第12話 仕方がないよね

「う~ん、仕方がない。ポーションを分けてあげようか」

「人間達に関わって大丈夫ですかー?」


 腕を組み、仕方ないと告げるケータに、ギプスが尋ねました。今までケータは、人間と関わり合いにならないように、人間達を避けて来たのです。


「いや、死にそうな人を見捨てるのもなんだかなぁってさ」

「きっと面倒くさいことになるですネー!」


「そうだろうけど、仕方がないよね」

「ハッハー! ケータがいいなら、それでいいですネー!」


 ケータが仕方がないと肩を竦めると、ギプスは、なんだか嬉しそうに、ふよふよとケータの頭を撫でるかのようにちょんちょんと体を押し付けるのでした。


 ケータの持つポーションは、もちろん宝箱から出て来たものです。もうかなり長い間ダンジョンを移動しているので、ケータの背負うポーターバックの中には結構な数のポーションが蓄えられていたりします。



 ケータとギプスは、静かに彼らの下へと駆けて行きました。怪我を治すのですから早い方が良いに決まってます。


「こ、こんにちは……」

「誰だ!」


 ケータが、ものすごく緊張したようすで、ぎこちなく声を掛けると、戦士風の女性が飛び上がるように立ち上がって、すぐさま剣を抜き、大声を上げました。魔術師風の男性も無言で立ち上がり、怖い顔をして杖を構えます。


