なんで

 緋月との出会い……それはひと月前の四月の下旬。


「久しぶりの学園……」


 見慣れた光景と言えど、久しぶりの学園はやっぱり緊張する。


 ここ……城ケ崎学園は中高一貫で、中学までは通っていた。

 だけど、両親の仕事で海外に行く事になって、ついこの間までここを離れていたんだ。


 それが高二になるタイミングで戻ってくることになって、知り合いがいる方が安心という親の計らいで、ここへ再編入する事になった。


 私には、幼稚園からずっと一緒だった四人の幼馴染がいる。

 家が近所と言うのもあったし、気も合ったから必然とこの学園も一緒に通っていた。


 中学で一緒だったからって高校でも同じクラスになるとは限らない。

 でもどうか……幼馴染の一人くらいはクラスにいて欲しい。

 四人もいるんだ。

 誰か一人は同じクラスでありたい。


 そんな不安と期待を胸に、私は職員室に向かった。


 中学とは違う職員室の場所。

 私は時折、廊下にいる生徒に職員室の場所を聞きながら歩いていたのだけど……。

 私……どこか変なのかな。

 目をそらされたり、キョドられたり……あげく、後ろの方では小声で話されたりしている。


 まぁ、いいか。

 メイクもウィッグも鏡で見る限り、問題無かった。

 それよりも職員室に行って担任に挨拶しなきゃ。


 道を聞きながらやっとの思いで職員室にたどり着き、ゆっくり戸を横にスライドさせた。


「失礼します。

新しく二年五組に入る事になってる一条と言います。

二年五組の担任の先生はどなたですか?」


 戸を開けた先にいた教師であろう人に声をかけると、その人は担任と思える人を呼んできてくれた。


 だが、その姿を見るやいなや、私は驚きのあまりその場に立ち尽くしてしまった。


「え……かけるにぃ……なんで……。」


「よ!久しぶりだな!

三年?いや、もっと前か?

とりあえず、いろいろ話は聞いてるぜ!

今日から担任だからよろしくな!

ちなみに、かけるにぃじゃなくて、かける先生な」


 目の前で太陽のような明るい笑顔を見せるこの人は、兄の親友だ。

 教師という事を知ってはいたが、まさかこの学園にいるなんて思いもしなかった。


 となると、この学園……知り合いだらけになる。

 ある意味すごい境遇……。


 いや、心細さや緊張はいくらか和らぐから有難いけど。


 私は翔にぃと挨拶もほどほどにして、ホームルームの時間だからと、教室に向かった。

 その途中、私の少し前を歩く翔にぃが視線は前に向けたまま話しかけてきた。


「にしても、マジで男子だな…見た目もそうだが、声の低さとか…。

中学からだろ?

いくら兄の提案でも断れなかったのか?」


「……実の兄に頷くまで土下座はやめないって泣きつかれたら……ね……」


「……あいつはホント……はぁ……なるほどな……そりゃぁ、断れねぇか……。

つーか普通、男子にモテて欲しくないから男装しろとか言わねぇだろ」


「あはは……うん、まぁ……言わないよね……普通。

だけど……理由は他にもあって……」


「あぁ……人さらいな……」


 そう、何故か小さい時からよく大人に声を掛けられてきた。

 人さらいにも遭いそうになった気がする。

 今はもう、記憶は曖昧だけど。

 それを心配した両親と兄がいろいろ提案してくれて、その一つが男装だった。


  今でこそ、ジェンダーフリーの時代だから私が男装したところで特に問題視はされない。

それでも、本格的に男装が出来たのは中学からだ。

 この学園の配慮にはいろいろ感謝している。


「教室着いた!

一緒に入るぞ。

緊張しなくても大丈夫なクラスだかんな」


 そう言って一度私に体を向け、先ほどと同じように太陽みたいな笑顔を見せる翔にぃに、あぁ……昔と変わっていない……なんて、安心する自分がいる。


 翔にぃが言うのなら、大丈夫なのだろう。

 たとえ、幼馴染が一人も同じクラスにいなくても、翔にぃが担任ならそれで一年は頑張れる。

 そんな事を思いながら、私は彼の後ろについて行き、一緒に教室に入った。


 そして教室に入るなり、私はまた立ち尽くしてしまったんだ。


「……」


「理央ちゃん! やっほーー!!

昨日の電話ぶりーーー!!」


「おーマジで男子だ。

つーか、前よりイケメンになりやがって、尊敬通り越して腹立つな」


「ひっさしぶりだな理央!

俺より身長高くなりやがって!! 絶対今年こそ越してやる!!」


「皆……ホームルーム中ですよ。

私語はダメです。

翔さん……翔先生が困ります」


「もう、困ってますよー。

オホン……あー今日からこのクラスに編入してきた一条 理央いちじょうりおだ。


り……一条、自己紹介頼む。

……一条?どした?」


 な、なんで皆そろっているの?!

 昨日の電話では何も言ってなかったじゃない!

 聞いてないよ!

 さっきの私の覚悟はいったい……しかも、席とか固まっているし。

 きっと、陸の前が私の席なんだろうなぁ…。


 このクラスを見渡す限り、空いているのはあの席しかないし。

 マジか……。


「……一条……理央と言います……よろしくお願いします」


 なんか一気にどっと疲れた……。

 こんなにもいっぺんに知り合いに会うとか……。

 自己紹介もこんな感じでいいよね。


「短?!

おい、さすがに短すぎだ!」


翔にぃ……かんべんして……そんな事言われても、これ以上はもう話すのはしんどい。


「はい!

なら私が紹介します!

理央ちゃんは頭が良くて、運動神経も良くて、面倒見も良い元気いっぱいのイケメン女子なの!」


うん……うん?

葵ちゃんからみたら、私……そんな風に見られているの?


と言うか、女子って紹介されちゃった……。

まぁ、中学で私を知っている人もいるだろうからいいけど。

男装の意味……もはやないに等しいのでは……。


「え……如月さん……それって、一条さんは、女の子……って事?」


「そう!

訳あって男装しているんだよ!

すっごく似合っていてかっこよくて、私の推しなの!」


 私が女子か聞くって事は、この女の子……外部から来たのかな。

 というか、葵ちゃん……推しって言った?

 私を推していたんだ……初耳。


「あの~それじゃぁ、一条さんの事……一条さん?一条くん?……どっちで呼んだらいいの?」


 あ、さっきの女の子からの質問だ。

 これはさすがに応えなきゃ。


「どっちでも……好きなように呼んでいいよ?」


 問いには答えるけど、力なく笑うのは許して。


「はい……一条くん……」


 ん? なんか固まってしまった?

 力なく笑ったのがまずかったかな……。

 ここは笑顔で返しとくべきだったよね……。

 今からでも遅くないかな……返事は笑顔で返そう。


「よろしくね」


 今の私なりの精一杯の笑顔よ。

 これ以上は無理……ごめんね。


 そう心の中で固まっている彼女に許しを乞うと、葵ちゃんを含め、何故か教室の至る所から悲鳴が飛び交い、赤面する女の子で溢れてしまった。


 ……なんで?

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