怪獣『無縫』地帯

青猫格子

倉庫にいた男

「まあまあ、お茶でも飲みませんか?」

 困惑する僕に対して、檻越しに座っていた黒いビジネススーツの男は普通に来客に接するかのように立ち上がる。

 訳の分からない状況だ。

 ただ、廃墟になってしまった昔の元職場を最後にひと目見たかっただけなのに。


 ここは長らく閉鎖されている永楽えいらく映画村というテーマパークの倉庫である。

 永楽という先日倒産した映像制作会社が撮影所を兼ねたパークとして経営していた。

 撮影所を兼ねる、あるいはモチーフにした娯楽施設というのは結構よくあるものだ。あれとかあれとか。具体名は出せないが。

 作品を撮る時に大きいセットを作れるから便利なのだろう。

 映画大国のインドにもやはりそういう施設があるらしい。

 話が逸れた。


 男が奥に引っ込んでなにか箱を漁っている。

(僕が居たとき、こんな檻あったか?)

 よく覚えてないが、倉庫の奥は誰も入らない物置きになっていた気がする。

 昔使われていた小道具などがあったそうだが、勝手に持ち出す人が多いらしく厳重に鍵がかけられていた。

 僕はバイトであり、中の物を使う時は社員に出してもらっていたので、入ったことがない。


 永楽は60年代から特撮やヒーロー作品を数多く作ってきた映像制作会社だが、80年代頃から勢いがなくなり、何を思ったのか東京区外のこの村にテーマパークを作って起死回生を図った。

 たしかに当時はテーマパークを作るのが流行していたようだが、そのほとんどが不況や経営難で無くなっている。

 この映画村も例外ではない。元の会社ごと無くなってしまったが。

 それでも、永楽映画村は持った方だ。ただそれは作品の力によるものだろう。いわゆるIP力ってやつ。


「こちらどうぞ。ぬるくて申し訳ないですが、冷蔵庫がありませんから」

 戻ってきた男が手にしたお茶の缶を差し出してきた。

 赤い、ルイボスティーであった。

 流れで手にするが、なんとなくこの場でお茶を飲むのを躊躇ためらう。

 そもそも、誰もいないはずの倉庫の奥の、檻に囲われた男からお茶をもらって平気で飲めるやつがいるだろうか?


「あなたは一体……? まさか、冷蔵庫もないこの倉庫にずっと閉じ込められてたんですか?」

 倒産した会社の倉庫に閉じ込められていた男。にわかに事件の匂いがしてくる。

「誰かって? あなたはご存知のはずですよ、高田さん」

 男が僕に微笑む。懐かしい友を見るように。

 高田は僕の名字だ。彼は僕のことを知っているらしいが、僕の方は彼の顔など知らなかった。

「周りを見てください、沢山の怪獣や眠ってますよね。私も同じようにここで寝てただけです」

 彼は倉庫に吊り下げられた怪獣のスーツたちのことを言っていた。

「そう、私は宇宙人です」


 その時気づいた。男の顔には見覚えがなかったが、彼の黒いビジネススーツにはどことなく見覚えがあることを。

 ヒーローショーで首から上だけ宇宙人のマスクを被って、下は普通の服にして動きやすくする時がある。

 その時着ていた服そのものなのだ。

 自分でそれを着て何度もステージに立ったのだから間違えるはずがない。


「いや、宇宙人って……それは服のことでしょう。あなたは?」

「では、高田さんはご存知ないのですね。永楽一族の秘密を」

 永楽の創業者は永楽えいらくはじめという特殊撮影を得意とする映画監督で、彼が亡き後も親族が経営していた。

 いわゆる同族経営であり、小規模故にそうなったのだが、長年続くと色々問題もあったようだ。

 自分はただのショーのスタッフであり、実際にどういう問題があったかまでは分かっていない。


「ああ、秘密というのは、たぶん高田さんが想像しているようなものではないです。倒産の原因にはきっとそういうのもあったのでしょうが」

 男が形だけすまなそうな態度を取る。

「秘密というのはですね……この怪獣たちも、宇宙人たちも、本当は生きているということです。私が生きている怪獣たちをスーツにする術を始さんに伝えたんです」

「はあ……」

 あまりにも男の言うことが突拍子なかったので、気の抜けた返事をしてしまった。

 まるで永楽始に会ったことがあるような口ぶりだが、永楽始は70年代に亡くなっている。

 男が見た通りの年齢ならばまったく辻褄が合わない。


「彼は私をここに閉じ込めて、更に私までもスーツに変えて、技術を秘匿したのです。だから知らなくて当然かもしれませんね」

 寂しげに男は笑みを浮かべる。

「僕には信じられません……嘘を言っているなら『ぬいぐるみ特撮の祖』永楽始を侮辱してるに等しいですよ!?」

 永楽作品の怪獣造形はいつも時代を一歩進んだリアル感があると評価されてきた。

 その正体が、本当の怪獣を使っているからだなんて、法螺を吹くにももう少し考えてほしいものだ。


「信じるかは自由です。ですが、高田さんはそろそろ帰ったほうが良いでしょう」

 窓の外を見ていた自称宇宙人の男が言う。

 秋になり、外が暗くなるのが早くなっていた。

「スーツ化の技術が失われ、拘束が解かれつつある怪獣たちは夜によくパークを散歩しています。帰れなくなるかもしれない」

「また適当なことを……」

 反論しようとすると、何か違和感を覚える。

 確かに、倉庫にあったはずの怪獣のスーツの数が減っていたのだ。


「ひっ!」

 彼の言うことが本当ではなくても、泥棒か何かがここに潜んでいるのかもしれない。

 僕は思わず立ち上がり、慌てて倉庫の外に出るが、男のことが気になり立ち止まる。

 しかし、戻って扉から覗くと奥の檻に男はいなかった。

「……?」

 すべて夢だったのだろうか?


 わけが分からなく思いながらも、帰ろうと来た道を歩き始める。

 山奥のせいか、パークの中に霧が立ち込めてきた。

 水滴を拭うために鞄の中に手を突っ込み、タオルを探すが手にしたものは黒い布だった。

「……あのスーツじゃないか」

 ヒーローショーの時に着ていた黒いビジネススーツだ。つまり先ほど男が着ていたスーツであるが……

 ここにあるということは、やはりあれらは夢だったのだろう。


 その時、霧の中から人のような影が複数、近づいてくるのが見えてくる。

 侵入者か、あるいは警備員がいたのだろうか。

 どちらにせよ顔を合わせるのは気まずい。適当に木の陰に身を隠してやり過ごすことにした。

(いいのですか、そんなに悠長で?)

 どこかからあの男の声が聞こえたような気がした。まだ夢から覚めていないのだろうか。

 そうかもしれない。

 近づいてきた影に大きな角や、尻尾があるように見えたから。

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怪獣『無縫』地帯 青猫格子 @aoneko54

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