戦場へと。

◇◇◇◇◇◇◇◇


 抜けるは森だった場所。

 かつては森だったが、魔王と人界軍の戦争の際に、魔王の持ち出した最終兵器によって、その自然が生態系ごと吹き飛ばされた森の跡地。


 若干の砂漠化も進んでおり、緑のあったはずの大地より、黄色の砂がその顔を出し始めていた場所もあった。


 その森だった場所を、サイドツーを用いて高速で通り抜ける。


 一瞬にて変わりゆく景色。


 もはや山地なども、ほとんど魔王の最終兵器———もとい『ガイア・コンソール創世天地/開闢神話・亜種』にて均されており、ひたすら地肌の見える地上を見下ろしながら進み続けるだけであった。


 ———と、画面右下に何やら四角の枠ができ始める。




『……私だ、今は秘匿回線を開いて通話している』


「教官……ですか」


 その枠の中に映っていたのは、教官を正面から映したカメラだった。



『1つだけ。…………貴様に、死ぬなと伝えに来た。……いいや、当の本人が直接は言えない、と言っていたから、私はただの伝言係なのだが』


「死ぬな……って、そりゃ当たり前じゃ……」


『……ソイツは、貴様と肩を並べて戦場で戦えることを楽しみにしている、とも言っていた。


 ……それまでには、必ず死ぬんじゃない、絶対に生き延びてみせろ、とそう言っていた』


「そんな当たり前なこと、わざわざ伝言しなくたって……」




『当たり前、か……そう思えるのなら、貴様はまだまだ分かってはいない』


「……え、分かってない……って……」


『他人に、自らの生を望んでもらう……それがどれだけ高価なことかと言うことを分かっていない、と言う話だ』


 自らの生を望んでもらう……それは当たり前じゃないのか?

 家族や友人、恋人や親族、彼らに自らの生を、自らの無事を祈ってもらうことは普通で、当たり前なのではないのか?


 この世に望まれない生なんて、そんなものあるわけ……あ。




『懲罰大隊。……先程作戦説明内にも出てきた部隊名だったが、貴様はこの部隊の構成員を覚えているか?』


「———確か、魔族……って」



『その通りだ。何の罪もない魔族が総動員で徴兵され、『懲罰大隊』などと言う名前を付けられ、肉壁として散らせる……これが、この国の現状であり、魔族差別の実態だ』


 それを、国の中でもかなり偉いこの人が言うなんて……権限とかはないのだろうか?



「だ……から、その魔族の生なんて、誰も望んじゃいない……と……?」


『魔族の大半は、親や兄弟が戦争に行き、それらが帰って来ず残された子どもだった。


 だからソイツらには、自らを祝う家族もいなければ、新しく受け入れてもらったはずの家族からは排斥され差別され、徹底的に追放される。


 ……そんなヤツらの生を望む者は、本当にこの世界には1人も……いないのだ』





「あ……」


『…………だからこそ、私は修羅の道を歩む。例えどれだけその道が燃え盛っていようとも、この腐り始めた国を正す、それが近衛騎士としての私の役割だ』


「———えっ、それ……って……」


『っふ、どうでもいい話さ……だがもはや遅い、既にその準備は整った。貴様の出る幕ももはやありはしない。


 ……貴様はただ、混乱に流されるな。貴様だけの芯を持って動け。……貴様には、まだまだ後の方で頑張ってもらわないとならないからな。…………ヴェンデッタ2号機———パイロット』


 四角の枠は、跡形もなく消え去った。



 ———何の話をされたのか、さっぱりかと言われればさっぱりだ。


 ……ただ…………



 僕だけの…………芯…………かあ……



◇◇◇◇◇◇◇◇



 そうして、前方に見えてきたのは海岸線。血のように紅く染まった大海原。




 ……この紅い海は、1000年前の最終戦争『終末戦争』に由来すると言う。本当に昔、終末戦争以前は、青い海とやらがその姿を見せていたらしいが、今の僕からしたらおとぎ話もいいところだ。


