元カノって怖いコワーいッ⁉(幼馴染、イチャイチャ、狂気)
朝倉亜空
元カノって怖いコワーいッ⁉
「ちょっとこれどーゆーことよーッ!」
えらい剣幕で遥が僕に食って掛かってきた。「ちゃんと私が分かるように説明して!」
そう言って、遥は自分のスマホの画面を俺に見せた。そこには遥が撮ったのだろう、写真が写っていた。
それは駅前商店街にある喫茶店の写真で、その店は通りに面した一面が全面ガラス張りのこじゃれたつくりになっていた。そして、そのガラスの壁のすぐ内側のテーブルには、嬉しそうに笑っている僕と遥が知らない若い女性とが席に着き、ひと時のドリンクタイムを愉しんでいるところだった。
遥とはバイト先のファミレスで知り合い、三か月ほど前から付き合い始めたばかりだった。まだお互い、相手のことはまだあまり深く知ってはいない。
「誰? 誰だれダレこれこの女はッ!? 博之の顔、めちゃくちゃ嬉しそう。可愛い子とイチャイチャしてるとそうなるよね。ねーっねー」
遥の持ったスマホ画面が、グーっと僕の顔面に近づいてきた。
「ち、ちょっと待てって。その子は違うんだ。遥の誤解だって。その子は僕の幼馴染なんだよ。偶然ばったり出会ってさ……」
「ふーん、幼馴染との偶然の出会いって? それ、浮気バレしたときの定番の言い訳じゃん!」
「いやいや、違うって本当だって。彼女は、恵子とは小学校からの知り合いで、同じ高校にも通ったこともあり、同じ部活の一年後輩で……」
「け・い・こ! 呼び捨てなんだ! まあ、幼馴染だったら呼び捨て当然って訳ね。け・い・こ、と来たもんだわさ。んもおーぉ!」
遥の両眼がみるみるうちに赤く充血し、潤みだしてきた。「それで、久々に出会ったら、前よりぐっと可愛くなってて、ビックリ嬉しい博之くん。思わずハートに、イチャイチャファイヤーが爆発点火したんだ。そらするわなー!」
男だったら、こんな可愛い子ほっとけんわなーと、涙声で遥は手に持っているスマホを僕の顔へグリグリ押し付けてきた。痛いいたい。
「や、止めろって。遥、落ち着けって。ちゃんと正直に言うよ。てか、言ってるよ。……確かに、当時はほんの少しくらいそんな感じにもなりかけた時もあったよ。その頃、僕が生物部の部長で、彼女は副部長だったから、割と、一緒にいるときも多くてさ。熱が出たウサギの面倒をふたりで診たりとか、学食で同じテーブルで昼ご飯を食べたりとかさ。そのうちに、なんとなくお互いに意識するようになっていったんだけど、でも、所詮はそんな程度だよ。僕が高校を卒業するのを機に、もう、会うことも無くなったよ」
「ホント……?」
遥は垂れかけた鼻をすすって、ぐっすんずずず。
「本当!」
「信じるよ……? 何もないんだよね?」
「なんにもないッ!」
「……何時間くらい、一緒にいたの……?」
「何時間もいないよ。コーヒー一杯飲んだだけだよ。二十分程度。……どう? 元気してた? こっちは元気だよ。コーヒー美味しいね。じゃあ、飲み終わったからバイバイ。って感じだったよ」
実はつい、いろいろ話し込んで一時間半ほど経っていたのだが、愛をこめて捏造した。
「そう。ああ、よかった! でも」
ほっとした遥が元気を取り戻したのは良いけど、突然、変なことを言いだした。「罰だ。罰を与えなきゃ。二度と悪さができないように」
「えっ。ち、ちょっと何? 怖いよ何それ?」
遥の目が鈍く光っているように見えた。これって、狂気が宿った眼光?
