ロッソとSS

へどろいど

第1話 定食屋とロッソ

  この街には煙を放つ煙突が立ち並んでいる。ここは良質な鉱床のそばにできた工業の街、通称「鉄の街」だ。

 鉄の街の工場のそばの食堂は、昼頃になると採掘場で働く人やら、職人らがわんさかと集まってくる。2本の時計の針が空を指すころには、店の前に人が並んでいる姿は決して珍しいものではない。

 しかし、あくまでこれは「昼」の話。夜になれば、職人たちは工房のシャッターを下ろし、採掘屋はくたびれた体を休めに帰路へとつく。夜になれば、昼に盛況していた繁華街には顔を赤くした人間がふらふらと歩く姿が見られる。

 夜の工場の近くにある食堂は、夜になると自然と客足が減り、昼の活気ある雰囲気とのギャップも相まってどこか寂しい雰囲気になる。

 そんな夜の工場の道路を、黒い電動キックボードにに乗った少年が走っている。少年はどこか急いでいる様子で、茶色いヘルメットの下側にはみ出た髪の毛が進行方向とは逆に流れていた。

 少年の向かう先には、食堂があった。おそらく民家を改築して食堂にしたのだろう。どこか古臭く庶民的な雰囲気を放っている。しかしその食堂には、夜だというにもかかわらず、10人ほどの人間が列をなしていた。

 少年は食堂へ着くや否や、キックボードを店の脇に停め、ヘルメットを脱ぐのも忘れて、忙しない手つきでハンドルロックをして行列へと加わった。

「あの、今何分待ちですか?」

 少年は、自分の前に立っていた男へと質問をした。

「よお、ロッソ。俺で50分待ちだぞ。お前が店の中に入れるころには1時間くらいしてんじゃねえか?」

 浅黒い肌をした男は、ロッソと呼ばれた少年へそう言った。それを聞いた少年はガックリと肩を落とし、ため息をついた。

「い、一時間...」

 うつむくロッソに対して、男は豪快に笑いながら少年へこう言った。

「だっはっはっは!!まあ、50分も1時間も大して変わらん!それによく言うだろ?『空腹は最高のスパイス』ってな!」

 ロッソは顔をあげ。「そうっスね!」と歯を見せて笑って見せた。

「早く食べたいっすよ、この店のチャーハン!」

 どうやらロッソのお目当てのものはこの店のチャーハンらしい。男もその言葉を聞き、「ウム」と返し、店の方向へと向き直った。

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 ロッソが店へと到着してから時計の長針が一周した。いまだに店の前には10人近い人の列ができていた。だが、しかしその列の中にロッソの姿はなかった。

 店内は一日の勤めを終えた人でにぎわい、食器のぶつかる音や何か食べ物をすする音、男たちの笑い声が響いている。カウンターの席も、テーブル席も、どのテーブルにもほぼ確実にチャーハンの持った皿が置かれている。

 食堂のカウンター席、1時間前まで列に並んでいたロッソと男が席についていた。ロッソはどこか落ち着かない雰囲気で男へと話しかけている。

「やっと食えますよここのチャーハン!楽しみだなぁ!」

「俺はほとんど週5でここのチャーハンを食ってるけどよ、全然飽きねえぜ。いっぺん食ったら病み付きだ!」

 と談笑していると、二人の前に店主の女将が皿を運んできた。皿の上には大森のチャーハンが乗っかっている。香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。この香りの正体は香辛料だろうか?

 二人はレンゲを食器入れから取り出し、チャーハンを救い上げた。米粒はまるで朝日のようにキラキラと輝き、ところどころに黒い粒が見える。おそらく胡椒だろう。ロッソは我慢できないといった様子で、レンゲを口へと運んでいく。

「うめえっ!!」

 ロッソの口から思わず感嘆の言葉が出てくる。それに対して男は無我夢中で口内へとチャーハンを運び続けている。もう「食べること」しか考えられないといった様子だ。ロッソは二口食べると同時に「うめえよ...」と呟く。

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 時計の長針が三分の一ほど進んだだろうか、店の外には満足そうな顔をしている二人の姿があった。

「いやぁ~、うまかったっすね」

 ロッソが男に向かってそう話しかけると、男も応対した。

「だろ?最高だよここのチャーハンは。」

「こんだけ旨いってことはやっぱ隠し味とかあるんですかね?」

「そりゃあ、あるだろうよ。俺達には言えないような秘密の隠し味がな!」

 男はそう言って白い歯を見せて見せた。

「知りたいっすねえ、隠し味の正体...。俺、毎週通っていつか解明して見せますよ、ここのチャーハンの隠し味を!」

 ロッソは鼻息を荒くしてそういって見せた。

「そいつぁ無理だな。なんせ、週5で通ってる俺がわかんねぇんだからな!まあ、旨けりゃなんでも良いんだ!旨けりゃよ!」

「それもそうっすね!!」

 ロッソは電動キックボードに乗り、エンジンをかけた。そして、男に向かって手を振り帰路へとついた。ロッソの顔は満足げであった。

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 それから3時間ほどたっただろうか。食堂はすでに閉店しおり、奥の厨房にだけ電気がついている。厨房には明日の仕込みをする女将の姿があった。女将は棚の上の黒い粒の入った容器に目をやり、何か気が付いた様子で口を開いた。

「あら、結構減ってきたわね『隠し味』が...」

 そう言った女将は、冷蔵庫へと向かっていった。そして、冷蔵庫を開けると、中から何か黒いものが入った容器を取り出した。容器のふたを開け中身を確認する。

 中には、長い触角をもち、黒い外角の昆虫姿があった。

「うん、大丈夫そうね」

 女将は黒い物体を、巨大なペッパーミルのような物へと入れ、ハンドルを回す。がりがりと音を立てて、黒い粒が出来上がっていく。

 女将は黒い物体がすべて粒へ変わったのを確認すると、それを別の容器へと移し替えて冷蔵庫へと戻した。そして満足げにこう言った。

「チャーハンの隠し味の出来上がりね。」

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