第6話 復讐
「君が僕を呼び出すなんて珍しいね。しかも僕の誕生日に。昼間に来ていたなら顔を出してくれてもよかったのに」
「ワタシが大勢で楽しむ事を好む人間でない事は知っているだろう」
「ああ、そうだね」
イズヴェラード家の屋敷の庭。薔薇が見事に咲き誇る中、私はウェルグと相対していた。
「それに君の事だ。大勢がいる中では話しにくい事なんだろう? ……スティルの事は本当に残念だった。君のお父上から聞いた時は、信じられなかった。原因も何も聞かせてくれなかったんだ。彼女と最後に会った日、彼女と喧嘩をしてしまったからまだそれを怒っていて、婚約を解消する為にそんな嘘をついたんじゃないかと思った。でも、どうにかしてスティルに会おうと思って君の屋敷に行ったら、皆悲しそうにしていて、彼女が死んだばかりでなく、君も家を出ていったとその時知ったんだ。……お悔やみを」
「そんな言葉はいらない」
「……え?」
「キミはドスコ・バラゴレアと繋がりがあったようだな」
「……は? な、何で急にドスコの名前が出てくるんだい? 繋がりって、そりゃあ彼も貴族なんだから、繋がりが全くない訳がないだろう。……キミの家は違うだろうけど」
普段から無性に腹が立つ程に柔和な顔をした奴が、狼狽し始めた。いい気味だ。
「あの馬鹿が作った人造魔獣を解剖したら、複数人の魔力が検知された。何体か解剖したが、その中にはキミの魔力が含まれているものもあった。目的はワタシへの復讐か? 魔獣をけしかければワタシに危害を加えられるとでも思ったのか? 実際に危害が加わったのはスティルだぞ」
「――ッ⁉」
月明かりでも、奴の顔が青ざめたのが分かる。
「そうか。キミは妹からその話を聞いていなかったのか。……いや、キミに話す訳がないか。ワタシと出掛けた日の事を。ところでキミの言う、妹と最後に会った日の事だが、喧嘩などという生易しいものではないだろう。キミは妹を襲おうとした」
「お、襲う⁉ 人聞きの悪い事を言わないでくれないか。僕はただ、恋人同士ならして当然の事をしようとしただけで」
「妹がそれを望んでいないのなら、襲っているようなものだろう。それに妹はキミの事を恋人だなんて思っていない。何処までいってもキミは友人止まりだ」
「なっ……」
「襲おうとするだけでなく、キミはその後妹に何をした。妹の元にあの馬鹿共を向かわせたのはキミか? キミだよな。腹を立てたキミは、奴らに人造魔獣を使って妹の居場所を探させたのだろう。その後妹の身に何が起こるかも考えずに」
「何がって、少し怖がらせようとしただけで……あっ」
どうやら奴は口を滑らせてしまったようだ。珍しく苦虫を嚙み潰したような顔をした。
「キミは、あの馬鹿共が妹に何をしたのか知っているか」
「……知らないよ。知るわけないだろう! あいつは軽く遊んでやったとしか」
「強姦されたんだ、スティルは」
「……え」
本当に奴は屑共から何も聞かされていなかったらしい。愕然とした表情を浮かべた。今更そんな顔をしても、遅いというのに。
「キミに襲われそうになった後で、妹はあの屑共から襲われた。キミは妹がどれほどの苦しみを味わったのかも知らず、今こうしてのうのうと生きている」
「そ、そんな事言われても、僕は、何も……」
「ふん。スティルがキミとなら結婚してもいい、と言うからワタシもキミを少なからず認めてはいたのだが……その仕打ちがこれとはな」
「いや、だから、僕は……」
「安心しろ。言い訳を聞く気は一切無い。意味が無いからな」
「はあ? どういう意味だよ」
私は懐から一輪の花を取り出した。血の様に、炎の様に赤い、リトベリスの花。スティルはこの花が一番好きだった。それは妹の一番好きな戯曲が『花鳥の一生』だからでもあり、私が初めて妹に贈った花だからでもある。妹は私が贈るものは、開発途中の魔法薬以外なら何でも喜んだ。だが赤いリトベリスの花を、その花言葉と共に贈った時の喜びようは格別だった。
