第8話 現実の隣で
「おにいさん、随分派手に壊したね」
眠りについた兄さんの隣で燃える街を眺めていたら、ムルがやってきた。
「この展開は、おねえさんも望んでいたの?」
私は首を横に振った。
「望んでいた以上だよ」
私が死ねば、兄さんが悲しむ事も、怒りや悲しみに駆られてウェルグを殺すかもしれない事も、なんとなく予想していた。でも、街ごと破壊するなんて想像していなかった。私が生まれ育ち、そして死んだ街が、炎に包まれている。
「綺麗だね」
「うん。ムルもこういう景色は好き。悪い事をした人達があっけなく死んでいくのを見ると、すっきりするんだ」
「……うん。私も、なんだかすっきりした気分」
(ありがとう、兄さん)
私は兄さんの頭をそっと撫でた。風に吹かれたように、兄さんの髪が靡く。悲しい夢でも見ているのか、瞼から涙が零れ落ちた。
(……大丈夫だよ、兄さん)
兄さんに直接そう言いたい。兄さんを抱き締めて、慰めてあげたい。でも私にはもう、兄さんに何もしてやれない。兄さんの傍にいる事はできても、兄さんからは見えない。兄さんに私の声は聞こえない。それはとても悲しい事だった。
「おねえさんは今日もおにいさんと一緒にいるの?」
「うん」
「分かった。でも、たまにはムルとも遊んでね」
「うん」
「それじゃあまたね、スティルおねえさん」
「またね、ムル」
現れた時と同様に、彼女は忽然と姿を消した。これでまた兄さんと二人きりだ。
私はまた兄さんの頭を撫でる。私は兄さんに撫でられるのが好きだった。でも私が兄さんを撫でた事は殆どなかった。だから今、こうして撫でている。
私の大好きな兄さん。
私の愛する兄さん。
私を愛してくれた兄さん。
兄さんはこれからも私だけを愛してくれるだろうか。
「……きっと、そうだよね、兄さん」
この世に生を受けた事も、兄さんの妹として生まれた事も呪いだ。
“スティル”という名前を付けられた事も呪いだ。
それでも兄さんの妹として生きられた事は幸せだった。
兄さんに「スティル」と呼ばれると、とても嬉しかった。
だから、私はもう死んでしまったけど、兄さんのこれからの人生には幸せな事や嬉しい事が沢山あってほしい。兄さんのそばで、その喜びを共に感じたい。
「大好きだよ、ロクィル……ううん。ロクドト兄さん」
嗚呼、兄さんの名前を口にするだけで、なんて甘美な気分になるのだろう。口元をほころばせながら空を見上げる。
もうすぐ、朝が来る。
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