第29話 ルミノスソードとガルスソードⅡ


 竜が消えた後、周囲には大量の結晶が散らばった。




「か、体が……」


 いつもの金色の瞳に戻ったロナがフラフラとその場に倒れ込みそうになる。



 しまった。無理させすぎたか。



 ジェラルドが駆け寄り、そんな彼女を抱き止めた。


「あ、りがとう……師匠……」


「良くやったぜ。グランドブレス発動を防ぐなんて良く思い付いたな」



「見てて、くれたんだね」



「あったり前だっての! 大事な弟子の成長見逃すかよ」


「うん」


 目を僅かに潤ませたロナがジェラルドに顔をうずめる。彼はそんなロナの頭ををそっと撫でた。



 倒れちまったが、だいぶ体が慣れて来たな。明らかにヴァルガンの時より動ける時間が長くなってる。



「結晶は俺が集める。ロナはここで休んでな」



 近場の岩場にロナを下ろし、結晶を集めるジェラルド。2人の間には風の吹く音だけが流れた。



 ……。



「ねぇ師匠?」



「ん?」



「このさ、僕の力ってなんなの? ヴァルガンと戦った時もこの感覚になったし」



「ロナはどんな風に感じる?」



「え? うーん。なんだか無性にソワソワして全身に力は入るんだけど、攻撃とかはなんとなくどこに来るか分かるっていうか……」



 素早さと攻撃力の上昇に加えて攻撃を予測してるってことは、スキル「見切り」も発動してるかもしれねぇな。



「これって……」


 ロナが不安げな顔でジェラルドを見つめる。



 ……流石に何の力かぐらいは伝えた方がいいか。



「それはな、お前の母親から引き継いだ能力だぜ」


「お、お母さん!? 師匠は僕の親のこと知ってるの!?」


「知らねぇ」


「じゃあなんで……」


 ジェラルドが炎模様の眼帯をなぞる。


「言ったろ。俺は過去・現在・未来が見えるってよ。ロナの過去を見たんだよ。ぼんやりとしか見えなかったが、その……力が母親由来なのは間違いねぇ」



 ジェラルドの言葉は半分が真実。半分が嘘であった。



 彼はロナの全てを知っている。なぜなら、ロナはゲームの……ロスト・クエストの主人公。ジェラルドが操作していた張本人。ジェラルドはロナの全てを知っているといっても過言ではない。