“あなただけを愛してる”
それが赤いリトベリスの花言葉。
自分の名前が“ロクィル”なせいで、誰彼からも勝手な期待を押し付けられた。自分がそうなら“スティル”と名付けられた妹だって同様だ。だから私は妹を守りたかった。無遠慮な期待を押し付ける愚か者共から。だから私は妹しか愛せなかった。妹は私を一個人として見てくれたから。妹は、純粋に、ロクィルと名付けられただけの己の兄を慕い、愛し、時に甘えてくれた。
私はリトベリスの花を、息の届く高さまで掲げた。きっともうヴァンセートは仕掛けの外側にいるだろう。妹が大切にしていた人物には、生きて、妹の事を忘れないでいてほしい。
「……何でリトベリスの花なんか出したんだ?」
「こうする為だ。――
ふっ、と息を吹きかけると、リトベリスの真っ赤な花弁が舞い上がった。するとそれは炎となり辺りを照らす。真っ赤な炎が真っ赤な薔薇を照らし、薔薇は炎に包まれた。
「お、おい! 何をしているロクィル! ここを燃やす気か⁉ スティルにした事は謝るから、炎を消してくれ! 君なら簡単にできるだろう!」
「いや、無理だな。流石に街一つ分は規模が大きすぎて難しい」
「街ひと……はあ⁉ いや、燃えているのはこの庭であって、この街では」
「街一つ分だ。小規模な爆発魔法の仕掛けを街中に設置した」
すぐ近くで仕掛けの一つが爆発した。するとすぐにまた別の一つが爆発し、一つ、また一つと次々に爆発する。爆発音に混ざって人の悲鳴も聴こえてきた。
「君は……自分が何をしたのか分かっているのか……?」
信じられないものを見るかのような目で、奴は私を見た。いつだって私のやる事は理解されない事の方が多い。どうかしている。頭がおかしい。そんな事をしても意味が無い。口には出さずとも、目でそう訴えてくる。私はそういう奴らが大嫌いだ。
「キミよりは余程分かっているさ。確かにこれは少々やり過ぎている気がしなくもないが……妹への手向けには丁度いいだろう」
「手向け⁉ これがスティルへの手向けだと言うのか⁉ 彼女はこんな事望んでなんかいないだろう!」
「キミにスティルの何が分かる。スティルの意思を、尊厳を踏みにじったキミに! ……キミ、クルニアをやった事はあるか」
「今そんな話をしている場合じゃないだろう! このままだと君も炎に飲まれるぞ!」
薔薇園はすでに炎に飲み込まれている。奴は隙を見て逃げようとしているようだが、どこを通れば安全なのか分からず、ただ視線を彷徨わせている。
「炎の魔法使いの駒は、一度だけ盤面全体を焼き払う事ができるだろう? スティルはそれをやってもワタシの駒を全て倒す事ができなかったから、今ここで手本を見せているんだ」
「っ――⁉」
奴は愕然とした顔で私を見た。これもよく見る表情だ。何故そんな事ができるんだ。何故そんな事をしたんだ。そこまでする必要は無いだろう。よく言われる事だ。まったく。これだから凡夫は嫌いだ。
「でも、これは……遊びなんかじゃない……。現実で、燃えていて……あちこちで爆発も……」
「だから何だ? 街中燃えるのが嫌なら、止めてみたらどうだ?」
「そんな……何で、簡単に、そんな事を……。君は、どうして……」
「言っただろう、手向けだと。それにワタシは何かを作るより、こちらの方が得意なんだ。普段は解剖するだけで満足していたが、たまにはこうして大きなものを壊すのも気分が良いな。さて、もうキミに用は無い。残り少ない時間を楽しんでくれたまえ」
奴にも、この場所にも用は無い。私は踵を返して歩き出した。
「何を言っているんだ……。もう四方を炎に囲まれている。キミにも逃げ場は……」
背後から何か言ってくるが、気にする事ではない。逃げ道くらい用意してある。後はそれに気づく事ができるかどうかだ。
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