特に意味のない昼の舞い

春雷

第1話

 高校生の時は放送部に入っていた。毎回リクエストを募り、学生が持って来たCDを流すのだが、何でも流していいわけではなく、たとえば、どういうわけだかボーカロイドやアニソンは禁止とされていた。いったいどういう線引きがあったのかは不明だが、まあルールなので、従うほかない。

 そもそも私が放送部に入ったのは、この学校では部活に加入することが絶対であるため、放送部が一番楽そうだなと思って入っただけだ。運動部は論外として、文化部も大会でいい成績を残している部活ばかりなので、厳しそうだなと思い、除外。放送部だけ何の実績もなかったので、ああこりゃ楽でいいな、と、そういうチョイスだ。

 要するに、やる気がないのだ。

 だからいくら学校で、理不尽で変なルールが課せられたとしても、私は特に抵抗しようとは思わない。学校や放送部の伝統に興味はないが、未来なんてもっと興味がない。悪しき伝統が、後世にいくら受け継がれていっても、そんなことは私の知ったことではない。わざわざ私の世代で断ち切ろうなんて、そんな情熱はない。

 しかしクラスメイトに、何故か情熱を振り回す青春野郎がいて、私に何度も訴えかけてくるのだ。ボカロを流してくれ、と。

 私は何度も言った。知らねえよ、と。先生に直接言え、と。

 それなのに、そいつは私にだけしか言ってこない。シャーペンで刺してやろうかと思うくらいに、毎日毎日しつこく言ってくる。

「ねえ」と私はある日彼に言った。「今は高校生だから近視眼的にこの学校が世界のすべてだと錯覚しているかもしれない。でも、卒業すれば、ああ高校なんて、ただの高校に過ぎなかったんだな、と、そう思う日が来る」

「つまり何が言いたいんだ?」と彼。

「どうせあと2年で卒業するんだから我慢しろ」

 私はとにかく面倒くさがりだ。平和に穏便に過ごせば、学生生活なんてすぐ終わる。そうすりゃ晴れて自由の身。法さえ守っていれば何をしたっていい。ボカロを聴いてもいいし、アニソンを聴いてもいい。ただちょっと、学校のルールを我慢して守ればいいだけなのだ。

「しかしだな」と彼は言う。「俺は坂下にボカロがどれだけ流行っているか、知らしめてやりたいんだよ」

 坂下とはクラスメイトのことだ。彼は耳が不自由で、彼と話す時は筆談か、手話で行う。読唇術もある程度は心得ているみたいだが、確実な方法はそれらだ。

「あいつ、俺がどれだけ熱弁しても、ボカロが流行ってるって信じてくれないんだよ。歌は生身の人間が歌ってこそだろう、って。明治時代の人間かってあんにゃろう。そいつにな、知らしめてやりたいんだよ。校内放送でボカロ流して、みんながそれに乗って、踊っている姿を見せれば、あいつも納得してくれるだろう?」

 私はそんなことのために何をわざわざ、という言葉を口に出しかけて、やめた。もはや彼に何を言ったって無駄だろう、と思ったからだ。私は面倒が嫌いだ。だからこれ以上、彼に付き纏われるのも、反論するのもうんざりだ。反論するためには理屈を組み立てなきゃならない。できる限り頭を使わずに生きていきたい私は、彼の訴えに抵抗することをやめた。


 翌日、お昼の校内放送で、勝手にボカロを流した。

 私は教師にしこたま怒られて、反省文を書かされた。いったい何を反省すればいいのかわからないが、とにかく形だけでも反省した。

 教師からやっと解放されて、下校していると、彼と坂下に声をかけられた。

 坂下曰く、踊っているのは彼だけだったらしい。

 私はため息を吐き、やれやれと首を振った。

「だから言ったでしょ? 無駄だって」

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特に意味のない昼の舞い 春雷 @syunrai3333

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