2.サバイバル

第3話 消えゆく池

 ケータが、迷い込んだ不思議な池に住み着いて、空中を泳ぐ真っ赤な金魚のギプスの指導の下でトレーニングを始めてから、数ヶ月が経ちました。


 トレーニングは、ストレッチを含めた筋トレが中心でしたが、魚や小動物の狩りとか野草の採集、はたまた読み書き計算などなど、ギプスは、ケータにいろいろなことを教えてくれました。


 不思議なことに、池の周囲に魔物は全く出ませんでした。ギプスが言うには、ダンジョンの特殊エリア?らしいのですが、ケータは、良く理解できないままに、そんなもんなんだと受け入れているようでした。なにはともあれ、魔物が出ないのでトレーニングは安全に行われてきました。




 そんなある日、ギプスが、ふよふよと空中を泳ぎながら告げました。


「もうそろそろ池が消滅するですネー!」

「ふうん、そうなんだ」


「この池が無くなると、魔物が寄って来るようになるですネー!」

「ええっ!? どうしよう!」


 魔物が寄って来ると聞いて、ケータは、驚き、頭を抱えてしまいました。なぜ池が消滅するとか、どうして池が無くなると魔物が来るようになるのかなどの疑問は、幼いケータには思い浮かばないようです。


「大丈夫ですネー! ケータは、トレーニングに励んできたですネー! 今のケータなら、魔物と戦って、やっつけることができるですネー!」

「えええっ!? まものとたたかうのぉ!?」


 魔物と戦うと聞いて、ケータは、すこしばかりパニクってしまいました。幼い子供にとって、魔物と戦うなんて信じられないことなのでしょう。


「逃げられるなら、逃げた方がいいですネー! しかしですネー! 倒せる時には倒すですネー! 魔物と戦うのは良いトレーニングになるですネー!」

「ひえー、まじかー。ギプスはすぱるただなー」


 しかし、ギプスがトレーニングだと言うと、ケータは驚きつつも諦めたようで、肩を落としてみせました。トレーニングならば、仕方が無いと思ったのでしょう。


「まずは、魔物が来ても、いつでも逃げられるように、準備しておくですネー!」

「わかったー。なにをすればいい?」


「持ち物チェックですネー!」

「うん!」


 ギプスの指示に従って、ケータは、ポーターバッグの中に入れている荷物を確認してゆきます。


 ケータは、この数ヶ月間、いつも一緒にトレーニングをしてきたギプスに対して、いつの間にやら慣れ親しんで、怖がることも無く、よくしゃべるようになっていました。今や信頼できる家族といった感じです。


「みずのまどうぐ、ちゃっかのまどうぐ、ないふ、しお、ほしにく、きのみがたくさんっと。うん、たべものは、しばらくだいじょうぶそうだよ」


 ポーターバッグの中は、魔道具2つと、ナイフ、そして食料品がたくさん入っています。魔道具2つとナイフは、強制労働させられていた時に、ダンジョンに入るときの最低限の装備として持たされていた物です。


 ここ数ヶ月の間に、ケータは、小動物を捕まえて解体し、がんばって干し肉を作ることも覚えました。そして、近くに岩塩があったので、塩を取り、傷みにくい木の実を集めては、ポーターバッグに蓄えてきたのです。


