守れぬ決意の成れの果て

しばしの別れ

『よくやったじゃない、ケイ! 本当にすごいわ、ここまでできるなんて!』


「あ…………」


 サナさんがそこまではしゃいでくれることが、多分今の僕には嬉しかったんだと思う。


『……だけど、もうこの王都からは離れなさい! 次はいつ会えるのかなんて分からないけれど、それでもここで死ぬよりかマシよ!


 ……もうじきここは、地獄に変わるわ。それまでに王都を出て。


 ……これが最後の約束にならないことを、私は祈るわ』


 ここから見下ろした、そのあまりにちっぽけなサナさんの姿。


 だがしかし、こちらを見上げたその瞳は、ここからでも分かるほどに澄んでいた。



「…………分かりました。


 色々と……ありがとう、ございました」


◇◇◇◇◇◇◇◇



 そして僕は、……いや僕は、王都脱出に向けて動き始めた。

 ———は、いいものの。



「…………だから、君は結局誰なんだよ!!」


 結局僕は、今このコックピットの下に座っている、謎の少女のことが気になりすぎていた。


 ……いいや、こんなの気にならないほうがおかしい。何で僕たちの優勝賞品に、この子が乗り込んでるんだよ。


「誰〜……誰、誰…………かなあ?」


「誤魔化そうったってそうはいかないぞ……!」


「……でも、さっきの魔法使いには、私のこと言わなかったよね?」 


「———そりゃ……そうだ、けど……」


 ……でも、それは言ったら面倒臭くなるからだろ!!……何なんだこの子は、本当に……!




「あ〜……まず、名前……聞いても、いいかな」


「名前…………リコ。

 リコ・プランク。知ってる?」


「……知らないよ」


「覚えてる?」


「覚えてないよ……!」



 聞いたことないよ、本当に。何なんだ、あっちには僕との面識があるとでも言うのか?


「そっか…………覚えてないなら、いい」


「い、いや、僕としては全くの初対面で……そんな呆れられるようなこと言われても…………??」


 ……本当に誰?! 何で僕の本名知ってて、何か僕について知ってそうな感じなの?!

 ああでも、もうちょっと聞くべきことがあるはずだ。


「じゃあ、次。何でこのサイドツーの中に乗ってたの?」


「…………」


 少女———リコは、数秒間そっぽを向いたのちに、吐き捨てるように言い放った。


「知らな〜い」


「……んっ!」


 ……だのと言ったものだから、急にラヴエルの体勢を転換してやった。


「おわうわああああっ!


 ……っててぇ……敵でも来たの?」


「いいや、君が教えてくれないからこうした」


「酷いなーー! 失礼ってもんでしょ、それっ!」


「聞かれたことに答えてくれないのも、十分に失礼だと思うよ、僕は」


「ぐぬぬ……」


 何が『ぐぬぬ……』だよ。落ち込みたいのはこっちだ、それよりも早く教えてくれ。


「…………んも〜分かった!

 えっとね〜……盗みを働いてました!」


「はあああああああっ?!?!?!?!」


 悪びれもせず……どころか、むしろ開き直って、開き直りやがって、リコはそう口にした。


 何でそれで『テヘッ』ってしてるんだよ。堂々と犯罪を犯そうとしてたのを暴露してるんだぞ?!


「盗み…………って、まさか、この賞品のラヴエルを……?」


「そっそ。なんか特殊なチューニングがされてないかな〜とか、その辺が気になって…………どさくさに紛れて、盗もうと」


「コッ……!」

 


