⑦とける
その日の放課後。
松恵は、海斗と氷愛を別々の空き教室へと呼び出した。
これは、昼休みに決めた作戦だった。
。。。
昼休み。
千桜と松恵。それからみのりは、昨日と全く同じ場所でお弁当を広げていた。
「海斗がおかしくなったのは、白石さんのおまじないが原因……って事だよね」
「だろうね。むしろそれ以外にないって感じ」
「これからどうするつもり?」
おまじないについて、氷愛に聞いたところで教えてくれるとも思えない。かと言って、朝の海斗の様子では、おまじないについて教えてくれるとも思えなかった。
千桜と松恵は「うーん」と唸り、みのりはじっと一点を見つめて何かを考えていた。
「みのりちゃん?」
「え? あ…ごめんね。考え事してた」
「何か気になる事、見つけたの?」
「あ、うん……」
みのりが自信なさげに頷くと、2人はどんな事でもいいから。と詰め寄ってくる。
「あ、あのね……。海斗、目を擦ってたでしょ?」
みのりの言葉に、今朝近くで海斗と会話を交わした松恵が頷いた。
「そう言えば、そうだったかも」
「その時なんだけど、海斗の目…何だか一瞬色が変わった気がするの。気の所為かもしれないんだけど……黒目から一瞬だけ、紫っぽい色に」
改めて思い出しても、確かに海斗の目の色が変化したように見えた。みのりは目に何かあるのでは無いかと思い、険しい顔でまた考え込む。
「なら、またあたしがあいつの目をガっとこう……確認してやろうか?」
松恵はジェスチャーで手を動かし表現している。恐らく、頭を押さえつけるジェスチャーだ。かなり激しめと言うか、乱暴だった。
千桜に呆れ顔で止められているのを見て、みのりはくすっと小さく笑う。
「…あのね、私が海斗と話をしてみるよ」
みのりがそう呟くと、2人がバッとみのりを振り返る。それだけは無い。と目が訴えていた。
その気持ちは分かる。どうせ乱暴な海斗になってしまうだけだ。と、みのりも分かっている。
「言いたいことはわかるけど、おまじないの事に触れたらきっと、私以外にも暴力的な海斗になっちゃうと思うから……。私は大丈夫。海斗は優しいから、何をされても信じられる」
みのりが真っ直ぐ2人を見据えて、そう言った。千桜はただ小さなため息をつき、松恵はガシガシと乱暴に頭をかく。
「あんたの真っ直ぐなところにあたしも心を動かれちゃったからな。仕方ねえか。騎本の奴も、みのりの真っ直ぐさに改心するかもしれないし?」
「私は放課後は協力出来ないけど……みのりちゃんの意志を尊重するよ。頑張って」
「邪魔が入らないように、白石はあたしが抑えてるよ」
2人にも理解を示して貰えたので、みのりはほっとした顔でお礼を言う。
。。。
昼休みに決めた通り、みのりは海斗がいるはずの教室の前に立っている。
海斗は最近、氷愛のそばにいることも多かった。それはみのりも知っているし、周囲の生徒も知っている事だった。だから噂にもなっているのだ。
そんな2人を別々の場所に呼び出して、海斗のいる教室にはみのりが、氷愛のいる教室には松恵が行く事になっている。
みのりは海斗がいるであろう教室の前で、緊張を解すための深呼吸をすると、扉を開けた。
「海斗」
名前を呼ぶ。海斗はこちらを振り返ると、やはり態度を豹変させた。
「近寄るな!」
「海斗。話を聞いて欲しいの」
「お前と話すことなんてない! こっちに来るな!」
みのりは普段見ない海斗の怒った表情を見て、悲しげに眉を下げる。その目には涙が滲んでいた。
そして、みのりは一歩…また一歩と海斗に歩み寄る。
手を伸ばせば触れる距離まで近づくと、海斗はまたみのりの髪に手を伸ばし、引っ張りあげる。
「痛っ! ……海斗、痛いよ」
「ウザいんだよ。お前っ!」
「ごめんね。海斗……。でも、やめないよ」
みのりはそう言うと、海斗をぎゅっと抱き締めた。海斗は今もまだ、みのりの髪を掴んで離さない。
「いくらウザがられても、本当の海斗にまた会えるまではやめないし、諦めたりしない」
「離せよっ!」
「離さないよ。海斗……私は、優しい海斗の事が大好きなの」
みのりの涙が抱きしめている海斗の頬を伝ったその時。
海斗の手から、みのりの髪がサラッと流れ落ちた。
「お願いだから、私の大好きな優しい海斗に戻って。話を聞いてほしいの」
みのりの声に反応するように、海斗はみのりの背に優しく手をまわす。
海斗の瞳にも涙が滲んでいた。
「海斗?」
「みのり……。俺は今まで何をしてたんだろう。ただ、何か酷く悲しい気持ちになるんだ」
海斗の目から涙が零れ落ちた。それがみのりの頬にも伝う。
みのりは海斗を抱きしめる手を緩めて、海斗と目を合わせた。
久しぶりに見る、怒っていない時の海斗の表情。
「最近のみのりとの事を何も思い出せない……なのに、俺はみのりに謝らないといけない事をした。それだけはわかるんだ」
「そんなのいいの。本当の海斗とまた会えたから……。そうだよね? 今の海斗は、私との約束を覚えてる海斗なんでしょう?」
みのりがそう言って海斗の目尻を拭うと、海斗がその手に擦り寄った。
「ずっと一緒にいような。みのり……」
「うん」
2人の目からは、氷のようにキラキラと光る涙が、また零れ落ちた。
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