「OKですネー! 今日から、ポーターバッグを背負ったままで、トレーニングするですネー!」

「わかったー」


 今日も、元気なギプスの掛け声に従って、ケータはトレーニングを続けます。




 それから3日後。


「ケータ! 魔物が近寄ってきてるですネー!」

「えっ!? ほんと!?」


「ケータも魔物の気配を感じ取るですネー!」

「できるかなー?」


「魔物の気配は動物とはちょっと違いますが、大丈夫ですネー! 日頃のトレーニングの成果を試すですネー!」

「うん、がんばる」


 ギプスに促され、ケータは、木陰に身を潜めるようにして、静かに周辺の気配を感じ取ることに集中しました。


「あっちのほうに、なんかいる?」

「イエース。 それが魔物の気配ですネー」


 ケータが、魔物の気配を感じ取り、そちらの方向を見て小さく呟くと、一緒に身を潜めるギプスが小さな声で、当たりだと教えてくれました。


「だんだん、ちかづいてくるね」

「おそらく、ゴブリンですネー。できれば奇襲でしとめるですネー」


「う、うまくできるかな……」

「いつものトレーニング通りにやれば、大丈夫ですネー。がんばるですネー」


 少し緊張していたケータですが、ギプスの応援を受けると、覚悟を決めたように小さく頷きました。


 ケータは、ギプスの教えの下、小動物相手に奇襲の練習を積んできています。今回の相手はゴブリンですが、やることは同じです。


 ケータは、ゴブリンの気配を読んで進む方向を予測すると、風下側で待ち伏せできる位置へと静かに移動します。池の周りは森になっていて、ところどころに茂みがあって隠れる場所はたくさんあります。


 ケータは、音もなく茂みの陰に身を潜めると、自作の棍棒を手にゴブリンを待ち伏せました。棍棒は、ナイフよりも戦いやすいとギプスの勧めで作った武器で、ちょっと歪な形の簡素な棒です。


 ゴブリン1体が、警戒する様子もなく徐々に近寄ってきました。ときおり、物音に反応するように立ち止まってはキョロキョロしていましたが、そのままケータの前方の少し離れたところを横切って行きました。


 ケータが、ゴブリンの後ろから飛び出すと、物音に気付いたゴブリンが振り向きますが、一気に詰め寄ったケータは、手製の棍棒を勢いよく振り下ろします。


「えい!!」

「グギャッ!」


 ケータの棍棒攻撃は、ゴブリンの頭に命中し、ゴブリンは、呻き声を上げて倒れ込みました。


「やったー!」


 ケータは、奇襲が成功したことで、飛び上がって喜びました。

 しかし、倒れたゴブリンは、頭から青い血を流しながらも飛び起きて襲ってきました。


「グゲッ!!」

「うわっ!?」


 倒したはずのゴブリンが、襲い掛かって来るとは思わなかったのでしょう、ケータは驚いて、よろけてしまいましたが、なんとかゴブリンのパンチを躱して距離を取りました。


 奇襲の一撃が効いているのでしょう、ゴブリンは動きが鈍く、よろけて足元が覚束ないようすです。


「気を抜いたらダメですネー!」

「ちくしょー!」


 体勢を立て直したケータは、ギプスにダメ出しされて、悔しがりながらも棍棒を握りしめ、ゴブリンと相対します。


「グギャギャッ!!」


 再びゴブリンが、殺気全開で襲い掛かってきました。

 ケータは真正面からの戦いを避け、軽く右後方へと体を引いて、ゴブリンのパンチを躱しつつ棍棒攻撃を当てました。


「ヒャッハー! その調子ですネー! 相手の動きをよく見るですネー!」

「うん!」


 ギプスの声援を受け、ケータは、ゴブリンの動きをよく見て、コツコツと攻撃を当ててゆきます。1撃の攻撃力はありませんが、着実にダメージを与えています。


 そして、とうとう、ゴブリンは力尽き、倒れ込んでしまいました。もう、起き上がる力もないようです。


「ケータ! フィニッシュですネー!」

「とりゃー!!」


 ケータは、大きく振りかぶり、大上段から棍棒を振り下ろしました。

 この一撃を受けて、ゴブリンは、ボフっと霧のようになり、魔石を落として消えてしまいました。


「ふー、つかれたー」

「ご苦労様ですネー! 初めてゴブリンと戦ったにしては上出来だったですネー!」


「う~ん、なかなか、たおせなかったー」

「最初は、こんなもんですネー! 慣れてくれば、もっと楽に倒せるようになるですネー!」


「そうかなー。うん、がんばる!」

「その意気ですネー!」


 はじめて魔物と戦って、心身ともに疲れたようすのケータですが、ギプスに励まされてやる気を見せるのでした。

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