「今日のデートはぜーんぶ博之のおごりに決定だよ。いつもはワリカン派の私だけど、今日は違くて、博之が全額出します。だって罪と罰だもんっ」
小っちゃな狂気で良かったと、内心、ほっと胸を撫でおろした。
「それと、明日もデートだよ! 罰は続くのだ!」
「はいはい。明日も全額負担いたします」
僕は遥に向かってペコリと頭を下げた。機嫌が直った遥は嬉しそうに笑いながら、僕の腕にぎゅっとしがみついてきた。
それから数日たった後。大学の試験前ということで、僕はこのところ、バイト先へは顔を出していなかったのだが……。
「ねえ、博之、ちょっとこれ見てよ!」
またも険しい表情で、遥が僕の下宿部屋にやってきた。夜の九時を回っていた。いくら付き合っているとはいえ、女の子が男の住んでる場所に押しかけてくるような時間じゃない。きっと、よほどのことなのだろう、そう思い、僕は遥を部屋に入れた。
「何? 今度はどうしたの?」
僕は訊いた。
「これよ。これ! 博之も見てよ、これこれこれ!」
今回もそう言いながら、遥は自分のスマホ画面を僕の前に差し出した。
画面にはメッセージアプリが表示されていたのだが、連発されたショートメッセージで埋め尽くされていた。
「是非、一度会っていただきたいのです。」
「お話があります。」
「博之さんのことなのですが。」
「いつ、お会いしていただけますか?」
「お返事、頂けないでしょうか。」
「なるべく早めにお願いします。」
そして、そのすべての送り主欄には「井上恵子」とあった。
「何よこれ!? どういうこと! なんで私がこんな奴からこんなことされなきゃならないの!」
「こんな奴って……。彼女は僕の友達だよ。そんな言い方……」
「あーッ、博之かばってるーっ。こいつのことかばってるーっ。こんなの連発されて怖いんだけど。気にしないように無視してたんだけど、そしたら、いっくらでも来るんだよ! 狂人だよこの女!」
「ち、ちょっと、さっきから言葉がひどいって。こいつとか、狂人なんて、僕にとって、大事な友達なんだって!」
「本当のことじゃない! てかさ、博之、私の電話番号教えた? こいつに教えたの?」
「い、いや……、でも、あの時、ちょっとスマホを手渡した時に見られたのかな……」
恵子は頭もよく、数字を覚えるのも得意だったし。
「何でスマホを貸すのよーっ。女は怖いんだからっ。いつも獲物を狙ってるんだから! 他人のモノを盗みたくて、ニコニコしながら、虎視眈々と狙ってるの! 博之を私から取り返そうとしてるんだわ。こいつみたいな狂ったクソドロボウ女なんかは特にねっ!」
「もおっ、いい加減にしろッ!」
僕は遥の体を力任せに部屋の壁にドン! と、押し付けた。「さっきからどういうつもりだよ! 酷すぎるよ! 僕の友達なんだよ!」
叫びながら、遥の頭部をもって、壁にガンガン叩きつけた。
「キャーァ、痛いッ! 止めていたーいッ!」
遥がかん高い悲鳴を上げた。
「こんな奴とか、狂人だとか、クソドロボウ女とかさ! 僕の大事な友達を、侮辱すんなよなッ!」
壁に血が飛び散るのも構わず、何も言わなくなった遥の頭部をガンガン叩きつけ続けた。ゴトン、と音がして、遥の手からスマホが床に落ちた。
部屋の隣人が異変に気付き、すぐに警察へ連絡したおかげで、僕は人殺しにならないですんだ。
遥は救急車で速やかに病院に運ばれ、手錠を掛けられた僕は現場である僕の部屋で立っていた。
「このスマホは君のものかね?」
そう言いながら、警察官のひとりが遥のスマホを僕に見せた。その画面には、ちょうど今、送信されてきたのだろう、やや長文のメッセージが映っていた。
「何度もごめんなさい。本当は直接会って、説明したかったのですが、無理そうなので、文章で失礼します。博之さんと付き合って、まだ日が浅いということなので、少し気になることを書かせていただきます。
まず、彼は本当にやさしい、いい人です。弱小者や友達を心から大切に考えています。ですが、少し度が過ぎるようなところがあり、自分の大切な友達が悪く言われることを極端に、激しく嫌います。ですから、彼の友達を悪く言うのは彼のために止めてあげて欲しいのです。一度、彼は高校時代に相当な傷害事件を起こしたことがありました。原因は相手が彼の友達のことを何度も悪しざまに侮辱したことでした。彼は本当に友達思いなのです。でも、彼の激しい優しさには少なからずの狂気が宿っているのです。
この時、ああ、私の様な力量の小さな人間には、この人を受け止めてあげることは出来ないなと思い、彼の前から身を引きました。
彼からお話を伺いました。遥さんとはとても気が合うとのこと、そう話してくれた彼は、本当に嬉しそうでした。あなたなら彼の激しい優しさを上手に包んであげられると信じます。どうかお幸せに。井上恵子。」
元カノって怖いコワーいッ⁉(幼馴染、イチャイチャ、狂気) 朝倉亜空 @detteiu_com
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