中川兄弟と生徒会会長3

「・・・・・・お・・・・終わった・・・・・」


 ようやく、書き終えた。

 別に浩が読むだけなら、なれない漢字を使う必要はないと思い、半分以上ひらがなで書いてしまった。


 「お疲れ様澄君。すごく真剣だったね。お茶入れたんだけど、気が付いていなかったみたいだし」


 よく見ると机の上に氷が溶けて薄くなってしまったお茶が入ったコップが置かれていた。


 「すまなかったな、きよ、後でゆっくり読ませてもらうよ」


 ノートを受け取った浩は、すぐに見ないのか机の上にぽいっと放り投げた。


 「それよりも、腹へらねーか?飯でも食いに行くか?下にだが」


 「今何時?ぼくどれだけ・・・・・」


 すぐ目の前に時計が掛けられている事に気づいた。

 まだ、十二時を過ぎていないけど、どれだけ自分が集中していたのかが分かる。


 「そうね、多分下に行くと、ばあやがお昼を用意してくれていると思うわ」


 二人の会話がついていけない。

 ここは玲那さんの家だって浩が言っていたけれど、ここって、家なのかな、それとも生徒会室なのかよく分からない。


 「何してんだ変な顔をして、さっさと飯食いにいくぞ」


 「え・・・・・あ・・・・・うん」


 言われるまま先に行く浩の後をついて行った。

 丁度さっきまで僕達がいた部屋の真下あたりに、長いテーブルが置かれた部屋があった。

 部屋のすぐ隣がキッチンになっているらしく、椅子に座ると暫くしてから、フルコースみたいに料理が次々と出てきた。


 「薬は持ってきているのか、きよ?これ食ったら、ちゃんと薬を飲めよ」


 体調が良くても薬はちゃんと飲まなければならない。


 「いっぱい食べてね。おかわり自由だから、そこにいるボーイにでも言って、そしたらすぐに持ってくるわ」


 レストランみたいな待遇だ。

 浩を見ると慣れているように見えるけれど、毎日のようにここで食事を取っているのだろうか。

 僕は、パーティーと言った場所は慣れているといえば慣れているけれど、こういった場所は慣れていない。だから、少し緊張している。


 「ここはね、私がおじいさま、つまり、この学園の理事長から、任された場所なの。好きに使っていいからって言うから、私は、ここをね、生徒会室兼セカンドハウスとして使っているの」


 何も聞いていないのに、語ってくれた。

 セカンドハウスはそのままの意味で第二の家。

 一般的に別荘の事を言うけれど、玲那さんの場合、実家とは別の与えられた家という意味になるらしい。

 この屋敷のことは疑問に思っていたけれど。僕ってそんなに聞きたそうな顔をしていたのだろうか。自分ではよく分からない。


 「あと、さっき私がばあやと言ったのは、この屋敷を管理してくれているメイド長の事なの。もう年だからほとんど若いメイドたちに任せているけれど、食事だけは作るって聞かなくてね・・・・でも、ばあやの作る料理はとても美味しいのよ」


 目の前に並ぶ料理はとてもおいしそうに見える。

 マナーは気にしなくてもいいと浩も玲那さんも言うけれど、本当にいいのかと思いながら料理を口に運んだ。


 「お・・・・おいしい」


 とても美味しかった。

 誰かのために作られ、愛情が込められた味。

 食べれば食べるほどそういう気持ちが伝わってくるのが分かる。

 おかわりすることはなかったけれど、目の前にあった料理は全て平らげてしまった。それだけ僕は美味しいと思って食べていた。


 「食後のデザートは何がいい?食べたいと思ったのなんでも言って。それなりにあったと思うわ」


 「フォンダンショコラくいてー」


 「それは、ひろちゃんが食べたいものでしょ?私は澄君に聞いているの」


 甘いものが好きなのは変わっていないみたいだ。


 「僕も、ひろと、同じものでもいいですか?」


 「もちろんよ。少し時間がかかると思うけれど、まかせて」


 フォンダンショコラは温かいうちに食べるデザート。

 生地の中に温かいチョコレートソースが入っていて、それがとても美味しい。

 今から作るのなら時間が掛かっても仕方がないけれど、食べられるのならいくらでも待つ。


 「ひろちゃんが甘いものが大好きだと言う事は知っているけれど、澄君も甘いもの好きなの?」


 「おい、玲那。こいつにあまり甘いもの食わせんじゃねーぞ。せめて、甘さ控えめに作らせろ」


 「え?どうしてなの?別にいいんじゃないの?」


 「こいつが体のよえーの分かってんだろ?体がよえーせいで色々とメンドーなんだよ。甘いものは体に負担が掛かるし、昔から変わってねーなら食事制限も掛けられているはずだ」


