第4話 最後のカウンセリング。
私は最後のカウンセリングとして吉木優一にアプローチをした。
様々な出来事のせいで大変な難物だったが話を聞き、肯定をして代わりに泣き、彼が言いたかった怒りや言葉を口にして彼の心を癒していく。
彼は次第に心を開いてくれたので私は一つのお願いをした。
「吉木優一さん。私と動画制作をしていただけませんか?」
「え?」
「話していて思ったんです。吉木優一さんはものづくりをするのがいいと思うんです。だから私の動画に付き合ってください」
困惑を示す吉木優一に12回だけだと頼んだ。
私はカウンセリングで得た物を動画にしたかった。
「お金ならありますからよろしくお願いします」
「…わかりました」
私は翌週から日曜日に撮影を済ませて次の土曜日に動画を公開して貰った。
撮影場所は都営公園だったり観光地の景色のいい所に絞った。
交通費と飲食代は私が出して吉木優一と撮影をする。
吉木優一には動画撮影の才能もあった。私の作りたい物を察してくれていた。
私はサングラス姿で撮影地を歩きながら撮影地の紹介をしてカウンセリングで相談に来た人の話を出して終わらせる。相手には許可を得ているし、名前も個人の特定も絶対にない。
前もって原稿は作り込むし話す時間も15分で済むようにして多少前後しても1分以内に終わるようにする。
それを吉木優一が編集してテロップを入れてくれてフリー素材の楽曲を合わせてくれる。
撮影地と楽曲のあまりのマッチ具合に吉木優一に凄いと感謝を告げた時、吉木優一は照れ笑いをしながら「いえ、僕は無才なので片っ端から音楽を当てて自分が気に入ったものにしているんです。何回聞いても覚えられなくて毎回曲を全て当ててみてます」と笑いながら説明をする。吉木優一はデジタルタトゥーのせいでアルバイト生活をしていて時間の余裕はあまりない。
それなのにキチンと仕事をしてくれていて感謝しかなかった。
働き過ぎの男性の話、埋まらない自己肯定感に悩まされる男性の話、恋を知らない女性の話、家事が認められない女性の話、育児を認められない男性の話。個人情報に気を付けながら概要を話し、私がカウンセリングで話した内容を語っていく。
動画再生数は悪くない。
おまけとして吉木優一が私抜きのロケ地風景に音だけを当ててくれた癒し動画も作ってくれていて寝る時に観ている人もいてくれた。
私は時間が許す限りコメント返しをして、吉木優一は批判や批評でもない悪口を軒並み排除したり管理を手伝ってくれた。
あっという間の3ヶ月。
とても楽しく満ちた幸せの日々だった。
最後に選んだのは引っ越した彼の住む家から徒歩で通える文京区の六義園。
そこで私は最後の話をした。
「これは、未だにカウンセリングをしていない人の話です」
「その人が病を知らされたのは2年前、セカンドオピニオンも受けましたが、やはり病は見つかりました」
普段通り、一度に話すのではなく、歩きながらゆっくりと人通りの少ないところで話をする。
長くなっても吉木優一が上手く編集をしてくれる。
「投薬治療を行いましたが改善の兆しはなく、ついに失敗の可能性がある手術しか手が残されなくなってからその人は一つのことを決めました」
たまたま人も少ない六義園の中では周りの喧騒から隔絶されていて別世界になっている。
歩く音が耳に届き、サングラス越しに見える吉木優一は真剣に私を撮っている。
「それは人の言葉を聞いて癒すこと。カウンセリングをして人に希望を持って貰うこと」
吉木優一が驚いた顔で私を見る。
「そう。それは私です。私は今日で動画配信を終えて入院をします。私は最後のカウンセリングとしてこの場所を選びました」
私は歩くことをやめて真正面を向いて「この動画を撮影してくれている大切なパートナー。名前は明かせません。ですが優れたものづくりの才能を持った方、私はパートナーとしてあなたを救いたい」と言った。
吉木優一は徹底している。
撮影中は決して声を出さずにこちらを見てキチンと撮影をしてくれる。
「多くは語りません。ですがパートナーのあなたはものづくりで、ものづくり以外の事が原因で道を閉ざされてしまった。それは勿体無いので私はあなたに自信を取り戻して貰ってもう一度動画制作をして欲しい。裏方でもいい。動画制作の…ものづくりから離れないでもらいたい」
サングラス越し、カメラ越しに吉木優一を見て語りかけるように説得するように話して「終わります。無事に退院出来たらまた会ってくれますか?」と聞いて手を挙げると吉木優一は停止ボタンを押して動画を保存する。
「あの…。今の話」
「本当のことで本心です。私は吉木さんの才能が羨ましい。頑張って欲しいです」
私は多くを語らずに「では、動画のアップロードと不在時の管理なんかをお願いします。今日までの報酬は振り込んでおきます。無事に退院したら連絡します」と言って帰り、土曜日に上がった動画は過去最高の出来だったと思う。
コメント欄には手術の無事を願う声、吉木優一宛にものづくりを続けて欲しいという声、仕事のオファーまであった。
私は未練が生まれないようにスマートフォンの電源を切って入院をした。
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