第10話 転移先

「うわっ!? 景色が変わった!!」

「ヒャッハー! ランダム転移したですネー!」


 転移ポイントから、ランダム転移したケータとギプスは、一瞬にして涼やかな森の中へと転移しました。


「……周りに魔物はいないみたいだね」

「ハッハー! 良かったですネー!」


 警戒していたケータは、すぐに辺りの気配を探り、危険な魔物がいないことに、少し安堵したようです。


「で、ここはどこなの?」

「ハッハー! さっぱり分からないですネー!」


「だよねー……」

「それが、ランダム転移ですネー!」


 ケータは、あらかじめランダム転移の転移先は、どこだか分からないと聞いていたにも関わらず、間抜けな質問をしてしまったことに気づいたのでしょう、苦笑いを浮かべていました。


「まぁ、別のダンジョンへ転移したっぽいからいいか」

「おそらく、別のダンジョンだと思うですネー!」


「えっ? おそらくって、どゆこと?」

「同じダンジョン内に転移することもたまにあるですネー!」


「それ、初耳だけど?」

「ハッハー! 言ってなかったですかー?」


「うん、聞いてない……」

「問題ないですネー! 同じダンジョンだったら、もう一回ランダム転移するですネー!」


 ランダム転移なのですから、必ず別のダンジョンだとは限らず、同じダンジョン内に転移する可能性も十分考えられますが、ケータは、そこに気付いていなかったようです。楽観的なギプスの態度に、ケータは、大きく溜め息を吐くのでした。


「それより、ケータ! まずは、どんな魔物がいるか確認ですネー!」

「そうだね。あまり強い魔物がいないといいな」


 ケータは気を取り直して、ギプスと共に、最大限に警戒しながら歩き出しました。


 しばらく進むと、ケータは何かを感じたようすで、やや身を沈めて1方向を眺めました。


「魔物がいる。何体か一緒にいるみたい。こっちに向かってる」

「ハッハー! 逃げるか隠れた方がいいですネー!」


「うん、隠れてやり過ごそう」

「了解ですネー!」


 魔物の気配を捕らえたケータは、森の中に身を潜めることに決めると、魔物達の進行方向を見極めながら、ギプスを連れて音を立てないように動きだしました。


 ケータとギプスは魔物に対して風下の岩陰に身を潜め、茂みから魔物のようすを伺います。


 遠めに見えた魔物は、大きな犬のような魔物で、5体が群れを成して森の中を進んで行きます。獲物を探しているのでしょうか、ときおり地面に鼻を擦り付けるようにして匂いを嗅いでいましたが、やがて、どこかへ行ってしまいました。


「初めて見る魔物だったね」

「ハスキーウルフですネー! 群れを作ることが多いので厄介な相手ですネー!」


 魔物達がかなり遠くへと離れて行った頃、ケータとギプスは、今見た魔物について話し始めました。ギプスによると、あれは、狼系の魔物だったようです。


「1体だったら倒せるかな?」

「ハッハー! 無理ですネー! 1体だけでも熊より強いですネー!」


「うえー、ダメじゃん」

「今のケータじゃ、見つかったら終わりですネー!」


 最後のギプスの言葉に、ケータの顔が一気に引き攣ってしまいました。そんなケータのようすを気にするでもなく、ギプスは話を続けます。


「ケータ! 思っていたより深い階層に来てしまったみたいですネー!」

「えっ? どゆこと?」


 真剣な声色で話し出したギプスに、ケータは、嫌な予感でもしたのでしょうか、不安そうな顔で尋ねました。


「ハスキーウルフは、カマキリや熊がいた階層よりも、ずっと先の階層に出てくるような強敵ですネー! おそらく、それだけ深い階層へ転移してしまったですネー!」

「……」


 ギプスの話を聞いて、ケータは、顔を真っ青にして声も出ないようです。かなりショックを受けているようですが、それでもギプスは話を続けます。


「おそらく、ケータが戦えるような魔物はいないですネー! だから、絶対の絶対に魔物達に見つからずに、浅い階層へと向かうしかないですネー!」

「……」


 ギプスの話は終わったようですが、ケータは、顔面蒼白のまま無言で固まってしまいました。恐怖と不安のあまりパニックに陥らなかっただけでも褒めてあげたいところです。


「ど、どうしよう、ギプスぅ……」


 ようやく口を開いたケータは、泣きそうな顔でした。


「ハッハー! 大丈夫ですネー!」

「へっ?」


 いつもの陽気なギプスの声に、今にも泣き出しそうだったケータは、呆けた声を上げました。


「魔物に見つからなければいいだけですネー!」

「でも、そんなこと……」


「今まで積んできたトレーニングの成果を出せばいいだけですネー!」

「ほんと?」


 トレーニングの成果をと聞いて、ケータの顔色が少し良くなりました。ケータにとっても、厳しい毎日のトレーニングが生きるとなれば希望が持てるでしょう。


「たぶんですけどネー……」

「たぶんって、そんな……」


 良くも悪くも正直なギプスが、思わず目を逸らして言い淀んでしまうと、ケータは再び不安げな顔になりました。


「ハッハー! 今から必死にトレーニングするですネー!」

「そ、そっか。トレーニングすれば何とかなるよね!」


 しかし、ギプスからトレーニングと聞いて、ケータの顔がパーッと明るくなりました。単純ですが、今までずっとトレーニングしてきたケータは、その効果を身をもって実感しているのですから、その先に明るい未来を感じたのでしょう。


「これまで以上に、とーってもハードなトレーニングをするですネー!」

「えっ?」


 これまで以上と聞いて、ケータは、思わずといった感じで声を漏らしました。今までも十分に厳しいトレーニングだったので驚いたようすです。


「ハッハー! 生きるか死ぬかの実践トレーニングですから、覚悟するですネー!」

「あは、は……」


 そして、トレーナー魂に火がついたのか、ギプスが、双眸にめらめらと滾る何かを燃やして覚悟を迫ると、ケータは、青ざめた顔を引き攣らせて空笑いするのでした。




 それからというもの、ケータとギプスの生死を掛けた実戦トレーニングが、繰り広げられることになりました。


「魔物に見つからないように、もっときっちり気配を消すですネー!」

「おう!」


 ケータは、筋トレしながら気配を完璧に消すトレーニングを行います。


「死にたくなければ、もっと速く、音もなく走るですネー!」

「おう!」


 ケータは、危険な魔物から逃げるように必死に森の中を駆け抜けます。ギプスによると、これもトレーニングらしいです。


「先手必勝! 生き残るためには、より遠く、より繊細に周囲の気配を察知するですネー!」

「おう!」


 ケータは、生き残りをかけて、筋トレしながらも気合を入れて索敵トレーニングを行います。


 ギプスによると、この階層の魔物と戦えば、ケータの死は確定なので、絶対に戦わないのが生き残るための絶対条件とのことです。


 そのため、危険な魔物の存在をなるべく遠くから察知し、絶対に見つからないように気配を消しながら音もなく逃げ回るのが最善だというのです。


 そして、来る日も来る日もギプスの鬼のような指導の下、ケータは、魔物の恐怖に背中を押されながら必死にトレーニングに励みます。


 そんなストレスまみれの地獄のトレーニングを続けながらも、ケータとギプスは、この階層から脱出するため、浅い階層へと渡る道を探るのでした。

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