 昔から医者にあれは駄目だこれは駄目だと制限を掛けられているせいで、自分の好きなものや、やりたい事ができないことが多い。でも、その事を覚えていてくれたのが嬉しい。


 「そういうことなら、仕方がないわね。でも、安心して、そういうのも大丈夫よ。なにせ、腕のいいパティシエがいるから」


 自信ありげに言ってから、ベルで厨房からパティシエを呼び出し、普通のフォンダンショコラと僕用の甘くないフォンダンショコラの二種を作るように言った。

 浩が甘いものが好きだと言う事はこの屋敷にいる使用人なら知っている事らしいので、いつ何を言われてもすぐに作る事が出来るように用意はしているらしい。


 「今日は楽そうね。二十分もあれば出来るって。上に持ってきてくれるらしいから、戻って仕事の続きをしましょう」


 たまに、無理難題な事を言うらしいが、そういう時は前もって言うように言われているらしいが、浩がそんな事をするはずがなかった。


 「はぁ?まじかよ・・・・できんまで待っていよーぜ」


 「ひろちゃん一人で待っていれば?私と澄君は上に行くから。行きましょう澄君」


 手を差し伸べられた。

 差し伸べられた手は取らなかったけれど、浩を置いて上に行こうとしたら、浩も僕が上に行くなら行くといいって結局三人して戻る事になった。


 「ねぇ澄君、澄君の事をきーくんって呼んでいいかな?」


 「いいですよ。何でも好きに呼んでください」


 浩はちゃん付けで呼ばれるのが好きではなかったはず。昔、親戚の人にちゃん付けで呼ばれていて怒っていたのを覚えているが、玲那さんにちゃん付けで呼ばれていても怒っていない。

 玲那さんって、浩に何を言われても動じない人。だから、浩の方が折れて、諦めてしまったのかもしれない。

 僕は、人からなんて呼ばれても、別に構わない。好きな人からあだ名で呼ばれたら嬉しいし、友達から呼ばれるとより親しい仲だと思う事ができるから、好きに呼んでもらってもいい。


 「おいきよ、すまねーが、これも和訳してくんね?」


 印刷された別の論文。さっきとは別の論文らしいけれど、こっちのほうがずっと難しい事が書いている。

 こんなのが分かる浩って本当にすごいと思う。僕は英語が人よりも分かるぐらいで、それ以外は普通としか言えない。


 「今度は少ないね。すぐに出来ると思うけど、さっきの論文を訳していた時もそうなんだけど、ひらがなでもいい?」


 「きーくんって、漢字駄目なの?」


 「難しい漢字でなければ大丈夫なんですが・・・・実を言うと、あまり日本語の読み書きが得意ではないので・・・・えーと・・・・」


 「ずっと向こうにいたんだら、仕方がねーよ。ゆっくりお前のペースで覚えていけばいい。それに、苦手だと言っても、俺よりはずっとましだ」


 「そうね。ごく簡単な漢字でもひろちゃんよく間違っているものね。そのせいで私が書き直す事が多いけど・・・・」


 数学以外はからっきし駄目ならしい。玲那さん曰く、浩はやれば何でもそれなりに出来るらしいけれど、めんどくさがってやろうとせず、どうしてか、数学以外は赤点ばかり取っているという。


