再会の街

 統一歴九四〇年、夏――


 リジーはヨークタウンの街に来ていた。

 実は彼女、高校を卒業し、この秋からこの街の大学に通うことになっている。その下宿屋の下見を兼ねて観光をしていた。

(……テリブル=バルディモア……)

 もしも会えるなら、あのときのお礼を言いたいと思っていた。

 あの時、機体はかなり接近していたとは言っても、あのときは飛行眼鏡ゴーグルとマフラーで顔を確認することができなかった。

 だが、彼の顔を見るチャンスがあった。

 たまたま見かけたニュース映画。

 あのフランクリン島での『採取』阻止作戦。それに伴う脱出作戦のことは国内外にニュースとなった。

 パイル型が現れなかった不思議な事件として……

 その中で彼が出てきたのだ。正確に言えば、彼だろうという予測だ。

 白黒映像ではあったが、彼の機体はすぐに分かった。

 勇敢に戦ってくれたホーネットの一人として紹介され、愛機から桟橋に降りるところ。そして、ゴーグルとマフラーを取って顔を見せたところが、スクリーンに映されている。

 彼は映されていると分かると、作り笑いはしたがすぐに画面から消えてしまった。

 それでも彼女は彼の顔をしっかりと覚えた。

 もう少しごつい感じの男かと思ったが、切れ長の目で学者風だった。ちなみに、一緒に飛んだクーパー氏も映っていた――なぜか映像の三割は映っている。二人で都合三回往復したことは記憶に新しい。

 自分は、というとたまに画面の下に、見切れた頭が映っている。それが恐らく自分だろう。

 記憶が正しければ、ホワイト・エリオン族の男がカメラを回していた。彼らは自分の種族を贔屓するところがあるから……

(――嫌がらせか?)

 とはいっても、映っていないことに安堵した。

(あんなことしたなんて、お母様がしれたら卒倒してしまう)

 両親にはすぐに避難した、と言ってあった。

 何かというと、淑女レディーとしての身の振り方だとか小言が多い。

 まあ心配してくれているのは分かっているが、どうしてもうるさく感じてしまう。

 高校だって母親の意向で、結局は全寮制のところに入れられた。だから、大学は自分で決めた。距離を置きたくて、下宿住まいの大学を選んだ。

 このエンタープライズ州のヨークタウンを選んだのは、実家のオーディシャス州イーグルから遠い場所にあるからに他ならない。

 初めての街……ここなら母親の目が届かないだろう。

 まあ、ちょっと冒険したい気もあった。

 路面電車に揺られ、外を見ると石組みやコンクリートの近代的な町並み。実家がある木組みの街並みも捨て難いが、ここには近未来的な雰囲気が感じられる。

(そういえばここにはホーネットが多いのよね)

 もしかして会えるかも……なんて、一瞬思ったが、飛行機乗りの数なんてうん万といる。

 早々当たるものではないが、飛行服を着ている人を見かけると、ついつい目線が行ってしまった。

 また路面電車にお客が乗り込んできた。

 そして客は飛行服を着ていた。

(嘘!?)

 乗り込んできた客は、紛れもなく彼であった。

(テリブル=バルディモア。なんでアナタがいるの?)

 恐らく彼もほかのホーネット達と同様、母港としているのだろう。

 とは言ったものの、いざ本人を前にすると行動がとれない。

 彼女はうつむいて顔を向けることができなかった。でも、目だけは彼の方を向けた。しかし、足下だけ見るのも……恥ずかしくなってた。

 自分でもよく分からないが、顔が熱くなってきている。

 恐らく耳まで真っ赤になっているのだろう。

 今まで感じたことがなった……胸もドキドキする。


「あッ……」

 何度目かの電停で彼が降りていく。

(どうしようか……)

 悩んでいる前にリジーはとっさに立ち上がって、閉まりかけたドアに滑り込み降りた。

(勢いで降りてしまったけど、どうしよう……)

 D地区四二番街西口。電停にはそう書かれていた。

 目の前には舗装されていない大きな道が一本あり、彼の背中が見える。

 海水の臭いが鼻につくが、風は涼しい。それに機械油の臭い。

 どうやらここは桟橋屋街のようだ。

 静かなのは既にホーネット達は仕事に出かけているためだろう。残っているのは整備のためか、休養しているぐらいだろうか……。

(やっぱり予定通り下宿先の下見をしよう……)

 既に次の路面電車の影が見えてきていた。

 一時の気の迷いに振り回されるほど、子供ではない。

 相手がどんな人なのかも分からないし、そもそもあのとき助けたことなど覚えているのか分からない。

 そう自分に言い聞かせようとしたが……やはり、気になって仕方がない。

(お礼を言うだけよ。ただそれだけ……)

 結局、彼を追いかけることとなった。


 リジーは、物陰に隠れながら彼の後をついて行った。

 気づかれないように、としていたが、桟橋屋街をスカート姿の少女が歩いているのは、浮いてしまう。そもそも別に隠れる必要はないはずだ。でも、彼に声をかける機会をうかがっていると、なぜか怪しい行動に見えてくる。

 テリブルの方は……一応、気がついていないようだ。

 そして、他の桟橋屋とは違い、丸太を組み立てたようなバンガロー風の店舗に入っていく。

(タイプ・ゼロ?)

 入り口の看板にはそう書かれていた。

 一目見て彼女は大丈夫かな? と心配になった。

 ほかの桟橋屋がコンクリートなどの近代的な建物なのに、ここは木造だ。小綺麗にされてはいるようだが、なんか経営がうまくいっていないような気がしてくる。

 ともかく、彼に会えるのだから入るしかない。

(とにかくお礼を言うだけよ。ただそれだけだから……)

 胸が息苦しくドキドキしてきた。

 なぜか恥ずかしいし、恐ろしい……自分でも分からない感情が渦巻き始めた。

 そして耳から火が噴き足しそうなぐらい熱い。目頭も熱くなってくる。両手で真っ赤になっているだろう顔を隠したくなる。

(お礼を言うだけよ。ただそれだけだから……)

 何度か深呼吸した。

 少しは顔のほてりは冷めた気がしてきた。

「よしッ!」

 意を決して入るしかない。

(さりげなく、さりげなく……)

 道を聞くようなふりをして中に入ろう。

 そして、偶然を装い「あなたは……」と、いった具合に話しかければいい。

 そう彼女は考えて中に入った。

「……ごめんください」

 店の中には……残念ながら、彼は居なかった。

 店内には丸テーブル。奥にバーカウンターのようなものが見える。桟橋屋の食堂というよりもパブに思える。

 そして、奥の一番明るいテーブルに人影があった。

 頭を抱えながら、何かノートを見ていた。手にはペンを持っているから、帳簿か何かを付けているようだ。

「……はい?」

 顔を上げる。少女がいた。

(この子、ホーネット? まさか……)

 歳は自分よりも下だろう。だが、格好はどうだ。

 上は開けて薄着だが、明らかにつなぎの飛行服を着ている。

 難しそうな顔をしていたが、リジーを見た途端、ニッコリと微笑んで見せた。

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