 ……ああ、ダメだ。意味が分からない。この子といるとどっと疲れる。


「ま……まあ、今はさ、王都もこんな状態なんだし……さ?」


 そしてしれっと話を逸らそうとする。……まあもういいよ、とりあえずそれよりも。


「…………まあ、君をどうするかは後で考えるよ。それよりも、まずは脱出しないと。


 君も拾った以上、余計にそれを考えなきゃいけなくなったし……」


「そーだねー……」


「どの口でそんな言葉を…………はあ…………」




 サイドツーの浮遊ユニットを用いて飛行しているのはいいものの、下に映るのは崩れた建物の残骸と、倒れかかったサイドツー群のみであった。


「……ところで、リコはこの状況について、何か知ってたりするの?」


「いいや? 私も何も知らない」


「……何のために君はいるんだよ」


 本当に、この王都に何が起こったんだ。

 何が王都を襲ったのか。それすら分からないまま王都を離れることに、若干の嫌悪感を抱きつつあった。




 ———そんな、時。



『———っ、誰…………助け…………!』


「今の声……人?」

「だろうね。…………どうする気なの?」


 掠れ気味の声が、機器のマイクより聞こえてきた。魔力、もしくは電波による音声通信か……!


 ……どうする。サナさんからは逃げろと言われた。このサイドツーにも、武器はない。


 だけど———だからって、見逃す…………のか。でも、行けば自分だって……



『ひぃ……っ! いや……嫌だ、嫌だ嫌だ誰か助けて……誰かぁっ!』



「———はっ」



 その声を聞いた瞬間、もう既にペダルは踏まれていた。




「…………行くの? 助けに行っちゃうの?」


「……っ、だって、でも———助けを呼んでる人がいるだろ、だったら……まだこの手で、救えるんだったら……っ!」



 だが、この行為に疑問を付けるべきではない。なぜなら、人が持つ、ただのくだらない善意でしかないのだから。


「へえ。……うん、ね、そういうの。


 ……でも、その責任……ケイに負えるの? 絶対にその人たちを護り通す責任と、護り通す力———そんなものはあるの?」


 ———。

 そのリコの言葉に、踏んだペダルが止まりかける。


『ケイらしい』。まるで僕のことをよく知っているかのようなその言葉に、ではなく。


「確かに、僕は無力だけど……」


「だけど?」




「これに乗ってる以上、困ってる人を見捨てるなんて……したくないんだ……っ!」










「…………そう。

 だったら、よ、ケイ」


「え———」


「魔術の展開の時に、合図をちょうだい!

 私もいるんだから、手伝うものは手伝いたいしね!」


「———分かった、お願いっ!」

 


 見えた。2機のサイドツーが、数十体もの『肉塊』に苦戦している。敵はそう、一番最初に見かけた、あの気持ち悪い方だ。


幻想イメージ装填ロード錬成開始ビギンズクラフト……っ!」

「きたっ!」


 再度、氷魔術の展開を試みる。敵は多いが、その体は優に貫けるはずだ。

 イメージするのはそう、氷の針。ここまで大きいものだと、僕自身の魔力も危ない、でも。




「決める……っっ!」


 同時に出現した、数十本もの巨大な氷の針。

 その全ては、今まさに急降下を行うこの機体と共に、ヤツらの体を貫いたのであった。


「魔術の規模がすごい……魔力増強?」


「そうそう!……まあ、私が手伝えることと言えばこれぐらいしかないしね……サイドツーの魔力放出ダクトだって、1人分しかないし……」


 魔力の結合が解け、ひび割れてゆく氷の針。その上に、僕のラヴエルは降り立った。


『おわああああああっ!!!!』


「だっ、大丈夫ですか!

 こちらサンド3…………っ、ケイ・チェインズ!……とリコ・プランクです!


 人界軍の部隊でも近衛騎士でもないですけど、救援に来ました!」


『救援……って、お前武器は?!』


「そんなもの……なくたってえ!」


 ……だが、まだ3体ほど生き残っていた。絶対に触れさせるわけにはいかない。


「はああああああっ!!!!」


 地に落ちた氷塊を拾い上げ、その破片を用いて、3体の肉塊を一気に切り裂いた。

 ……ヤツらはもう動かない。僕の勝ちだ。

 

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