第9話 車上の戦い

 ジェラルドがまだ車内を走り回っている頃。


 ——魔導列車上部。



「うぅ〜風が強い……」


 梯子ハシゴを上るロナが呟く。


 列車上部に登ったロナが確かめるようにジャンプする。普通に考えれば転がり落ちそうな状況だが、吸い付くように列車に着地した。


「不思議」


 周囲を見回したロナはもう1つ不思議なことに気が付いた。


「風は感じるのにマントも髪もなびかないや。これも……重力魔法グラヴィトの影響だよね」


 彼女は真っ直ぐ後方車両を見つめる。そこには、コボルトの3倍はあるモンスターがうごめいていた。


「大きい。あれが……統率者コボルトキング」


 ジェラルドの説明を思い出す。


 ——いいかロナ。コボルトキングがいるだけで周囲の空間から新たなコボルト達が生まれる。恐らく最初の轟音はヤツがこの車両に飛び移ったからだろうぜ。


「だから、アイツを倒す必要がある」


 ロナがさやへと手を伸ばす。


「やれる。僕ならやれる。師匠を信じろ。みんなを守るんだ」



 ヒスイの剣を抜き、両脚に力を込めた。



「行くぞぉぉぉ!!」



 車上を少女が駆け抜ける。



「グギッ?」



 コボルトキングがロナへと気付く。その瞬間。ロナの前方に黒い影が現れ、コボルトの形状へと変化した。


「モンスターが生まれた!?」


「ギャギャッ!」


 コボルトの持つ棍棒こんぼうをサイドステップで避け、すれ違い様にその体へと斬撃を放つ。


「ギャアアアア!!」


 叫び声と共にその体が光になり、ロナへと吸い込まれていく。


「これならいける!」


 しかし、息つく間もなく新たな2体が現れた。


「ギャギャ」

「ギャギィィ」


「邪魔だぁぁっ!!」


 襲いかかるコボルト1体をマントで絡めとり、もう一体へと蹴りを放つ。列車の外へ吹き飛んだコボルト。それを横目にマントの中で暴れるコボルトへと剣を突き刺した。


「ギャアア!?」


 そのまま真っ直ぐコボルトキングへと走って行く。



「グアウ!!」



 目前へと迫ったコボルトキングが大剣を薙ぎ払う。


「そんなの当たらないよ!」


 サイクロプス戦で巨人との戦い方を学んだ彼女は敵の動きを予測していた。


 薙ぎ払いを飛んで避け、ヒスイの剣を振りかぶる。


 が。


「グルアアアアアア!!!」


 コボルトキングの咆哮と共にその口から火炎魔法フレイムが放たれ、飛び上がったロナへと直撃する。


「ぐ…っ!?」


 咄嗟とっさにマントで炎をガードしたが、着地しようとした瞬間を狙ったかのようにコボルトキングがロナの脚を掴む。


「しまっ——」


「グルアッ!!」


 直後、轟音が響き、車両へロナの体が叩き付けられた。


「かはっ……」


「ギャヒヒ」


 コボルトキングの笑い声と響く金属音。何度も何度も車両へと叩き付けられ、その度にロナの体が悲鳴を上げた。


 幸いなことに火炎魔法フレイムを防いだマント——そこに符呪された防御魔法のおかげでロナの体はなんとか耐えていた。


 しかしそれが無ければ一撃で行動不能にするほどの威力。コボルトキングの体格から放たれる攻撃は、それほどの威力を誇っていた。


「ギギギ」


 コボルトキングが逆さ吊りのロナを見ていやらしい笑みを浮かべる。そして、どちらが勝者なのかを思い知らせるように粗末な大剣の刃をロナの二の腕へ押し当てた。


「い、痛い……」


 二の腕から流れ出た血がキラキラと光の粒のように空中を舞う。


 痛みに涙が滲む。今まで平和に生きてきたロナには初めてまともに味わった痛み。思わず心が折れそうになった。


「ギヒヒヒ」


 コボルトキングがロナの匂いを嗅ぐ。化け物から漂う獣のような臭気。ロナは背筋に嫌な汗を感じた。



 師匠。僕は……負けちゃうの?



 化け物がロナの顔へと長い舌を伸ばす。



「ひっ……」



 彼女の勇気が消えそうになる。



 やっぱり僕は勇者なんかじゃ……。



 自信・・なんて……。



 その時。



 —— お前を信じられるのはお前だけなんだぜ?



