講評

 闘技場で上級騎士のサロスと試合をしたジェイドは、父セイリオから厳しく指導を受けていた。一通り手合わせが終わったところで、セイリオがジェイドに告げた。


「それと、次の公開稽古なんだがお前は一般の部で出てもらうからな」

「え、何で!?」


 公開稽古は10歳以下の部と15歳までの部、そして成人である16歳以上の一般の部に参加者が分かれていた。今までジェイドは15歳までの部に参加して、そこでも負けなしになってきたことからセイリオは更にジェイドに厳しい環境を与えようとしていた。


「今のサロスとの試合でわかった。お前はもう大人相手でも十分試合できる」

「えー、嫌だ! 大人と一緒だと僕絶対負けるじゃん!」

「負けろ、お前は今徹底的に負けておいた方がいい」

「何でだよ!」

「そういうところだ! 自分で考えろ、この頭で、しっかりと!」


 セイリオは騒ぐジェイドの頭を思い切り小突いた。


「悪いなサロス、やかましくて」

「いえ、賑やかで楽しいですよ。公開稽古もこのくらい楽しいといいのですが」


 小突かれながらも調子に乗ったジェイドがセイリオに纏わり付く。


「そうだよ父さん! もっと楽しくやろうよ! なんか派手にさあ!」

「お前は少し黙ってろ! そういうところだ!」

 

 セイリオに怒鳴られ、ジェイドは小さくなった。


「……なんだい、そういうところそういうところってさあ……」


 ジェイドはジェイドなりに一生懸命考えているつもりであったが、姉からも父からも「もっと考えろ」「そういうところがよくない」とだけ言われることが腑に落ちなかった。 


 その後稽古が一区切りついたと見て、ジェイドはセイリオに犬の話を再度持ちかけた。


「そうだ、父さん。犬だよ犬」

「そういえばそうだったな。どんな犬だ?」

「白くてさ、ふわふわなんだ。たぶん雄と雌だ」

「そうか、ふわふわか……」


 ジェイドはセイリオの手をとった。


「はやく帰ろう、姉さんが名前をつけてくれているはずだ」

「お前が拾ってきたんだからお前が名前をつけるべきなのでは?」

「それはいいから! 早く帰ろう!」


 名付けの話をこれ以上されたくなかったジェイドは誤魔化すようにセイリオを急かした。


「そういえばジェイド……お前何か悩んでいることでもあるのか?」

「なんで?」


 急に話をそらされて、ジェイドは拍子抜けした声を出した。


「最近以前より刀身を合わせたときの勢いが足りない気がするのだが、何かを迷っているとか、そういうことはないか?」


 ジェイドはセイリオの言葉にきょとんとした後、急いで顔の前で両手を振った。


「ないない、全然ない。ほら僕元気じゃないか」

「それならいいんだが。見た感じ、お前は悩みがなさそうだからな」

「何だよ! 僕だって悩みのひとつやふたつ!」

「あるのか?」


 ジェイドがすっかり黙り込んでしまったので、セイリオは少し心配になった。


「……好きな子か?」

「ち、違うよ!」


 鎌を掛けたつもりが思いの外簡単に引っかかったことで、セイリオはため息をついた。


「図星か」

「悪いか!」


 誤魔化すことを諦めたジェイドの頬は真っ赤になっていた。


「まあ、俺たちの仕事は護ることだからな。そういう気持ちはほどほどに大事にしていけ」

「……うん」


 セイリオは息子がほどほどに成長していることに安心した。


「俺はまだ少しやることがあるから、先に帰ってろ。夕方には帰るとライラに伝えておいてくれ」

「わかったよ……」


 心なしか呆然としながらジェイドは闘技場を後にした。ジェイドの背中を見送ってから、セイリオはサロスに向き直った。


「それで、率直な感想を聞きたい。どう思った?」

「正直、僕もまだ驚いています。あの最初の一撃は自分で考えたんですよね?」


 サロスはジェイドの初撃の衝撃がまだ抜けていなかった。あのような剣撃を受けたことはなく、それを8歳の少年が編み出したことへの驚きで一瞬剣への集中が途切れていた。


「どうもそうらしい。俺も最初に食らったときは驚いた。どこで習ったと聞いたら『剣を極める者、常に相手の剣先を読め』だから剣先を突いたらいいのではと思っただけらしい」


 発端は如何にも子供のよくある誤解のようだったが、誤解のままそれを実行できる技術にもサロスは驚いた。


「ついでに言うと、見ての通りだ。手合わせをすればわかるが、明らかにこちらの先を確実に突ける技量があいつには既にある。ただ、その……まるで思考が追いついていない。今のところ、あいつの剣はほぼ勘で動いている状態だ」


 サロスも実際にジェイドと手合わせをして、それからの彼の発言のひとつひとつにも驚いていた。剣技を行う際は相手の様子からその行動を先読みすることが必須となり、剣先や視線を追うために相当の集中力と思考力が必要になる。彼はそれを半分ほど無意識で行っているのではないかとセイリオは考え、更に思考を広げる訓練を徹底しなければと思っていたところだった。


「とにかく、あいつは子供だと思わないほうがいい。途中からお前もかなりムキになっているのがわかった」

「ははは……お恥ずかしいです」


 サロスも最初は子供相手と侮ったが、最後はなかなか隙を見せないジェイドにかなり本気で挑んでしまったことが少し悔しかった。


「だけど、まだまだ子供だ。これから先あいつはどんな剣士に化けるのか……」


 セイリオはそう遠くない未来に息子に負ける気がしてならなかった。そして、その日が来るのを楽しみに待っている自分に気がついていた。

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