第27話 副作用3

 


 とある高校の、二年普通科クラスの四時限目。


 私──リアは英語の教科書を広げながら、ため息をつく。


「……どうしよう」


 『前世に戻るくん』の副作用はもう一週間も続いていて、秋斗あきとの中身はずっと王子様のままだった。

 

 王子様のことは嫌いじゃないけど、秋斗とは違うんだよね。このままずっと秋斗が戻らなかったらどうしよう。


 でも王子様の戻る場所には私がいないし……。


 ちらりと隣を見れば、嬉しそうに私を見る秋斗の顔があった。


 私はその王子様の無邪気な笑顔を見て、またひとつため息を落とす。


 王子様のことが気になって、授業がちっとも頭に入ってこないよ……。


 私がモヤモヤしていると、そんな時、授業の終わりを告げるチャイムが鳴って──担任の南人みなと兄さんが教壇からおりてきた。


大塚おおつかさん」


「はい」


「ちょっといいですか?」


「じゃあ、僕も行く」


 南人兄さんに呼ばれて私が席を立つと、王子様も立ち上がった。

 けど、


「大塚さんの成績について話があるので、王子殿下はお待ちください」


「そうか……わかった」


 珍しく兄さんが王子様を断った。


 私が驚いていると、南人兄さんはついて来いとばかりに背中を向ける。


 そして兄さんを追って、廊下を歩いた先には誰もいない音楽室があった。


「──南人兄さん、話って何?」


 兄さんと二人きりで話すのはどれだけぶりだろう。


 呼び出された理由が成績のためじゃないことくらい、わかってた。


「王子殿下のことですが」


「王子様がどうかしたの?」


「まじない師に問い合わせたところ、秋斗くんを元に戻す方法があるそうです」


「そうなの!?」


「ただ、今の調子だと、殿下は戻りたがらないでしょう」


「そうなんだよね……王子様は私のいない時代に帰るのは嫌だって言ってたし」


「だから殿下には悪いですが、この際、嘘をついてでもまじない師の場所へ連れて行きましょう」


「王子様を騙すの?」


「仕方ありません。相智あいちくんを元に戻すためです」


「兄さんは、秋斗に戻ってほしいの?」


「私はどちらの王子も崇拝していますが、自然の摂理に反するのもどうかと思いまして」


「転生して再会してること自体、自然の摂理に反してる気もするけど……」


「大塚さんはどちらの王子が良いのですか?」


「どちらと言われても……王子様を私のいない世界に返すのは……悲しい気がするし」


「ですが、殿下が転生すれば、また相智くんに会えますよ」


「そのために残りの寿命を捨ててもらうの? それなら、王子様がこの世界で寿命をまっとうしてもいいんじゃない?」


「本当にそう思いますか? 大塚さんは相智くんに会いたくないのですか?」


「私は王子様に幸せになってもらいたいんだ。……そういうわけで先生、王子様を待たせてるので、失礼します」


「殿下が転生しなければ、相智くんの存在はどうなってしまうのでしょうか」


 音楽室を出ようとする私に、兄さんは問いかける。

 けど、私はなんと答えていいのかわからなくて、何も言わずに音楽室を去った。




 ***




「一緒に帰ろう、リア」


「君は諦めの悪い男だね。どうしてそんな風にリアを追いかけるんだ?」


 放課後、うちのクラスに現れたまーくんを見て、王子様は嫌な顔をする。


 けど、まーくんは堂々と王子様に向かって告げる。


「僕はリアのことが好きだから、追いかけるのは当然だよ。ねぇ、また愛情料理を作りに行ってもいい?」


「なんだと? 君は以前もリアに料理をふるまったのか?」


「あ、違います……王子様、たぶん秋斗に食べさせたんだと思います」


「どういうことだ?」


「まーくんは目が悪いので、しょっちゅう私と秋斗を間違えるんです」


「……それは目が悪いとかそういう問題なのか?」


「だからいつも、秋斗がメガネを用意してあげるんですが……まーくんはすぐメガネを壊すから」


「リア、何が食べたい? ハンバーグ? それともトンカツ? それとも唐揚げ?」


「まーくん、見事に肉ばっかりだね」


「それとも、また一緒にお風呂に入る?」


「……え? まーくん、秋斗とお風呂まで入ったの……? えー……」


 仲がいいとは思っていたけど、お風呂の話を聞いて少しだけひいてしまった。


 だって、私のことが好きと言いながら……。


「いや、入ってない。誰がお前なんかと」


「王子様?」


 まーくんを全力で否定する王子様に、私は目を瞬かせる。


 すると、王子様はハっと何かを思い出したように私を見た。 


「……え? 僕、今何か言ったかな?」


「まーくんとはお風呂入ってないって」


「そう……言った?」


「王子様?」


 王子様が腕を組んで考え込む中、まーくんが南人兄さんの吹き矢で倒れた。




 ***




「リア……今日も綺麗で可愛いね」


「だから王子様、周りの目がありますから、そういうのはやめてください」


「相変わらず謙虚だね。そんな君も好きだよ」


「いや、謙虚とかそういう問題じゃないんです。普通に恥ずかしいですから」