 「ひろって、馬鹿だね」


 「るせー、お前に言われたくねーよ。それより俺ずっと思っていたんだがいいか?」


 「うん、何?」


 「授業でなくても大丈夫なのか?玲那に無理やり連れてこさされたんだろう?」


 「無理やりじゃないわよ、失礼しちゃうわ!私はちゃんと、参りましょうって言ったわよ!」


 「それが無理やりだって言うんだよ。どうせ連中を使ったんだろ!」


 「当然でしょう?あの子達は私の可愛い下僕なんだから。使わなくてどうするの?」


 何を言っているのかさっぱり話がついていけない。


 「下僕って言うんじゃねー、やつらだって、そう思っていねーだろ」


 「さぁ、どうでしょうねー、あの子達に聞かないと分からないわ」


 「分からないじゃねーだろ!分かろうとしねーだけだ!」


 止めたほうがいいのだろうか。

 止めなくても、浩が一方的に言っているだけだし、玲那さんはそれを楽しんでいっているようにしか見えない。

 ほったらかしにされている僕はどうしたらいいのだろうか。

 二人の間に入って止めるつもりはないけれど、どうも忘れられているような気がして、つまらない。


 「あ・・・・・あのー・・・・」


 「ん、あ?なんだよきよ、じゃますんじゃねー」


 浩にとって今は僕が邪魔な存在になっているらしい。

 と言うか、割り込んで欲しくないだけだろうけど、つまらない。


 「ひろちゃん、きーくんにそんな事言ったら可哀想よ。もう少しましな言い方あるんじゃないの?」


 「誰のせいだよ、誰の」


 「誰って、さぁー。ひろちゃんのせいかな」


 「どうして、俺のせいになる。元を正せば全てここにきよを連れてきたお前がわりーんだろうが」


  ここに来なかったほうがいいのだろうか。いなかったほうが、浩は良かったのだろうか。


 「・・・・・・・僕・・・・・・いないほうがよかったの?」


 「はぁ?何でそうなるんだよきよ。別にお前が悪いって言ったんじゃねーよ。それにお前は、お前の意志で今ここにいるんだろ?」


 授業をほったらかしてここに連れてこられた理由がどうであれ、今、ここに僕がいるのは自分の意思。

 いくらでも授業を受けに行こうと思えば、いくらでも受けに行くチャンスはあったと思う。それをしなかったのは明らか僕の意思だと思う。


 「まぁ、俺も言い過ぎた。でもよ、授業はいまからでも受けに行け。俺も今から一緒に行ってやるから、どうせ、同じクラスなんだろ、玲那」


 「もちろんしているわ。私、ひろちゃんの為なら何だってするもの」


 「どうせ、お前が楽をしたいからだろ」


 「よく分かっているじゃない。さすが私の幼馴染ね」


 「るせー、行くぞきよ」


 浩に引っ張られながら、僕達は部屋を出た。


 「すまないなきよ。玲那は人の迷惑をまったく考えないから、いきなり連れてこられておどろいただろ?」


 「う・・・・うん、少しだけ。でも、浩がいたから別にいい」


 「馬鹿だな、お前も。普通は抵抗するもんだぜ」


 ぽんっと頭の上に手を置かれ、ぐしゃぐしゃとかき回すように頭を撫でられた。


 「ねぇ、聞いてもいい?」


 「ん?なんだ。何が聞きてーんだ。言ってみろ」


 「さっきひろが言っていた連中って誰なの?僕を連れてきた黒い服を着た人」


 「やつらに連れてこられたのかよ・・・・・やつらは、玲那の護衛だ。と言っても、玲那は思っていないみたいだがな」


 どうやらあの黒い服を着た人たちは、玲那さんのお父さんが悪い虫が寄り付かないようにするために付けた護衛らしいが、玲那さんはただの下僕としてしか見ていないらしく、それに対して浩は怒っていたみたいだ。


