第97話 欺瞞の娘
イリスの襲撃開始から数刻後。
魔導列車ホームでは激しい戦闘が繰り広げられていた。
「えぇい! 魔族共は何をやっておる!?」
激昂するイリスの元に魔族の隊長が走って来る。
「イリス様!! こちらの手が完全に把握されていおります! 先行部隊が炎の竜巻に飲まれました!」
「なんじゃと……っ!?」
手の内が……? なぜじゃ。これは魔王様より
イリスが魔導列車の上部へと飛び乗り、戦場となったホーム一体を見渡す。そこでは魔族達が勇者達に蹂躙される光景が繰り広げられていた。
「こんな……小規模な数で……」
イリスの視線の先に1人の魔道士の男が映る。仮面を付けた男。顔は分からないが、重力魔法を操るその姿。それに、イリスは見覚えがあった。
己に魔法を教えた男に似たその姿に、すぐにその正体が分かった。なぜなら彼女はその男から魔法を習ったのだから。その男の扱う魔法、戦い方を全て見たことがあるのだから。
「シリウス……っ!? 妾を
イリスの中に怒りの矛先が向く。
ヤツめ。妾の手柄をよほど奪いたいのか!?
……許せぬ。許せぬ! 妾の手柄を奪うモノは全て!! 妾を認めぬ者は全て許さん!!
「ネイドル! 魔導騎士は任せる。妾も出るぞ」
「……承知しました」
イリスが素早さ向上魔法、
戦い繰り広げられる戦場に少女の髪が揺らぐ。疾風のように駆け抜ける光将イリスが真っ直ぐにレウスへと駆け抜ける。
「新手が来たぞ! 絶対に止めろ!!」
走り抜けるイリスの前に立ち塞がるエメラルダス兵達。盾を構えイリスへと向かって突撃する。
「止めろおおおお!!」
「邪魔じゃあああああ!!」
イリス顔腕を薙ぐと突風が巻き起こり、兵士達の全身に深い傷を刻み込む。
「な!? ぐあああああ!!」
盾がボロ布のように切り裂かれ、次々と倒れ込む兵士達。彼らは既に立ち上がることすら出来なくなっていた。
一瞬の攻撃。彼等はそれだけで己と魔王軍幹部との力量差を思い知らされた。
「おぉ!? イリス様が来て下さったぞ!」
イリスを見た魔族の尖兵達。その瞳が強く光る。
「貴様ら何を苦戦しておる!!」
イリスが全体強化魔法を周囲の尖兵達へと放つ。攻撃、防御が上昇した尖兵達が雄叫びを上げた。
「光将の名に泥を塗ることは許さぬ! 目の前の敵は全員殺せ!! 1人たりとも生きて返すな!」
「「「おおおおおっ!!!」」」
駆け出していく尖兵達。押されていた魔王軍はイリスの乱入により体勢を立て直した。
イリスは再び仮面の男へと向かい戦場を駆け抜ける。
遅いかかるエメラルダス兵を踏み台に空高く舞い上がる。
「攻撃向上
イリスが全身に金色のオーラを纏う。
「シリウス!!!」
そのまま、長い髪を揺らし大地へ拳を叩き付ける。攻撃を察知した
「効かぬ!!」
しかし、重力魔法に合わせてイリスが速度上昇魔法を重ねがけし回避する。重力魔法の範囲から逃れたイリスは不安定な体勢のままなおレウスへと拳を放つ。
「ちっ」
攻撃が当たる瞬間レウスが重力魔法を放ち、己の体を地面へと叩き付け拳を回避する。魔法解除と同時に地面を転がり体勢を立て直す。その懐へとイリスが飛び込む。
「貴様ぁ! 魔王様の任務を邪魔をする気かぁ!!」
「……哀れな娘だ。お前はただの捨て駒。お前の敗北はこの作戦に何の影響も及ぼしません」
「ふざけるなぁあああああ!!」
拳、蹴り、イリスが技を放つ度にレウスは重力魔法で自身の体を引き寄せ、避ける。
「そんなはずは無い! 魔王様は妾を見て下さっておる! 妾の力を認め光将に取り立てて下さった!! そのようなことなど!」
「
「……っ!?」
レウスが右手を薙ぎ払うとそれに呼応するように大地が抉れていく。身の危険を感じたイリスが後方へと飛ぶ。
