吾輩は竜王である。名はもう捨てた

溶くアメンドウ

プロローグ!!!! …これでよいか?

第1話 肉切れにされてしもうた!

 吾輩は天駆ける竜種の頂き、欲界・色界・無色界の全てを悟りて尚も絶えぬ欲の火を燃やす強欲の王で…あった。今し方、人間の若造共に細切れにされてしもうた!


「やったのか!?」

「魔力はもうカケラ程もないわ…勇者様!」

「あぁ…これで世界は平和になる」

「よっしゃああああああ」


 見慣れぬ光景であった。死闘死線など幾重幾星霜超えて来たが、吾輩と対峙して友情のカケラも見出さぬ者達なぞ初めての体験に他ならなかった。強者と強者、それらは不可思議な友愛で結ばれるのが運命と確信していただけに心理の深くに裂け目が生まれた。


「コイツさえいなければ…妹も」

「お前の妹だけじゃない。この怪物がいなければ、どれほどの生命が生を真っ当出来たか」

「これほどの邪悪をどうして神は作られたのか…」


 …なるほど。どうやら最早吾輩は唯の一強者の枠を逸脱してしまっていたということか。嬉しい哉、悲しい哉。滅されるだけの対象とは、何ともそら寂しい。


(何だか死んでやっても良い気分から外れた…興醒めよ)


 今や鱗も翼も牙も偉大さの象徴の全てを吾輩は失い、矮小な一片の肉切れだけが吾輩の全てだった。吾輩の骸の逆鱗を目指して地を這う、這う、這う。


「復活の魔法を使ってこなかったが…」

「まさか! 自分自身に復活の魔法を使える存在なんていないわ、勇者様。例え世界最強の竜王であってもね」

「(はん、ほざいていろ穴切れめ…)」


 強敵ともと呼ぶに値する者達の前では惜しげもなく使った。単純に、頭上の穴切れ共との死闘では気分で無かったというだけの事だ。生死の超越すら出来ていない矮小な存在はこれだから…。


「焼いてしまおうか?」

「首は討ち取った証明になるし、そこだけ刎ねて他はそうしよう」

「しかし燃えるんですかね? 地獄の炎で焚いた湯で身体を清めた存在と聞きますが」

「アッハッハ! 地獄の炎を見て来ただろ? あんなのに近付ける奴はいないさ」

「(懐かしい…あれはちとぬるかったな…)」


 さて、逆鱗に辿り着いた。肉片たる吾輩には当然魔力を繰る器官も感覚もなく、当然穴切れ共の身体を乗っ取ったり鏖殺する事は叶わぬ。そんな気もサラサラないがな。逆鱗に秘められた魔法を解き放ち、輝く逆鱗の光が吾輩を包む。


「皆、構えろ!! 何かしてくる」

「まだ死んでいないの!?」

「化物すぎるだろ」

「神はどこまでもお戯れが過ぎます!!」


 ——時代は変わったのだな。己が全てをぶつけ合い、朽ち果てる。種族も生死も運命も何もかもを超えて。喜びに満ち満ちた、強者が分かり合える戦乱の世はもう吾輩のどこにもいなくなってしまった。


『この世界はくれてやる。さらばだ、冷たき穴切れどもよ』

「こ、この感じ転移に近い? 余波が大き過ぎるわ…皆、城の外へ!! 急いで」

「逃げるのか!! この卑怯者ーーー!!」

「おい、早く行くぞ」

「おぉ、神よ!!!」


 視界…とは言っても眼球はないのだが…がホワイトアウトし、浮遊感と墜落感の矛盾する体感が連続する。


————


 激痛、悪寒、極寒。完全なランダム関数に飛ばされた世界で感じたモノはこの3つであった。


「ワープの衝撃に身体が持たなかったか…」


 時間さえあれば吾輩の全ては回復する。魂の形に肉体が近づこうとする性質の応用である。蛇目のエルフ一族と研究して以来随分永らく使っていなかったが、なんとか機能している。が、持たぬやも…。


「凍てつくこの感覚…久しいな」


 絶え間なく雪粒が積もろうと吾輩の全身に降り注ぐ。只の肉切れの身体から熱が奪われ続けていく…などと冷静に考えている場合ではない!!!


「普通に死ぬな、これ」


…………。

………………。

……………………。


 あたりの地形を見渡すも、雪山・雪山・雪山の限りである。干渉出来そうな魔力を持つ生命や鉱物も反応はない。


「まさか偉大なる竜王がワープに失敗して凍死するとはな…土臭い獣人共の御伽話にもならなかろうよ…さむっ」


 段々と思考を回すのが容易で無くなってくる。絶え間ない寒さと寒さにばかり感性と理性が反応してしまう。寒い、眠い…最後に眠ったのはいつの事だったか…寒い。


「昔は良かった…」


 レノイアの祈りの丘の戦士、暗聖堂の灰の騎士、濁流を遡上する怪魚、焔鳥、白い人間…。


「そして我が盟友よ…」


 本物の五分と五分、吾輩と盟友は2体で1つであった。2体なら何でも出来た。遍く種族を喰らい、犯し、従えた。時に互いの種が番い合う事もしばしば。盟友といた時は、どんな些細な出来事や死闘ですらも心弾んだものだ。


「どこへ消えたのだ…お前は」


 消息不明の盟友を想う。あやつがおればそれで良かった。偉大じゃなくて良かったし、王じゃなくて良かった。そんな暇つぶし・・・・に熱を入れる必要も無かった。


「もう死んでしまおうか…寒い…」

「…寒いの?」


 幻聴が聞こえてくる。矮小な穴切れのメスガキのような声音。ちっぽけな種は生命の危機に頻すると聞こえるらしいが、肉切れになった吾輩もまた…フッ、笑止。


「ちょっとがまんしてね!」

「…!?」


 幻聴に吾輩は持ち上げられた…そんなわけはない! が、吾輩は何かの毛皮に包まれたまま運ばれている。ま、まて! 吾輩はあまり美味しくないと尻尾を喰った人間が言っておったぞ!?

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