 休日のお昼を過ぎた頃。


 今日は王子様に外の世界を見せるため、二人で街中を歩いていた。


 セーターとパンツの上からコートを羽織った王子様は、いつもの秋斗よりちょっとだけ大人びて見えた。


 外見は同じなのに、どうしてかな。王子様といると秋斗よりも緊張した。


「……それより今日はどこに行くの?」


「せっかく未来に来たんだし、王子様には学校以外の場所も見てもらいたいんです」


「君とむつみあえるならどんな場所でもいいんだけどね」


「王子様……そういうのもやめてください」


「どうせ誰も聞いていないよ……ああ、なんだか喉がかわいたな」


「じゃあ、そこの自販機で……」


「王子、飲み物です。どうぞ」


 王子様が何気なく呟くと、どこからともなく同じ年頃くらいの少年が現れた。


 そして狼狽える私の傍ら、その人は王子様にりんごの缶ジュースを差し出して──王子様も当然のように飲み物を受け取った。


「すまないね」


「では失礼いたします」


 少年は王子様に缶ジュースを持たせると、静かに去っていった。


「今のって確かクラスメイトの……」


「どうしたんだい、リア?」


「……いえ、なんでもないです。それより何か欲しいものはありますか?」


「そうだな……ほしいものと言えば、あのライバルにメガネを買ってやりたいかな」


「ライバルって、まーくんのことですか?」


「あいつはまーくんというのか?」


「王子様はやっぱり優しいんですね。まーくんにメガネをプレゼントしたいだなんて」


「いや、たびたび僕をリアと間違われるのはものすごく迷惑なんだよ。リアは楽しそうだけど」


「え? そんなことないですよ? 秋斗はまーくんの相手が上手いから安心するだけで……」


「……」


「……あ、すみません。秋斗と王子様がごっちゃになってしまって……」


「いいんだよ。どちらも僕だろう?」


「王子様」


「できれば普段通りに話してほしいな。リアは秋斗相手のほうが自然体なんだね」


「で、でも王子様ですし……」


「僕はこの世界では王子でもなんでもないよ。そうやって言葉で距離を作られているみたいで嫌なんだ」


 ……秋斗と同じこと言ってる。


「……わかった。じゃあ、メガネ店に行こっか」


「ああ」




 それからまーくんのメガネを作るため、ショッピングモールにやってきた私と王子様は、さっそくメガネ店に来たけど……


「いざメガネ店に来たけど、まーくんの視力がわからないね」


「いつも秋斗はどうやって用意していたんだ?」


「それが、わからないんだよね……」


「リア!」


 透明のショーケースに並んだメガネを見ながら二人して悩んでいると、ちょうどそこへまーくんが通りかかる。


 また画材を買いに来たのだろう。その手には大きなキャンバスと、たくさんのショッピングバックがあった。


「まーくん、ちょうどいいところに」


「どうしてこいつは行く先々で遭遇そうぐうするんだ?」


「まあまあ、まーくんは鼻がいいから」


「動物なのか?」


「ねぇ、まーくん。まーくんの裸眼の視力を教えてほしいんだけど」


「僕の視力? 僕の裸眼はマイナス0.3まーくんだけど」


「え……0.3まーくんって何?」


「視力でしょ? 単位だよ」


「そんな単位聞いたことないよ。とりあえず、このままメガネ店で計測してもらおうか?」


「ちょっと、誰? 僕を引っ張るのは」


「リアだろ」




 ***




 裸眼の視力が計測不能ということで、メガネ店でメガネを作ってもらえなかったまーくんと私たちは、ショッピングモール内のカフェでお茶していた。


「おかしいな……計測不能ってどういうことだろう。まーくんはいつもどうやってメガネ作ってるの?」


 私がメガネ店の計測不能と書かれた紙を見ながらぼやいていると、まーくんは飲んでいたイチゴジュースを置いて答える。 


「僕のメガネ? いつもはお母さんが用意してくれるよ。あとたまに学校の机で拾ったり」


「学校の机に置いてるのは間違いなく秋斗だよね。秋斗はどうやって作ってたんだろう……」


「未来の僕は有能なんだな」


「うん。勉強もできるし、非の打ちどころがないよね」


「……そうか。僕とは大違いだ……僕は仕事も勉強も嫌いだから」


「そうなの? いつも宰相さんがべた褒めしてたのに」


「それはナルムがおかしいんだ」


「意外だね。王子様こそ、完全無欠だと思ってた」


「周りに持ち上げられているだけで、僕は完璧でもなんでもないよ」


「そういう言葉を聞くと、王子様も人間らしく思えるよ」


「それって、普段の僕は人間味に欠けるってこと?」


「そうじゃないよ。完璧すぎて、近寄りがたいイメージだったから」


「完璧な人間なんて存在しないよ」


「それを聞いて、なんだかホッとしたかも」


「そう? だったら、リアに少し近づけたかな」


 私が笑うと、王子様は感情の読めない顔で笑っていた。





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