第七話――カガラの苦悩
「ああ、くそ、だめだ。爺さん、帰って来てからずっとあの調子だ」
嘆くのは中級天使最速の天使カガラ。トガの率いる比翼隊は、崩壊した神殿の調査を終えてトガ宅にいる。神殿から持ち帰った天使の死体は、一時的にトガの家に保管された。
ぱさっ。
「爺ちゃん、あの首の無い天使にだいぶ入れ込んでたみたいだもんな。相当きてるよこれは。とりあえずおれらだけで情報をまとめとくしかないよ」
カガラの嘆きに返事を返すのは、客間の椅子に座り込み足を組んで本を読む銀髪の天使。比翼隊の二番手アルタス。中級天使で一番力が強い。二人はトガの自宅に死体を運んだ後、客間にて情報整理を行っていた。
ぱさっ。
「まあ、それもそうだな。しっかし、どうやってまとめんだよこんなの……。『天使が死んだ』なんてこと、知れ渡ったら大問題だ……」
「それに加えてルルティア様もお帰りになっておらず、上級に覚醒した可能性のある行方不明の天使が唯一の関係者。結構やばいよね〜」
他人事のように現状を整理するアルタス。聞いただけ目眩がしそうだ。
ぱさっ。
「『やばいよね〜』じゃねぇって、まじでやべぇじゃん……。こんな状況になってんのに、天界の神格であるペテロア様も応じねえしよぉ、どうなってんだ……。もしかして、今天界に神格いないんじゃないか……?」
「まっさか〜、流石にそんなことないでしょ〜」
「はあ……この時ばかりはお前の楽観気質が羨ましいよ……。とにかく、今は報告を待つ間に今後の方針を決めないとな」
トガとアルタス、カガラをのぞく比翼隊の面々は現在、神殿周辺での聞き込みや現場の調査を行い、事件の真相を探っている。
ぱさっ。
隊長と副隊長であるカガラとアルタスは、トガと共に死体の輸送、保管、調査報告を待ちながらの作戦会議を行っている。しかし事件なんて起きたことの無い天界でのこれまでの比翼隊の活動と言えば、せいぜいが喧嘩の仲裁や作業のお手伝い。
ぱさっ。
ここに来て天界どころか世界を揺るがすような事件に関わることとなった比翼隊隊長カガラ。彼は正直言ってビビっていた。なんせお手伝いにいち早く駆けつけていたら、いつの間にか隊長になっていた。
ぱさっ。
「くっそ……調子に乗って隊長になるんじゃ無かった……」
「いやいや、隊長は カガラしかいないでしょうよ」
「他にもいるだろう……。タルファとか頭いいんだからさ……」
タルファは中級天使で一番頭のいい天使だ。そして器用な奴でもあり、天使の力について色々と使い方を模索してる変な奴。現在いる天使の中で一番人間の数学が出来る。といっても、天使の中で数学なんてやる奴は物好きしかいないし、基礎中の基礎らしいシソクエンザン? とか言うのを出来る奴もあまりいない。だから比べられる天使がほぼいないのだが。
ぱさっ。
「確かにカガラは馬鹿だけど、隊長に向いてる馬鹿だと思うよ。あとは……色々と面白いし」
「おいちょっと待て。タルファのことしか言ってないのに、どうして俺が馬鹿だって言われるんだ」
アルタスはマイペースで気ままな奴。そして生意気だ。一応バディではあるのだが、仲間意識とかあるのかこいつ……。
ぱさっ。
ぱささささささささっ。
ぱたんっ。
「で、結局怪しいのはフーガって奴しかいないんだよね?」
「まあ、そうなるが……」
もの凄い勢いで呼んでいた本のページを送り閉じるアルタス。彼はカガラに向き直る。
そのさっぱりした言い方にカガラは不安を覚え、後方の扉に視線を向ける。その向こうにはルシアの死体を保管してある。今もその部屋でトガはルシアに付いている。まだ戻ってくる様子は無い。
「カガラもじいちゃんの心配するのはわかるんだけどさ、あまり気にしてたらこの一大事は解決出来ないよ」
「……そうだよな、わりぃ」
そうだ。今俺らが調査しているこれは間違いなく天界……いや、世界が始まって以来の一大事。爺さんが呆然自失の今、俺らがしっかりしなければいけないのだ。
「それではこれより、今後の方針についての会議を始めます」
「お、おう……?」
唐突に姿勢を正し話し始めるアルタス。
「よろしい。まず一つ、フーガ本人が犯人の可能性。もしくは犯人によって攫われた可能性。なんにせよ、この事件に深い関わりがある。フーガがじゅうようさんこーにんだ。そして……」
