オーロラの雨

月井 忠

一話完結

 右足を前に出すと、足首までが雪に沈む。


 防寒着を着込んでいても、刺すような寒さが腕を貫く。


「大丈夫かい?」

 アナタは言った。


 私の手を引き、ゆっくりと歩いてくれる。


「ええ」


 定年後に二人で世界を旅行しよう、そう約束していた。


 こんな状態でも計画を諦めたくないと言った私にアナタは付き合ってくれた。


 子供たちはすでに家庭を持ち、あまり家にも寄り付かない。


 隠れ家でひっそりと暮らすような生活には飽き飽きだった。


「空はすごいよ」

 先を行くアナタが足を止めた。


「どんな風に?」

 無意識に顔を上げる。


「オーロラがゆらゆらと揺れている」

 アナタの声にも少しだけ揺らぎがあった。


 ふと上を向く私の頬にポツリとなにかが当たった。


 ポツリ、ポツリ。


「雨だね」

 悲しそうな声だった。


 雨天ならばオーロラは見えないはずだけど。

 私は疑問に思った。


 ここまで来たのだ。

 だから、アナタはちょっとした嘘をついているのかもしれない。


 私は少しだけ、意地悪をしたくなった。


「オーロラはどんな色?」

「赤とか緑とか、あとはオレンジ色かな」


 赤や緑というのは聞いたことがある。

 でもオレンジというのは、あまり聞かない。


 人によって色の感覚は違うけれど、アナタが見ているオーロラが想像の中にしかないというのは、なんとなくわかった。


 意地悪をしてごめんね。


 私の目にオーロラは見えないけれど、アナタの優しさは見えているよ。


「こんな雨じゃ、オーロラ見えない。帰りますヨ~」

 変なイントネーションの日本語が聞こえる。


 現地の通訳の人だ。


 私はその言葉を無視して、アナタの手を握る。


「綺麗なオーロラだったね」

「そうだね」


 私達、二人だけには雨雲を透かした先にオーロラが見えていた。


 二人の記憶にそう刻まれていれば、それでいい。


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