回転して大地へと着地するイリス。そんな彼女にレウスは冷たく言い放った。
「お前は次の幹部までの繋ぎ。魔王にとってそれだけの存在なのです」
「黙れ!!」
イリスがギリギリと拳を握り締める。その様子を見たレウスは仮面を外した。中から現れた彼の顔には憐れみの感情が含まれていた。
「イリス。お前は魔王に捨てられたんだよ。お前よりもよほど大事な者の為にな」
「なんじゃと……?」
「見ろ。その者はもうすぐそこに迫っているぞ」
突然、イリスの背後にゾワリと悪寒が走る。振り返った彼女の瞳にある光景が映る。
「イリス!!!!」
赤い瞳の少女が剣を構え突撃する勇者ロナの姿が。
「勇者……ロナ」
「そう。魔王様はお前よりもあの娘を優先した」
優先……妾よりも大切。
イリスの脳裏に、光将となる以前の記憶がよぎる。
◇◇◇
「兄様! アラネア地方を制圧しましたのじゃ!」
「……」
「兄様?」
「オレに話しかけるな」
「兄様、はいつもそうじゃ……なぜ、妾の話を聞いて下さらぬ」
「強くなる為だ」
「なぜです? 妾達はたった2人の兄妹ではありませんか」
「オレとお前は兄妹として定義されて生まれた。
不要。
不要なのか、妾は。
「兄様……」
「去れ。お前がいては精神統一もできぬ」
「分かり、ました、のじゃ」
兄様は妾が強くなれば見てくれるのか? 魔王軍の「将」になれば、兄様と肩を並べれば認めて下さるのか。妾を必要としてくれるのか。
愛してくれるのか。
その思いだけで必死に魔王軍に居場所を求めた。
シリウスに頭を下げ魔法を覚え、敵を倒し、成長し、ついに妾は自身の最大強化魔法を使えるに至ったのじゃ。
だが。
兄様は死んでしまった。勇者達に殺された。
その代わり得た「光将」という名前。妾がかつて死ぬほど欲しかった魔王様の「将」の肩書き。
しかし、その先にあったのは空虚という言葉だけだった。
戦って。
戦って。
戦って。
どれほど戦果を上げようとも埋めることはできぬ。妾は怖くなった。必死に手に入れた物に意味が無かったと思いたくなかったから。
だから兄様が死んで嬉しいと己に言い聞かせた。光将であることは妾そのもの。妾は魔王様から認められているのだと。自信を持って良いのだと。
……。
それも嘘だと言うのか。
妾の力が認められたのでは無いのか!?
妾は……いらぬ存在なのか……っ!
◇◇◇
「お前の力は誰からも認められてはいない」
レウスの冷たい言葉に、魔王軍光将の娘は瞳孔を細くさせる。
「黙れ……」
兄様。
「ただ運が良かっただけ。兄が死んだ故「将」の名を貰った。ただそれだけのこと」
兄様。
「黙れぇ!! 妾は違う。必要とされる存在だ!」
「そうかな? 魔王様はロナを手に入れろと私に任務を下した。お前はそれを認めないのか?」
イリスが見つめる。尖兵達を薙ぎ倒しながら真っ直ぐこちらへと向かって来る勇者の少女を。
「勇者、ロナ……」
貴様は、貴様は全て持っておる。
力も、名声も、仲間も……っ!!
なぜじゃ!! なぜじゃ!!! 何の苦労も知らぬ小娘が!! なぜ妾が欲しかった物を全て持っておる!!
「殺す。殺してやる」
貴様を、倒せば……妾は……。
イリスの全身からオーラが溢れ出し、ロナの元へと飛び込んでいく。彼女の意識は、完全にロナを殺すことに囚われていた。
……。
「これでイリスは指揮能力を無くした。馬鹿な娘だ。己の役割を演じることもできないとは」
イリスとロナが戦う姿を見たレウスがポツリと呟く。
「己の渇望すら欺瞞で埋め尽くす憐れなイリス。せめて最後は派手に散ってくれ」
魔王軍知将シリウスは再び
―――――――――――
あとがき。
それぞれの思惑の中戦闘は続く。
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