 水は基本的に青い。海から上げればすぐに透明色や青に染まるが、海に戻した瞬間、水は紅へと戻る。まさにそれが原罪の象徴だと言わんがばかりに。



◇◇◇◇◇◇◇◇



 ……着いたのは、前哨基地……だとか言うところのサイドツー用滑走路。カタパルトの埋もれた場所を避けながら、静かにゆっくりと着陸する。


 基地は海に面した崖に接地して建設されており、人為的に崖に掘られた洞窟1つ1つが格納庫及び滑走路となっていた。


『それでは各自格納庫に向かってもらおう、格納庫の場所はマップレーダーにマークしておいた。サイドツーは降りたりしなくてもいいからな、機体の中で初陣の時を待て、以上だ!』


 ———ほんとだ。よく見ると、レーダーには味方機のマーカーとは別に、青く輝く点が映し出されていた。


 黒に染まったレーダーに映し出される点の数々は、さながら小さな星空のようだった。



『言い忘れていたが、もう数十秒後に懲罰大隊が発進する。彼らの戦闘も見たいと言うのなら、彼らの指揮官機に直接繋いで画面共有をしてもらうが……どうだ、希望者はいないか?』


「お願いします、僕は見てみたいです」

『———私もっ! 私も見てみたいです!!!!』


 その他数名の声。

 わざわざ繋いでくれる教官に感謝すべきだろう。



 

 そうして画面の左下に大きく表示されたのは、一面の暗黒。しかしてそれらは下の方から徐々に光が差し込み、照明で照らされた外の滑走路が姿を晒す。


 ……ここからは、彼らの画面を見ることにしよう。

 実戦の雰囲気、と言うのを予習……することになるのかな。





*◇*◇*◇*◇





 開く格納庫ハッチ。

 照らされる滑走路。

 銀色の逆光に輝く電磁カタパルト。


 発射まで、残り数秒。

 準備は万端、いつでも応戦は可能。


 その指揮官用ラヴエルの武装は、89式36mmサイドツー用自動小銃、多目的使用汎用特化型持盾そして93式サイドツー用長刀。


 たったコレだけの武装、補給は……考えられない。弾の補給なぞ、この懲罰大隊にはないに等しい。


 ただは、魔族の中でもサイドツーの操縦技術に偶然長けていたからこそ、懲罰大隊の指揮官に選ばれただけ。


 指揮官適正などあるかどうかなんて定かじゃない。戦う理由も、奮起する理由もありはしない。


 何もないが、ここまで来たからには戦うしかない。例え失おうとも、進む以外に道はないと元より心得ていると。



「懲罰大隊全機…………発進っ!!!!」


 シューターの仕草を伺い、その指揮官の女魔族は掛け声をかける。


 轟音を上げながらサイドツーは急速発進し、崖の外に出て上空に隊列を組む。


 見果てるは海の先、堕ちゆく黄昏から視線を下ろし、海岸線に見える津波の如き水飛沫に視線を傾ける。




 ———アレが、敵。

 まだ姿も見えない、ただ『敵』と、『神話的生命体』と呼称された謎の雑兵。


 この小銃などの兵器が効かなければ……と考え伏してしまうこともあるが、そんな感情や予測は記憶のゴミ箱に全て捨て去る。


 初陣だと言うのに、妙に落ち着けている。

 今からはどうやっても、私たちは死ぬ運命にあると言うのに。


「支援砲撃が来るぞ、一旦ここで待機だ! 繰り返す、全機待機っ!……敵の姿をその目に焼き付けておけっ!」


 空中にてサイドツー部隊は急激停止する。

 直後後方で砲撃音が鳴り響き、宙を舞った支援砲撃弾は雨のように海岸線に降り注ぐ。


『っしゃああああっ!!』

『これが面制圧ってやつですか、隊長!』


 女魔族は、楽しそうに動向を見下ろす仲間たちの声を聞きながらも、用心は忘れはしない。

 何せ敵総数は10万、あんなチンケな砲撃で全滅、だなんてあるわけがないのだから。


 ———そんなの、考えれば誰にでも分かる話だった。

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