ディジュが苦笑した。
「休ませてから、話を聞こう」
「導師ルルーフェン。お会いできて光栄です」
「……その名で呼ばれるのは困ります」
失礼しました、と赤髪の男は言った。
ディジュは眠らせた男をそのまま東屋に運んで、甲冑と武器を取り上げてから長椅子に転がした。
疲れもあるのだろう、男は昼過ぎまでぴくりともしなかった。
目が覚めるのを待って、ディジュが屋敷にルルを呼びにいった。
笊の上に畳んだエプロンと手袋を置いて、端の長椅子に楼子は腰掛けていた。
中央のテーブルを挟んで反対の長椅子に赤髪の男が
楼子の後ろ、屋敷の方向からルルが足音もなく歩いてきたが、現れたルルの表情には、楼子と同じ不安が見て取れた。
ルルのことをルルーフェンと呼ぶ彼は、王都でのルルの事情を知っているのだろう。
ルルは当時の自分を知る人間との接触をこれまで憚ってきていたらしい。
楼子は仔細は聞いていないが、ルルの様子では、積極的に王都での暮らしを回顧する気はないようだった。
「先ほどは取り乱して申し訳ありませんでした。私は、第三騎士団第一隊副官のアデル・クーアリアです」
勢いよく直立して、直角に頭を下げて、アデルは自己紹介をした。
「あなたも驚かせてしまい、申し訳ありませんでした。お名前をお聞きしても?」
楼子は返事に困ってルルの顔とディジュの顔を交互に見て、「ロロと言います」と答えた。
アデルは楼子にもう一度礼をしてディジュに向き直った。
「妖精王におかれましては、この場に私を留め置いていただいたこと、感謝申し上げます。あの日以来、リシュト様を探しておりました。この地にリシュト様がおられることを探知して、無我夢中でここまで辿り着いたのです」
ディジュは労をねぎらうようにアデルの言葉に小さく頷いた。
それから首を捻って、ルルの顔を見た。
ディジュの言葉を代弁するようにルルは話し出した。
「妖精王の森に無断で入り込んだにもかかわらず、五体満足でここまでお越しになったあなたの力も、リシュトのことを按じてくれている思いも、信用に足ることは疑う余地もありません。ですが、リシュトはまだ、誰にも会うことはできません」
「何故ですか」
アデルは噛みつかんばかりの勢いで、ルルの言葉の最後を搔き消した。
「あの時、団長は魔族の爪に狙われたオレを庇った。完成した結界に、悪あがきした魔族の最後の攻撃に、術を完成させて疲弊した体で……いつもの団長ならあんな攻撃……」
アデルの握った拳が震えた。
「オレが、不甲斐ないばかりに……」
尻すぼみになる言葉の後、頭を振り被ってアデルは続けた。
地面を向く瞳は、地に穴を穿つような鋭いものだった。
「王都では、魔導士団が第三騎士団の再編成を求めて上奏案を議会に突き付けてきました。
アデルは、リシュトのために危険を冒して妖精王の森に来たのだった。
そのまっすぐな思いはルルの、楼子の胸を打った。
しかしルルは、アデルに拒絶の言葉を告げる。
「アデルさん、リシュトはもう戦地へは戻れません。戦える身体ではありません」
あなたも見ていたのでは、というルルの言葉に顔を上げたが、アデルは随分情けない顔をしていた。
「剣を持つ腕がありません」
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