 ジェラルドの言葉が脳裏のうりをよぎった。




 ……。




「そうだ。僕は……強くなりたいんだ」



 ロナがコボルトキングの舌を掴む。



「ギャ?」



「……師匠みたいに!!」



 彼女の持ち得る力全てを使い、コボルトキングの舌を引きちぎる。



「グギャアアア!? アア、ア"アアアア」



 痛みに耐えかねたモンスターがロナを放り投げた。


「はぁ……っ……はぁ……僕は……」



 叱咤しったするように自分の顔を殴り付ける。



「信じろ!」



 消え入りそうな勇気を呼び起こすように殴る。



「僕は誰だ? 師匠に言われたことを思い出せ!!」



 弱音が出そうになる度に拳に力を込めて殴る。



「僕が倒れたら車両の人はどうなる!? 僕が! 僕が守りたいって言ったんだろぉ!!」



力の限り自分の頬を殴り付ける。



「僕はぁ!! 勇者・・ロナだぁぁぁ!!」



 ロナが自分を鼓舞こぶするように叫ぶ。



 そして、倒すべき敵をにらみ、その剣先を向けた。



「来いよ化け物。僕が殺してやる」



 それは虚勢きょせい



 本当は自信なんて無い。まだ心から自分を信じられることなんてできない。


 ただ、それでも。


 彼女は信じたかった。己がその器であると。そして……自身の尊敬する師匠の言葉を。


 それが彼女の中の何かを変えた。うっすらと彼女の瞳が赤みを帯びる。先程までの恐怖心が嘘のように消え、心は静寂に包まれた。



「グル、グルル!! グルルルルアアアアア!!!」



 ロナの挑発にコボルトキングが怒り狂い、真っ直ぐロナの元へと突撃する。


「ガアアぁ!!」


 放たれた拳を避け、ロナが化け物の顔面へと技を放つ。



「クロスラッシュ」



 静かな声と共に十字に放たれた斬撃。それが直撃し化け物が顔を押さえる。



「ギャウッ!?」



 次にコボルトキングの視界が戻った時、目の前のロナは消えていた。


「ギ?」


 ロナを探すコボルトキング。彼の目に映ったのは車両の縁に追い詰められたロナの姿だった。



「グルァ!!」



 コボルトキングがロナ目掛け一撃を放つ。全体重を乗せた一撃を。



 縁へ追い詰められた少女に逃げ場は無い。



 拳を避けようとしたロナは足を踏み外し、列車の外へと投げ出された——。



「ギヒ」



 勝利を確信したかのように化け物は笑みを浮かべる。



 が。



「ギャギ!?」



 ロナは無事だった。重力魔法グラヴィトの影響下にあるロナは、列車側面に立っていた。


 真横に立つ姿。通常ならあり得ない体勢。ロナは戦闘の最中、車両側面に立つレウスの姿を思い出したのだ。



「落ちろ」



 ヒラリと車上へと舞い戻ったロナがコボルトキングの足首へと斬撃を放つ。


「グギ? ギ、ギ……ッ?」


 全体重を乗せた一撃を放っていたコボルトキングは、バランスを崩し列車の外へと放りだされた。



「ギャ、ギャアアアアアアアアア!?」



 遠ざかる声が消えると、経験値の光が彼女を包んだ。




◇◇◇



 数時間後。


 ——王都エメラルダス。


 王都の駅へと入った魔導列車はメンテナンスを受けることとなり、次の発車まで時間を要することとなった。


「本当に駅で待つのかよ? 礼くらいするぜ?」


「いえ、1人の方が性に合ってますので」


「レウスさん。その、ありがとう」


 チラリとロナを見たレウスはため息を吐いた。


「礼などいりません。論理に従わない者は嫌いなので」


「は、はい……」


 荷物を持つと、レウスはジェラルドを見た。


「ホース山脈の神殿……でしたね? 貴方の言う『禁呪』が眠っているのは」


「ああ。間違いねぇ」


 列車での戦いの前、ジェラルドは自身の原作知識を引き合いにレウスに協力を頼んだ。禁呪と呼ばれる古代の魔法。その在処ありかを教えるという約束で。


「一応信じておきましょう。ではわたしはこれで」


 そう言うと、レウスはホーム奥へと去って行った。




「じゃ、俺達も王都に入るか〜」


「車掌さんに言われたよね? 王宮にまず向かって欲しいって」


「ああ。ま、ちょっと欲しい物・・・・もあるしな。ちょうどいいや」


「欲しい物って何?」


「後で教えてやるよ」


 歩き出した2人。しかし何かを思い出したように、ジェラルドがロナを見た。


「どうしたの?」


「レウスはああ言ってたが……お前はすげぇ奴だ。俺はそう思うぜ」


「師匠……」


 目を潤ませるロナの頭を、ジェラルドがポンポンと撫でる。


「じゃ、行こうぜ勇者様」


「うん!」


 ジェラルドとロナは、王都の門へ向かった。






















◇◇◇


 魔導列車ホーム。


 レウスがベンチに座っていると、1人の男が隣に座った。


「守備はどうですか? シリウス様」


  男はレウスのことを「シリウス」と呼んだ。


 レウスが荷物の中から1冊の本を取り出し、男へと渡す。


「言っていた上級魔法だ」


「ありがとうございます。しかし、貴方あなた様が自ら動く必要は無いのでは? ……その」


 男が周囲を確認して声をひそめる。


魔王軍知将・・・・・であるシリウス様ご自身で魔法を集めるなど……」


「私でなければならない。それが魔王様の命令だ」


「……出過ぎたマネをすみませんでした」



 男が一礼する。すると、周囲の空間へと溶け込むように消えていった。



「コボルトキングが魔導列車を襲うとはな。列車の魔素に引かれたか。これだから使い捨てのモンスター共は……」


 シリウスがフードを被る。


「まぁいい。尖兵を倒した者も見ることができたからな」


 彼が手をかざし、呪文を唱える。


 手のひらほどの球体が現れ、ある映像・・・・を映し出す。


 それは魔族の尖兵が見た記憶。サイクロプスとロナの戦闘。それと、ジェラルドと尖兵の戦いが映し出されていた。



 あの娘からは特別な力・・・・を感じた。やはりロナという娘は只者ではない。


 そしてジェラルド。


 強さは全く感じられなかったが、あの機転。警戒しなければならないかもな。



 いずれにせよ。



 もう少し泳がせるか。私の目的の為にも。




―――――――――――

 あとがき。


 レウスの正体は魔王軍知将だった……そんな彼の思惑を知らないまま、次回。ジェラルド達が王宮へと向かいます。


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