 「一度、寮に戻るぞ。どうせ荷物を持たないままこさされたんだろ?」


 僕が連れて来られたのは全て用意が終わって、志気君を待っている間だった。


 「あと、もうひとつ聞きたいことがあるの。玲那さんが僕の事をナイトって言っていたけれど、ナイトって何?そのままの意味なの?」


 「それは、生徒会役員の事をあいつはナイトって呼ぶんだよ。あいつ、自分が信用した人物しかあそこに入れねーから、俺とお前とあともう一人しか役員がいねーんだ」


 「もう一人?」


 「俺も最近会ってねーが、いずれ会えると思うぜ。そんときに紹介してやるよ」


 「気長に待っているね」


 期待しないで待っていたほうがいいかもしれない。


 「あっ・・・・くそー忘れていたぜ、せっかく作らせたのによ・・・・」


 フォンダンショコラの事を言っているのだろう。

 よほど楽しみにしていたみたいで、思い出した瞬間、かなりへこんでいる様子だった。

 これは立ち直るのに時間がかかりそうだけど、この事は浩が悪いので、僕のせいではないけれど、僕も少し楽しみにしていたので、食べられたかったのは残念だ。


 「仕方がないよ、ひろ」


 「まぁ・・・・・後で作り直させれば済むことか・・・・」


 そう言い聞かせて立ち直ろうとしているけれど、やっぱりへこんでいるのがよく分かる。

 寮の部屋まで戻ってきた僕らは、鞄を持って高等部の校舎へ向かった。

 寮に戻った時、寮管さんは「がんばってね」とエールをくれたけれど、何が頑張ってなのか浩が教えてくれなければ、意味が分からなかった。

 玲那さんは理事長の孫として有名らしいけど、それ以上に一度玲那さんに目を付けられたら、この学園生活が一貫していう噂がある。

 実際、浩がいい例だと教えてくれた。

 浩は、別に勉強が嫌いだからいいけれど、玲那さんに気に入られているため、玲那さんのいいおもちゃとして、ずっと離してもらえず、満足に授業も受ける事ができないらしい。その為、僕が来た時、僕がこうなって欲しくないからと、こんな所に来て欲しくなかったみたいだったけど、それ以外のも意味があったらしいが、何度聞いても「いずれ教える」と言うだけで教えてくれなかった。

 僕達が教室に行った時、既に五時間目の授業をしていた。

 先生は、遅れてきた僕達に対して早く席に着くようにと言うだけで、特に何も言われなかった。

 浩とは席が離れていたけれど、同じクラスだというのはとても嬉しかった。

 席に着いたとき、隣の席の委員長が、昨日の分の授業の内容と、今日の午前中の授業の内容が書かれたノートを貸してくれた。

 渡される時、少し怯えた様子だったけれど、もしかして浩のことが怖いのかと思った。  

 確かにあんな噂があれば浩のことが怖いかも知れないけれど、それはただの噂。僕には関係ない。

 借りたノートは急がなくてもいいらしいので、焦って書き写す必要はないので、いいけれど、あんまり長く借りるのも嫌なので、なるべく早く返せるようにはしたいと思いながら、今受けている授業のノートだけでもと、急いで書き写した。

