病弱悪役令嬢は全力でヒロインと実利ある対立をしてトゥルーエンドを目指す
浦和篤樹
1 熱に浮かされて見る夢
◆1◆
頭がふわふわして……ああ、またあの夢だ……。
高い熱に浮かされて……弱った心の中からわだかまりや負い目が浮き上がってきて見てしまう、悪い夢……。
ベッドで半身を起こした私は、本を開いている。
枕元の脇の椅子に座っているのは……可愛いドレス姿のミリエッタだ。
まだ小さい……お母様が亡くなって一年経つか経たないくらいの、まだ私もミリエッタも七歳の子供でしかなかった頃に、初めて出会った日。
誰よりも模範的な貴族として、公爵令嬢として清く正しく、自分を戒めて生きなくてはいけないと、心に誓う切っ掛けになった、あの日の夢……。
『この本のお話はね――』
私は一生懸命、ミリエッタに話しかける。
でも、ミリエッタはどこかつまらなそうな顔で、足をブラブラさせていた。
だからミリエッタが退屈しないようにって、あれこれ懸命に話しかけるけど、どの話題もミリエッタの興味を惹いてくれない。
段々と焦って、申し訳なくて、どうしていいか分からなくなっていく……。
お父様が、私のお友達にって新しく招いてくれた
これまで何人も、こうしてお父様が女の子を招いてくれたけど、私はよく熱を出しては寝込んでしまって、せっかく約束して遠路はるばる遊びに来てくれた子に無駄足を踏ませてしまうことも多かった。
家にご招待されても、私から遊びに行きたくても、お父様と主治医に止められて、一度も叶ったことはなかった。
だから……どの子も段々遊びに来てくれなくなって、家へのご招待もなくなって、そのまま疎遠になってしまうのがいつものことだった。
きっとこの子も、もう次は来てくれない。
そう思ったら、気持ちばかりが焦ってしまって……。
『……お庭を散歩してみる?』
そう切り出してしまった。
その日の私は、珍しくとても体調が良かった。
しかも一ヶ月近くもの間、奇跡的に一度も熱を出して寝込むことがなくて、完全に油断していた。
だから、ちょっとだけなら……そう思ってしまった。
『いいの!?』
途端に、ぱっと表情を明るくして、ミリエッタが身を乗り出してくる。
うちの……ファルテイン公爵家の庭はとても広い。
池があり、小さな森があり、お花畑があり、それとはまた別に庭園があり。
ミリエッタの家、アーガス伯爵家もそれなりに大きな家で、広い庭があるのだろうけど、さすがに公爵家とは比べるべくもない。
だからきっとミリエッタはうちの庭を見てみたかったんだろう。
『うん』
やっとミリエッタの興味を惹けたことに私は嬉しくなって、安請け合いをした。
うきうきするミリエッタと私は手を繋いで、テラスから庭へと出た。
一日のほとんどをベッドの上か部屋の中で過ごす私が退屈しないようにってお父様が、私の部屋に面した一帯を季節ごとに色とりどりの花が咲く綺麗な庭園にしてくれていたから。
『うわぁ、すごくきれい』
目を輝かせて喜んでくれるミリエッタと、手を繋ぎながらゆっくりと歩く。
嬉しくなった私は、この花はどんな花なのか、あの花はどんな花言葉があるのか、そんな風に知っていることを色々と教えてあげた。
『エヴァノーラ様って、ものしりなんですね』
すごく感心した顔でそう言われて、私は舞い上がってしまった。
同じようなことを言ってくれた女の子達は、これまでにもいた。
でも、いつもベッドの上か部屋の中で話をするしかない私に気を遣って、他に言い様がなくて、そう言ったものがほとんどだったから。
でも今のは、実物を見ながら知識と照らし合わせたから言って貰えた言葉で、そこに込められた実感が全然違う。
だから私は言ってしまった。
『あっちに池があって、そのほとりにも、小さくて綺麗な花が咲いているんですよ』
『ほんとうですか!? わたし、そのお花も見てみたいです』
私の部屋からは少し距離があったけど、体調はいいし、ゆっくり行けば大丈夫じゃないか……そう思った。
『じゃあ、見に来ましょうか』
『いいの!? ありがとうございます!』
こうして私達は手を繋いで池に向かった。
だけど……。
『あ、あの……』
『エヴァノーラ様、はやくはやく』
最初はゆっくりだったけど、それがもどかしかったのか、ミリエッタの足が段々と速くなっていく。