「アルタスお前、なんか人間の創作でも見たのか? 今の本か?」
「いいや? 別に刑事の真似とかしてないよ?」
「何だよケイジって。絶対今の本だろ……」
カガラの素朴な疑問は、アルタスの「そして」そいう文言に流される。
「最大の問題はこれだ。神格の消息不明。……ルルティア様がお帰りになられていない。そしてペテロア様もこちらからの呼びかけに応えない。こんな状況なのにね」
「ああ、天使の身に何かあれば、ルルティア様が動かない訳がない。そして天界を見渡すはずのペテロア様がこんな事態になっても御姿を現さないどころか反応すら無い」
天界から神格が一柱消える事態は今まで聞いたことがない。
「そうだ。おそらくルルティア様は今、何処かに囚われている」
「その心は?」
「そうその理由は一つ、ずばり神格は死なないからだ!」
人差し指を天に向け高らかに叫ぶアルタス。
「いや、当然のことをさも大発見みたいに言われてもだな……」
アルタスは悪くない。少しでもアルタスに期待した自分が悪いんだ。アルタスは悪く無いんだ。と自分を宥めているその時――。
カガラの後方、死体を保管している部屋から声がした。
「……ルシアか? 分かるか!? わしじゃ! トガじゃあ!!」
死者の名を呼ぶそれは、縋る様な思いを訴える声だった。
* * *
「……おい、これは一体、どうなってんだ」
トガの縋るような声を聞いたアルタスとカガラ。二人はルシアの死体を保管する部屋の扉を勢いよく開ける。
「ええ、どうなってんのこれ!?」
扉を開くカガラの後ろ、目を見開くアルタス。
目に飛び込むその光景は異様だった。部屋の奥、椅子に座るトガの目の前、崩壊した神殿に横たわっていた首の無い死体。それが――、
「なんで……浮いてんだよ」
それが横たわっていたはずのベッドの上で光に包まれ浮いていた。
「ルシアか!? そこにおるのか!」
浮き上がる死体に手を伸ばすトガ。しかし、それを見るカガラの目には、明らかにその状況が喜ばしいものには思えなかった。
「おい爺さん! 離れろ、危険だ!」
行方不明のフーガは『光』の力を使った。見たことは無くとも、予感出来る。あれは触れていいものじゃない。
トガをその死体から引き離そうと部屋に飛び込むカガラ。
「え、カガラ、そいつ――」
アルタスの呟きにもならない声は、咄嗟に飛び込むカガラに聞こえるはずも無い。縋るように手を伸ばすトガ。トガに向かって飛び込むカガラ。浮き上がる死体をただ見つめるアルタス。
次の瞬間、世界の消失を感じた。
* * *
靄の中にいました。
暗い場所でした。
水中のようにも思えました。
ずっと何かが響いていたのです。
意識は判然としないまま、ずっとそこにいました。少し冷たかったけれど、耐えられない程じゃありません。それに、時折温もりを感じていました。いつからかその温もりが、とても大きなものになりました。それはおそらく、幸せでした。それは懐かしい温もりで、遥か昔にも、そんな幸せがあったのです。何か、忘れてはいけなかったはずの、懐かしい思い出が……。
長い時間が過ぎて、ふと気がつくと私の周りの靄は晴れていました。眩しい光に照らされたような気がして、眩しくて、あるとも分からない瞼を閉じようとして、光に飲み込まれた先で、私は――。
* * *
「これは、なんじゃ……。ルシアではないのか……? その、翼は……」
一瞬、全てが光に包まれたように感じた。そして次の瞬間、その光は無かったかのように取り払われた。
「……何なんだよ。一体、何が……っ! 死体は!」
光にうずくまったカガラは、弾かれたようにベッドの上にある死体を見た。
「……おい、誰なんだよ、お前」
そこに首の無い死体は見当たらない。代わりにそこには――、
その身を包む六枚の翼を広げる。重たげな睫毛を持ち上げるように瞼をゆるりと開く。その頭上には眩い光を放つ光輪。
「皆さん初めまして、私の名はペテロア。天界の管理を請け負う神格……らしいですね!」
――溌剌と笑う神格の姿だった。
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