 どうにか、授業中に書き写す事は出来たけれど、書き写すのに必死で、授業がちゃんと受けれなかったのが、少しショックだった。


 「ねぇねぇ、澄君!澄君、あの・・・・あの、中川君と一緒に来ていたよね!」


 授業が終わるとすぐに、クラスの女子が数人、びっくりしたような顔をして僕の机にやって来た。


 「えーっと・・・・それは・・・・」


 どう答えればいいのかが分からない。

 浩は皆から恐れられている存在。

 正直に僕は浩の弟だって言ってもいいのだろうか。言えば、僕も皆から恐れられる存在になるのだろうか。

 言えない。怖くて言えない。


 「言えよ、きよ。別に悩む必要なんかねーよ」


 「な・・・・中川浩!」


 浩を見たとたん、皆は怖がって、引け腰になりながら、少しずつ後ずさりしていた。


 「んだよ」


 「ひろ!そんな顔をすると皆、怖がっているじゃない。もう少し優しい顔できないの?」


 ギロっと女子達に睨む浩をみて、少しでも浩が怖くないと思ってもらえるように、意地悪言ってみた。


 「怖くて悪かったな。これが地顔だ!お前、分かってて言っただろ」


 「うん、ばれた?」


 「人で遊ぶんじゃねー」


 ごつっと軽く頭を小突かれたけれど、まったく痛くはなかった。


 「ひろはね、僕の実のお兄さんなんだ。両親が離婚して離れ離れになっていたんだけど、この学園に来て、偶然再会できたの」


 「お・・・・・おにいさん?」


 大騒ぎとまではいかなかったけれど、クラスの皆はかなり驚いていた様子だった。

 本当は言わないほうがいいと思っていたけれど、つい流れに乗って言ってしまった。

 後悔先に立たずというって言うけれど、本当にそうだ。こうなるのなら言わなければ良かったと思ってしまったけれど、もう遅い。


 「別にいいじゃねーか、俺がお前と兄弟だという事はわかんねーだろ」


 「う・・・・うん」


 「だったら堂々といろ!お前がわりーんじゃねーよ」


 ぐしゃぐしゃと、頭を撫でられた。

 慰める時にしてくれる浩が僕に対してしてくれるお兄さん的行為だ。


 「なんか・・・・・澄君を見ていると、今まで私達が聞いた噂のイメージと違う・・・・」


 「うん、優しいって言うか、なんていうか・・・・違うよね」


 浩は僕に対してはとても優しいお兄さん。だけど、他人に対しては言い方もきついし、優しくないけれど、それは隠しているだけだったりする。

 いわゆる、ツンデレと言うやつだ。


 「怖くないでしょ?ひろって、こんなんだけど、僕には優しいお兄ちゃんなんだ」


 「澄君って、双子なの?見た感じ、あまり似ていないような・・・」


 「僕とひろは二卵性双生児だから、似ていないと思うよ?」


 一卵性と二卵性の双子は少し双子の意味が違う。

 一卵性はその名の通り一つの卵から二つの命が生まれ、お互いが分身と呼べる存在だけれど、二卵性は二つの卵からそれぞれ別の命が生まれる。その為分身と言うよりも普通の兄弟と言うほうがいいのかもしれない。


 「澄君、ここに来た時よりも、顔つきが変わったね。私たちと喋っている時よりも今のほうがずっと嬉しそうな顔をして話しているもの」


 「そうだね。今まで遠慮をしていたのかなって思っていたけれど、今はそれが取り払われたという感じかな?」


 僕が祖父や伯父の仕事に関わっている以上、人前ではあまり自分を出さないよう、自分が前に出るのではなく遠慮して一歩引く事を教えられている為、人前で自分を出せる場所であっても無意識にやっていたのかもしれない。

