第9話 ランダム転移

 毎日毎日、あいも変わらず、ケータとギプスは、筋トレサバイバル生活を続けています。


 転移ポイントから別のダンジョンへと転移することを目標としてからは、より一層トレーニングに気合が入るようになりました。


 そのおかげでしょうか、ケータは、メキメキと力を付けてゆきました。



 そして、今、サバンナのような大地で、ケータとギプスは、茂みに身を隠して遠目にシマウマのような縞模様のある大きな熊を見つめます。


「ゼブラベアーか。あいつはダメだな。硬すぎる」

「まだまだ、トレーニングが足りないですネー」


「でも、逃げるだけなら余裕だな」

「逃げ足だけは、速くなったですからネー」


「生き残ればいいんだよ。やっつけるのは、もっと筋トレしてからだ」

「その意気ですネー」


 ケータとギプスが、ゼブラベアーの動きを警戒しながら、小声でひそひそと話していると、ゼブラベアーがお尻を向けて歩き出しました。


 その隙に、ケータとギプスは、なるべく音を立てないように、すすすと低い姿勢のままで、ゼブラベアーから離れて行きました。




 低木が疎らに生えた草原を警戒しながら進んでいると、ケータが、何かに気付いたように姿勢を低くして身構えました。


「なんかいる。あっちの方」

「ハッハー! 行ってみるですネー!」


 緩やかな傾斜を警戒しながら登りつめると、草わらの先の林の中に魔物を見つけました。かなり距離があるため、まだ気付かれていないようです。


「ウッドマンティスだね。1体だけだし、あれならやれる」

「戦闘トレーニングですネー」


 ケータが狙いをつけたのは、ウッドマンティスという大きなカマキリみたいな魔物です。林の中に立ってるウッドマンティスは、その体の色合いから、木々に紛れて見つけ難い魔物です。


 ケータは、低い姿勢のまま、音を立てないように風下へと回り込み、ウッドマンティスへと近づいて行きました。


 ウッドマンティスへ背後からある程度近づくと、ケータは一気に加速して、手にした棍棒で攻撃を仕掛けました。


 ガキン!


 しかし、ケータの攻撃は、突如振り返ったウッドマンティスの鎌によって防がれてしまいました。ウッドマンティスの左右の前足はノコギリ刃の鎌になっています。


「むぅ、残念。やっぱり防がれたか」

「ハッハー! ウッドマンティスの複眼は、真後ろまで見えるですネー!」


 毎度、ウッドマンティスに奇襲を阻まれているケータは、またかと言った表情で、ちょっと離れたところでふよふよ浮いているギプスが、誰に向けてか解説しました。


 次は、こっちのターンだとばかりに、ウッドマンティスが鎌を振り上げ襲い掛かってきました。対するケータは、棍棒でバシバシと鎌を弾きながらじりじりと後ずさります。


 左右の鎌を手早く操り、チクチクと小ぶりの攻撃を繰り出していたウッドマンティスが、バシバシと棍棒で弾いたり、躱したりして粘るケータに焦れたのか、大振りの攻撃を仕掛けてきました。


「ここっ!」


 ケータは、大振りとなったウッドマンティスの鎌をギリギリで躱すと、大きく踏み込んで、奴の足の関節をめがけて鋭く棍棒を叩きつけました。


「ギィ!!」


 悲鳴のような声を上げて体勢を崩したウッドマンティスは、中足の1本がおかしな方向へ曲がっていますが、後ろ足2本と中足1本で何とか踏ん張っています。


「よし! 一本!」


 一撃与えて、素早く距離を置いたケータは、中足1本が使い物にならなくなったことを確認すると、攻めに転じました。


「うおおおおぉぉぉ!!!」


 棍棒を手に、雄たけびを上げながら、真正面から立ち向かうケータに、ウッドマンティスは左右の鎌で対抗しますが、足の踏ん張りが効かないのでしょう、鎌の動きに精彩を欠いていて、防戦するのが精一杯です。


「おりゃー!!」


 攻勢に出ていたケータは、踏ん張りが効かないウッドマンティスが僅かにバランスを崩したところを狙い、奴の鎌足の関節めがけて強力な一撃を浴びせました。


「ギィィィィッ!!」


 ウッドマンティスの悲鳴が再び鳴り響き、自慢のノコギリ鎌が1本あらぬ方向へと向いてしまいました。


 その後は、ケータが、一方的な棍棒攻撃でボコボコに殴りつけると、ウッドマンティスは、ボフっと霧となり、魔石を残して消えてゆきました。


「ハッハー! お見事ですネー! おそらく今までで最短時間ですネー!」

「えへへ、トレーニングの成果だね」


 ギプスに戦いぶりを褒められて、ケータは、嬉しそうにはにかみながら頭の後ろを掻いています。


「この階層の魔物も、ずいぶん上手く倒せるようになったですネー!」

「熊とか固い奴は、まだパワー不足で倒せないけどね」


「そろそろ、次の階層へ行ってみるですかー?」

「いやいや、次の階層へ行くなら、転移ポイントで他のダンジョンへ転移するよ。あそこの階層から3つ先の階層だからね、ここ」


「ハッハー! そんな話もあったですネー!」

「もしかして、忘れてた?」


「さっそく、転移ポイントに戻るですネー!」

「なんか誤魔化してない?」


 ケータとギプスは、以前見つけた転移ポイントから3つ先の階層で戦える力を身に付けたと判断し、別のダンジョンへとランダム転移することにしました。


 これから、また何日も何日もかけて、転移ポイントへと向かいますが、急いでいるわけではないので、適度にトレーニングしながら、ゆっくりと移動して行きました。





 そして、ケータとギプスは、ようやく転移ポイントへと戻ってきました。


「ハッハー! ケータ、準備はいいですかー?」

「うん、大丈夫。転移しよう!」


 ケータとギプスは転移ポイント中央の透明な台座の前に立ち、いよいよ転移です。

 ギプスの指示に従って、ケータが何も無い台座の上に手を置くと、台座の真上に突如として目玉のついた黒い球体が現れました。


「なんか出た!」

「ハッハー! これは、転移ポイントの案内係ですネー!」


 突然のことに驚くケータに対して、ギプスは、落ち着いたものです。


 案内係だという黒い球体は、1つ目をパチパチと瞬きしてから、周囲をぐるりと見回しました。


『帰還玉もしくは転移玉を台座にセットして下さい』

「あ、しゃべった……」

「ハッハー! ここは、ギプスに任せるですネー!」


 案内係の1つ目球体がどこか機械的な音声を発すると、ケータは、思わずと言った風に呟き、そこへギプスが、ふよっと前へ出て胸を張りました。ケータは、少し戸惑った表情を見せましたが、何も言わずにギプスに任せるようです。


「登録した玉は持ってないですネー! 玉を使わないで転移するですネー!」

『玉を使わない場合、ランダム転移となります。どこへ転移するか分かりませんがよろしいですか?』


「イエース! よろしいですネー!」

『転移ポイント内のすべてを転移します。3、2、1、転移開始……』


 ギプスと案内係の軽いやり取りを経て、案内係の1つ目球体がカウントダウンの後に転送開始を宣言すると、透明な台座を中心に立体的な魔法陣が展開されました。


「おおっ!?」

「ヒャッハー! ランダム転移するですネー!」


 ケータが、驚きの声を上げ、ギプスが、テンション高く叫ぶと、魔法陣から発した眩い光が一面を白く塗りつぶし、ケータとギプスはその場から消えてしまいました。

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