 しかし、ジェラルドには迷いがあった。全てを告げることへの。



 それは、この世界のロナがジェラルドの知らない面を持っているから。



 ゲームにおけるロナはプレアブルキャラクター。話すことは無いのだ。身振り手振りでその感情が分かるだけ。


 だからこそ、真実を告げた時にどんな事態になるかが分からなかった。



 少なくともなぁ……ゲームでは相当ダメージ受けてたことは分かったからなぁ。



「……」


「師匠?」



 ジェラルドを見つめる純粋な瞳。一瞬頭をよぎる。目の前のロナが泣いている姿が。



「まぁ、アレだぜ。母親から貰った大事な力だ。そのがお前と母親を繋いでいると言っても過言じゃねぇ。大事にするんだな」


「僕とお母さんを……」


 ロナの表情が少しずつ変わっていく。不安げな顔から恥ずかしそうな笑みへと。


「そっか。そうだよね。僕、絶対この力を使いこなしてみせるよ!」


 前向きなロナ。そんな姿を見てジェラルドは安心する。しかしなぜ彼女が母親の居場所を尋ねなかったのか、その意味・・を彼は理解していなかった。



 まぁ、もう少し……ロナが受け入れられるようになったと分かるまで待つか。



 そして、彼自身のロナへの感情の変化も。




◇◇◇


 その後、素材を集めたジェラルド達は再びガルスマンの家を訪ねた。



「素材は集めて来たな。まずは勇者の剣。それからガルスソードじゃ」



 ガルスマンがテーブルに素材を並べる。



「刀身となる竜晶石ドラゴングラスにベニトアイト、つかさやに使うグランチタニウム……その他符呪エンチャントの材料。全て揃っておるな」



 ガルスマンが部屋の隅の作業場へと材料を持っていく。



「よし。早速始めるぞ」



 彼が足でペダルを踏むと、円柱状の砥石がゆっくりと回転を始める。1回転する度にペダルを踏み、さらに回転させる。これを繰り返す内に、円柱は高速回転を始めた。


「あれ? 剣って火とカナヅチで作るんじゃないの? 僕の村の鍛冶屋さんはそうしてたよ」


 ロナがガルスマンの横から覗き込む。


「勇者のお嬢ちゃん。素材に合わせた作り方をするのじゃ。竜晶石ドラゴングラスは切削して加工する。本来は刀身に使う素材ではないからの」


「刀身に使う素材じゃない?」


 ガルスマンがカナヅチで竜晶石ドラゴングラスを叩く。すると、カンコンという音と共に竜晶石は簡単に割れてしまった。


「え!? 割れちゃった!」


 驚くロナの肩をジェラルドが掴む。


「竜晶石はな、切れ味が鋭い反面もろいんじゃ」


「それじゃあすぐ壊れちゃう」



「まぁ見てろって。ガルスマンの腕をよ」



 ジェラルドとロナが見つめる中、ガルスマンが竜晶石の破片を持ち上げる。


「これが1番かの。お嬢ちゃん。ちょっとこっちへ来てくれ」


 ガルスマンがロナの身長、腕の長さをはかる。そして、竜晶石を彼女の体に馴染む長さへと加工していく。


 円柱の砥石に竜水晶を当てると甲高い音が部屋に響き渡る。


「すごい音……っ!?」


「普通は鉄剣を研ぐ為の装置だからな」



「ジェラルド! ボケっとしとらんで手伝わんか!」



「分かったっての!」



 ガルスマンが剣を当てがい、ジェラルドが円柱を回す。



「ほれ! スピード落とすのじゃ!」


「へいへい」



 一瞬、パキリとした音が出たタイミングで円柱の回転がゆっくりになる。ロナの素人目から見ても、あと少し力を加えていれば竜晶石が割れてしまったことだけは分かった。


 それを、2人がタイミングのみで回避したことも。



「ここからが腕の見せ所じゃ! ジェラルド!絶対に気を緩めるんじゃないぞ!」


「分かったって爺さん」



慎重に慎重に刀身を削る2人。


 時折砥石の回転を止めては修正を加えるガルスマン。彼の指示を忠実にこなすジェラルド。


「2人とも……すごく息が合ってる……」


 ロナは、そんな2人の作業を深夜になるまで見つめた。



 ……。



 …。




◇◇◇



 ——明け方。



「おいロナ。起きろって」


「う、うぅん……」



 いつの間にか眠っていたロナが目を覚ますと、彼女の前に1振りの剣が差し出された。


「お前さんの剣じゃ。このガルスマン渾身の一振りじゃぞ」



 それはヒスイの剣と同じ長さの刀身……ロナが自在に扱えるサイズのつるぎだった。紺色のさやに金色の装飾。それをロナがゆっくりと手に取る。



「すごく軽い。ヒスイの剣よりも、ずっと」


竜晶石ドラゴングラスは軽くて鋭い。そして、もろい。その弱点を補うのが……抜いてみるのじゃ」


 ロナが剣を抜く。



「キレイ……」



 白く半透明の刀身が朝陽あさひに照らされキラリと光る。そして、その根本には、青く輝く宝石「ベニトアイト」が埋め込まれていた。


「その宝石にはの、防御力上昇の魔法が符呪エンチャントされておる」


 通常であれば使用者の防御力を向上させる魔法。それをガルスマンは魔法効果の対象を変え、刀身の頑丈さ向上へと応用した。


 それにより、竜晶石を切れ味鋭く軽い最上位の剣へと昇華させたのだ。


 通常ではあり得ぬ発想。そしてその発想を現実とできる技術。


 それこそが、ジェラルドがガルスマンを評価する理由だった。


「夜中にサリアに頼み込んでよ。ベニトアイトに魔法を込めて貰ったんだよ」


「そう。この刀身のもろさを防御魔法でカバーする。これでお嬢ちゃんに相応しい軽さと切れ味、そして丈夫さを持ったつるぎとなった」


 ジェラルドとガルスマンが少年のような笑みを浮かべる。


「ま、サリアにはめちゃくちゃ怒られたがの。なんとかなって良かったわい」


 ガルスマンが真剣な顔になる。



「名付けて『ルミノスソード』その輝きを持って闇を払うつるぎ。勇者ロナ殿。このおいぼれとお主の師、ジェラルドが作った剣……どうか、使って貰えるじゃろうか?」



 その老人の意思を受け取るかのように、ロナは頷いた。


「ありがとう。ガルスマンのお爺ちゃん。それに……師匠。僕は、絶対にこの剣で魔王を倒してみせるよ」


「使いこなせよ〜」


 ロナの頭をわしゃわしゃとでるジェラルド。彼の腰に2本の剣が携えてあることにロナは気付いた。


「あれ、その剣……」


 それはガルスソードを少しだけ短くしたような剣であった。



「おお、それはジェラルドに頼まれていたガルスソードじゃ。軽さと斬撃速度を上げる為にグランチタニウムを加工して作った1振り。ま、ガルスソードⅡとでも言っておくかの」



「なんで俺の剣は名付け適当なんだよ!」


「うるさいのぉ!! そんなこと言うなら置いていけ!」



 ジェラルドとガルスマンの喧嘩はしばらくおさまることは無かった。



―――――――――――

 あとがき。


 ヴァルガン打倒の為に必要な武器を手に入れたジェラルド達。一方エオル達もある目的の為に「祈りの滝」へと向かっていた……。

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