 でも、こうやって今、自分を出す事が出来たのは、ここに来させてくれた母と浩に会わせてくれた玲那さんと浩のおかげかもしれない。


 「なぁきよ。さっきから思ってたんだが、こいつら邪魔じゃねーの?」


 「ひろ、女性に対してこいつだとか、邪魔だとか言っちゃ失礼だよ」


 「んなこといったってよー・・・・お前を囲んで、邪魔してるようにしか見えねー」


 口に出しては言わないけれど、浩の言う通り、僕も少し皆が邪魔だとは思っていたりするけれど、浩ほどではない。


 「皆、ひろの言う事、気にしないでね。僕は全然そんな事思っていないから」


 「澄君、やっぱり優しいね。別に私たちに気を使わなくてもいいんだよ?邪魔だったら邪魔だって遠慮なく言ってくれても大丈夫だから」


 「そうだよ澄君。遠慮なんてしないでね。そろそろ私たちは戻るね。残りの時間は、兄弟水入らずと言う事で、じゃーね」


余計な気を使わせてしまったのかもしれないと思い、申し訳ない気持ちだった。


 「なに、んな顔してんだ。やつらが気を使って向こうに行ったんだろうが。別に、そんな気に病むことねーよばか」


 「う・・・・うん」


 そんな事を言ってくれるのは嬉しいけれど、やっぱり申し訳ない気持ちだった。


 「お前は優しすぎるんだよ。もう少し、何に対しても厳しくたっていいと思うぜ」


 「そう・・・・かな?」


 浩だけではない。僕を知っている誰もが今浩が言った事と同じような事を言ってくる。それほど僕は誰に対しても優しすぎるのだろうか。


 「なんでも、ゆっくりでいいから、変わっていけ。俺はお前が変わろうがそうでなかろうが、どっちでもいいが、おまえの好きにしたらいい」


 「じゃあ、変わらない。変わってしまったら僕じゃないもん!」


 「そうだな」


 相変わらず頭をぐしゃぐしゃと撫でられる。


 もう少し優しく撫でてくれればいいのに、それが浩だから仕方がないといえば仕方がないのかも知れないけれど、やっぱり少し荒っぽくて、頭がぐわんぐわんと回っている。


 「それより、ひろは何しに僕のところに来たの?来てくれたのは嬉しいけど、別に来る必要はないんじゃない?部屋だって一緒なんだから」


 「別に俺がいつお前のところに来たって俺の勝手だ」


 「それはそうだけど・・・・あっ、分かった。一人だとつまんないんだ!」


どうやら図星だったみたいだ。


 「友達いないの?」


 「いるわけねーだろ!どうせ誰も俺になんか近寄ってこねーよ」


 あんな噂のせいで皆浩の事を怖がって、玲那さんは例外とし誰一人浩には近寄ろうとはしないらしい。


 「でも、幼等部から一緒にいる人っているんじゃないの?何人か仲良しな人いたはずでしょ?」


 昔の浩は今とは違って友達がとても多かった。

 幼等部からずっとエスカレートして上がっている浩なら当然友達がいっぱいいると思っていたけれど、あんな噂があってなのか、幼等部から付き合いが会った人たちのほとんどが浩から離れていったみたいだ。

 でも、皆が皆浩から離れたのではなく、浩の事をよく知ってくれている人はずっと変わりなく浩と接していてくれていたみたいだけれど、浩が噂が落ち着くまで少し距離を置こうと言ったらしく、たまに連絡を取るぐらいしかしていないみたいだ。

 この事を聞いたとき、僕はとても嬉しかった。

 浩は一緒にいる事で相手に自分のことで迷惑をかけたくないから、自分から距離を置いている。

 こんな相手思いな浩がどうしてこんな噂が流れるのだろうと疑ってしまうほど、浩は優しい。それを気づかない人が何処かおかしいと僕は思う。


 「教えてくれありがとうひろ。でも、そろそろ席に戻らないとチャイムが鳴るよ?」


 「鳴ったっていいじゃねーか。せんこう来てから座ったって問題ねーよ」


 「それはそうだけど・・・・席、近かったらよかったのにね」


 席が近ければ、先生が来るギリギリまで話をすることが出来るし、すぐ座ることが出来るけれど、遠ければ戻るのに時間が掛かる。

 浩はそういった事をまったく気にしていない様子だけれど、僕が気になってしまう。


 「んなこと、玲那に言えばいいじゃねーか」


 理事長の孫である玲那さんに言えばなんでもすぐに出来るだろうけど、あまりそういう手は使いたくないけど、やっぱり浩と席が近いほうがいいと思ってしまう。


 「で?どうなんだよ。玲那に言ってやってもらうのか?それともこのままでいいのか?」


 僕じゃ決められない。僕に決められるわけがない。


 「っち、お前は昔から素直で真面目すぎるんだよ。使えるもんは何だって使えばいいじゃねーかよ。今回は俺が玲那に言っておくから、今度何かしてほしいと思ったら、お前から言えよな」


 僕はこれまで自分が素直だとは思っても真面目だと思った事は一度もない。浩が不真面目すぎるのだと僕は思う。

 使えるものは何でも使えと言われても、そんな度胸は僕には備わっていない。そういったものは全て浩が持って言ってしまったと僕は思う。


 「あっ、チャイム鳴っちゃった。早く席に戻らないと駄目だよひろ」


 話を逸らすため、ぐいぐいと浩の背中を押して、自分の席に行くようにしようとしたけれど、僕の力ではびくともしなかった。


 「んな力じゃ、俺は動かないぜ。もう、わーったよ。席に戻るから、押すな。くすぐってーよ」


 ポンポンと三回僕の頭を叩いてから、浩は何気に笑いながら自分の席に戻っていった。


 「ひろのバカ・・・・何も頭を叩かなくてもいいのに・・・・バカバカ、ひろのバカ」


 たいして痛くもないのに叩かれた頭を撫でながら、人に聞こえないぐらいの声でボソッと呟いた。


 「あ?なんか言ったかきよ!」


 聞こえていないはずなのに、まるで聞こえているかのように叫んできた。

 恥ずかしかった。もう少し回りの事を考えて欲しいと思ったけれど、浩にそんな事を言っても意味がなさそうな気がした。

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