『どんなお花なんでしょう。わたし、たのしみです』
やがて早足になって、小走りになって……。
せっかく楽しそうなミリエッタの気持ちに水を差してしまいそうで、『もっとゆっくり』の一言が言えなかった。
体調がいいから、多分まだこのくらいなら平気。
後でいつもより長く休んで寝れば平気。
ミリエッタが花を見ている間、池の
だからあと少しなら……。
もう少しだけなら……。
そうして、私は無理をして小走りでミリエッタに付いて行った。
そして……。
『わあ、ほんとうにきれい……』
喜ぶミリエッタの横顔を見て、満足して……。
『そう……で……す…………ね…………』
私の意識はそこで途切れていた。
意識が戻った時、私は自室のベッドの上で寝ていた。
『良かったエヴァノーラ!』
目を覚ました途端、泣きながら私を抱き締めるお父様。
私から目を離したことを泣きながら謝る侍女のナタリー。
深々と何度も何度も頭を下げて、お父様と私に謝罪し続けるアーガス伯爵。
そして、アーガス伯爵の服の裾を握り締めて、大泣きしながら私に謝るミリエッタ。
ぼんやりする頭で見回して、ようやく理解した。
私は、やらかしてしまったんだ、と。
後から後から決壊した川のように涙を流して、『ごめんなさい! ごめんなさい!』と大声で泣きながら、私に謝り続けるミリエッタに、申し訳なくて、情けなくて、涙が滲んでしまった。
まだ七歳で、心が身体に引っ張られて、精神が幼くなってしまっていたとは言え、自分の体調も把握せず無理をして周りに迷惑をかけてしまうなんて、大の大人が情けない。
『違うの……私が悪かったの……ごめんなさい……』
私が謝っても、誰もが私は悪くないって言う。
それはそうだろう。
幼い公爵令嬢が倒れてしまったんだから、誰がその責任を正面切って問えるのか。
ミリエッタも、自分が悪かったって、さらに大泣きしてしまう。
家に帰ったら、アーガス伯爵にどれほど叱られるだろう。
それも、私が自分を過信し調子に乗ったせいで。
アーガス伯爵も立場がないだろう。
お父様は私に甘い。
とことん甘い。
それはもうダダ甘だ。
下手をしたらお父様は、アーガス伯爵家を取り潰してしまうかも知れない。
そんなことになったら寝覚めが悪いどころの話じゃない。
私が悪いんだから、私がなんとかしないといけなかった。
そこで私は閃いた。
ミリエッタは帰ったら叱られるかも知れないけど、アーガス伯爵がお父様に責任を取らされることも、アーガス伯爵家を取り潰されることもなくなる、素晴らしい名案を。
『私……ミリエッタと一緒にお庭で遊べて……嬉しかったの…………だから……また遊びに来てくれる……? お友達になってくれると……嬉しいな……』
こう言えば、ミリエッタは私のお友達認定されて、アーガス伯爵も辛うじて面目が保たれて、お父様も無茶はしないだろう。
実際に、私の思惑通りになって、お父様はアーガス伯爵に厳しい態度は取らなかったし、ミリエッタがまた遊びに来ることも許された。
そう……私はこうして、無自覚にまたやらかしてしまった。
自分達のせいで倒れた幼い公爵令嬢の無邪気なおねだりに、誰が逆らえる?
そう、私の言葉は、アーガス伯爵とミリエッタの罪悪感に付け込んだ命令になってしまったんだ。
そんなつもりじゃなかった。
でも、そんな言い訳は通用しない。
権力を持つと言うことは、つまりそういうこと。
たまたま公爵家に生まれたと言うだけで、私はなんて恐ろしい力を持ってしまったんだろう。
後から気付いて真っ青になっても、すでに手遅れだ。
ミリエッタは償いとして、生涯私の友人としてファルテイン公爵家へ通い、私に付き従う義務と責任を負ってしまった。
私が負わせてしまった。
もはや私はミリエッタと絶交することは絶対に許されない。
そんなことをすれば、ミリエッタもアーガス伯爵家もどうなるか分からない。
ミリエッタも、私の機嫌を損ねて絶交されることは決して許されない。
ましてや私のことがどれだけ嫌いになっても、自分から絶交するなんて死んでも許されない。
私がやらかしたばっかりに、まだたった七歳でしかないミリエッタの人生は私に縛り付けられ、狂わされてしまったんだ。
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