「あ、いや、その、ぼぼぼ、ぼくは怪しい者ではなくて、その、あの……」

「くっ、いつの間に、こんな近くまで……」


 あたふたするケータを前に、戦士風の女性は、厳しい顔で呟きました。魔術師風の男性は無言のまま、探るように辺りを見回しています。


「近くに仲間は潜んでいないようだが……」

「いや、まて、こいつは、こんなに近づくまで全く気配を感じさせなかったんだ。仲間も巧妙に気配を消しているかもしれない」


 魔術師風の男性が、ケータの仲間の潜伏について言及するも、戦士風の女性は、ケータをキッと睨みつけたまま、それを否定しました。


「えーっと、あの……」

「ハッハー! ケータはダメダメですネー!」


 剣を向けられて、しどろもどろになっているケータの背中から、ギプスがひょっこり顔を出しました。


「魔物か!?」

「金魚…‥」


 戦士風の女性が、ギプスを見て目を見開くほど驚き、大声を上げたのに対して、魔術師風の男性は、緊張感を持ちながらも冷静に状況を見つめ、呟くように声を漏らしました。


「ハッハー! 私はギプス、この子はケータですネー! そして、ケータはポーション持ってるですネー! あなた達は、ポーションが必要ではないですかー?」

「本当か!? 頼む、ポーションを譲ってくれ! 仲間が危ないんだ! 金なら払おう! 市場の倍、いや、3倍は払う!」


 ギプスが、挨拶もそこそこにポーションの話を切り出すと、すぐに戦士風の女性が食いついてきました。


 しかし、魔術師風の男性が、警戒を緩めた戦士風の女性に待ったを掛けました。


「おい、ちょっと待て、こいつらを信じていいのか、まだ分からないだろう」

「いや、しかしだな……」


 魔術師風の男性が言うことも分かるのでしょう、戦士風の女性が苦しそうに顔を歪めながら口籠りました。


 彼らが、そんなやり取りをしている間に、ケータは、ポーターバックを下ろして中からポーションを取り出しました。


「早く使ってあげて。苦しそう……」

「なっ!? この色、ハイポーションか!?」


 ケータが差し出したのが、ハイポーションだったので、戦士風の女性が驚きの声を上げました。魔導士風の男性も目を見開いています。


「ハッハー! 早くポーション飲ませた方がいいですネー! このままでは、死んでしまうですネー!」

「はっ!? そうだな! 金は後で必ず払う!」


 ギプスの言葉に、戦士風の女性は、はっとして、剣を鞘に納めてケータからハイポーションを受け取りました。


「大丈夫なのか?」

「今は、このハイポーションに頼るほかはない……」


 眉根を寄せて心配そうに声を掛ける魔導士風の男性に対して、戦士風の女性が、悲痛な顔で怪我人の女性へ視線を向けて、選択肢の無いことを示します。


 すると、怪我の容体が悪いのでしょう、青色を通り越して真っ白な顔となり、息も浅くなっていた女性が、にっこり微笑んで小さく頷きました。


 彼女の微笑みを見た魔導士風の男性は、顔をしわくちゃにして目に涙を浮かべて、もう何も言うことは出来ませんでした。


「ルミナ、ハイポーションだ。ゆっくりと飲むんだ」


 戦士風の女性が膝を付き、ルミナと呼んだ女性の上体を起こして口元にハイポーションの小瓶を当てて傾けると、ルミナは微笑んだまま1口ハイポーションを口に含みました。


 すると、ルミナの真っ白になっていた顔に赤みが差し込み、彼女はごくりとハイポーションを飲み込みました。


「ジェニファー、ありがとう。楽になったわ……」

「そうか……、ハイポーションはまだ残っている。全部飲んでくれ……」


 か細く呟いたルミナの声に、ジェニファーと呼ばれた戦士風の女性は、瞳に涙を浮かべながら、残りのハイポーションを飲ませました。


「アンドレもありがとう。ふふっ、もう泣かなくても大丈夫よ」

「泣いてない!」


 ハイポーションを全て飲み干したルミナが自分で身を起こして、にっこり笑顔で言うと、アンドレと呼ばれた魔導士風の男性は、空を見上げてしゃがれた声で強がりを言うのでした。


 そんなようすを見て、ケータとギプスはちょっと嬉しそうに微笑むと、そうっと背を向け、歩き出しました。気付かれないうちに、この場を去ろうというのです。


「待ってくれ! まだお礼をしていない!」

「え、あ、いや、べべ、別に……、その……」


 ジェニファーに声を掛けられ、ビクッとしたケータは、あたふたしてしまい、何を言っていいのやら言葉に詰まってしまいました。


「とにかく、お礼を言わせてくれ! 君は、ルミナの命の恩人だ!」


 ジェニファーが、ガバッとケータの両手を掴みとって、大きな声でそう言うと、その行動にビックリしたケータは、ふひぃ!と小さく声を漏らしましたが、ジェニファーは全く気にすることなく、とても嬉しそうな笑顔を見せました。


「あの、貴重なポーションをありがとうございます。おかげで命拾いしました」

「俺からも礼を言わせてくれ。ありがとう。本当にありがとう」


 続いて、ルミナとアンドレに囲まれる形でお礼を言われて、ケータは、あわあわするばかりでした。


 長い間、人とのコミュニケーションを取っていないケータは、すっかりコミュ障に陥っていて、どういう対応をしていいのか分からないようです。


 ギプスは、空中にふよふよと漂いながら、そんなケータのことをとても嬉しそうに眺めていたのでした。



 一息ついて、改めて自己紹介となりました。


 ジェニファーは、金属製の胸当てを装備していて、見た目の通りファイター系のジョブだそうで、左腕にバックルと呼ばれる小さな丸盾をつけ、腰に片手剣を装備しています。


 アンドレは、長い杖を持ち、紺色のローブを纏っていて、こちらも見た目通り魔法使い系のジョブだといいます。


 ルミナは、革で出来た動きやすそうな服を着て、背中に大きめのバックパックを背負っていて、ポーター系のジョブだということです。


「あの、ケータ、です……。あの、ポーター、系? のジョブ……です」


 ケータは、超絶コミュ障能力を発揮し、顔を真っ赤にしながら、たどたどしく自己紹介をしました。


 見ていた3人の反応はまちまちで、ジェニファーは、真面目な顔でうんうんと頷いていて、アンドレは苦笑い、ルミナはふふふと微笑んでいました。


「ハッハー! ギプスですネー! よろしくお願いするですネー!」

「「「……ケータ?」」」


 最後にギプスがふよふよと空中を泳いで、ドヤ顔で自己紹介をすると、笑顔で見つめていた3人が、揃ってケータを呼びました。どうやら、ギプスの存在について説明して欲しいようです。

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