再会10

 目が覚めたとき、外は暗かった。

 どれだけ眠っていたんだろう。

 頭はスッキリしていて、体も軽く、気分も良かった。


 「目が覚めた?気分はどう?」


 「だ・・・大丈夫です」


 「そう、よかった。心配したのよ?」


 「ご心配おかけして申し訳ありません」


 謝る事しか出来なかった。


 「はい、これ、ずっと眠っていてお腹、空いたでしょ?少しでも食べないと体が持たないわよ」


 そういって渡されたのは、作りたてのお粥だった。

 いい匂いがする。


 「お・・・・おいしい。これ・・・中華粥ですか?」


 一口食べて分かった。

 ダシがしっかり取れていて、とても手が込んでいる。


 「普通のお粥では栄養がつかないかなっと思って、作ってみたの。でも良かった。あまり自信がなかったんだけど、美味しいって言ってくれて。これは皆には内緒ね」


 「はい」


 あまりの美味しさに、全部食べてしまった。

 本当に美味しかった。


 「ご馳走様です。とても美味しかったです」


 食べ終わった食器を渡し、それを受け取った寮管さんは食器を洗うために部屋を出て行き、入れ違いに、志気君と寮長さんがやって来た。


 「帰って来たときに寮管から聞いてびっくりしたが、大丈夫なのか?」


 「もう大丈夫です。ぐっすり寝たおかげで、今朝よりも体が軽いです」


 「ファボット君、この部屋にいても大丈夫なの?何もなかった?」


 朝の事を心配してくれているのだろう。


 「特に・・・・何も?あっ・・・でも・・・・」


 寮に帰ってから、ずっとこの部屋で寝ていたけれど、これと言って何もなかった。


 「でも、なんだ?」


 よく覚えていないけれど、誰かが僕の頭をずっと撫でていてくれたような気がした。

 あれは誰だったのだろう。とても知っている感じだったけれど、分からない。


 「ううん、なんでもないです」


 「そうか?ならいいんだが、何かあれば何でも言ってくれよ。いくらでも迷惑をかけてくれればいいんだからな」


 「あ・・・・・はい・・・」


 そんな事を言われたら、本当にそうなりそうだ。

 なるべくそうならないようにしたいけれど、自分の体がどうなるのか予想つかない。


 「さっき、飯食ったんだろ?薬は飲んだのか?」


 「まだです」


 食後の薬を飲まなければならない。飲まないとまた倒れる事になる。

 薬を飲むため、ベッド脇の小さな台の上に置いた薬の袋をとろうしたら、あるはずの場所に薬がなかった。


 「あれ・・・・あれ?」


 寝ている時に下に落としたのかと思って確かめたけれど、下にも落ちてなかった。

 他の場所も見てみたけれどやっぱり見当たらない。

 どうしよう。あれがなければ、今は大丈夫でも、この先やっていく事が出来ない。

 もう駄目だ、僕は絶望の淵に立たされた。


 「何してんだよてめー、馬鹿じゃねーの?」


 「お・・・・お前は」


 「中川・・・・浩君」


 突然表れた中川君。

 薬紛失騒ぎで、部屋に帰ってきていたことに誰も気づいていなかった。


 「下ばっか見てんじゃねー、ここは見たのかよ?」


 「え?」


 下ばっかり見ていて、気が付かなかったけれど、ベッド脇にある小さな台に引き出しがついていた。

 引き出しを開けてみると、中に薬の入った袋が入っていた。


 「あった。・・・・あ・・・ありがとう、なか・・・・・・え?」


 教えてくれたお礼を言うため、中川君の顔を見たとき、僕は驚いてしまった。


 「ふん・・・・・」


 僕が薬がないことで騒いでいたため、何事かと思って見に来たんだろうけど、薬の場所を言ってから自分の場所に戻ろうとしていた。


 「まって!」


 「ファボット君、近づくとあぶないよ!」


 忠告は聞かなかった。

 初めて会った時はちゃんと顔が見えなかったけれど、今ははっきり見える。

 間違いであって欲しくない。間違うはずがない。そう思いながら、勇気を出して今自分が思っている事を言ってみた。

「も・・・もしかして・・・・ひろ・・・・・なの?」 


「だったら、何だって言うんだよ」


うっとうしそうな顔をしているけれど、まったく僕は気づいていない。


「ひろ・・・・本当にひろ・・・なんだよね」


「そうだよ。だから何だっていうんだ。澄」


嬉しさのあまりなきそうになった。

浩は双子の兄。

両親が離婚してから実に八年ぶりの再会だった。


「ひろ・・・ひろ・・・・ひろ・・・会いたかった・・・会いたかった・・・」


「そっか・・・君が、澄君のお兄さんだったのか」


「ええ?あ・・・え?どういうことなの志気」


寮長さんには分からないと思うけれど、志気君は分かっている。

名前は言わなかったけれど、兄がいると言う事は話したことがあった。


「説明は後だ雄姿。俺たちは戻るぞ」


二人っきりにしてくれるみたいで、志気君は寮長さんの腕を引いて、自室に戻っていった。僕と浩の関係も話してくれると思うので、僕の口から話すこともない。


「ひろ・・・ひろ・・・・」


「澄、いい加減離れてくれないか?」


冷たい言葉だった。

八年も経てば、昔とは違うのは分かっていたけれど、こんなに変わっているなんて思っていなかった。


「嫌だ・・・・離れたくない」


ガッシリと浩にしがみついて離れようとはしなかった。

離れたくない。

せっかく再会できたのに、もう、離れ離れになりたくない。

でも、浩はそう思っていない。だから、僕がしっかりしがみついていないと何処かに行かれそうで嫌だった。


「変わってねーなお前は・・・・何かあるとすぐに俺にしがみつく」


僕が変わっていないのではなく、浩が変わりすぎたのだと思う。

生まれつき、金色の髪。目は僕の髪の色と同じダークブラウンだったはずだけど、今は髪はいじらずにいるみたいだけど、カラーコンタクトでも入れているのか、目は赤い色をしている。

言葉遣いも変わっているけれど、どんなことであれ僕にとってひろはひろだ。


「薬、まだ飲んでねーんだろ?体よえーんだからさっさと飲んで、寝ろ!」


「寝たら、ひろ、いなくなるでしょ?」


「いなくなんねーよ」


嘘だと思う。

浩は昔から嘘をつくときは足を組む癖があって、今も足を組んでいるから、嘘をついているとすぐに分かった。


「嘘、ついたら知らないよ」


「嘘じゃねー」


変わらず足を組んだままだった。


「分かってないね、ひろ」


「はぁ?まじわけわかんねーぜお前」


嘘でもいい。浩が今ここにいてくれるなら、僕は何でも良かった。


「ほらよ、さっさと飲め」


「うん」


薬を渡されて、言われるがまま薬を飲んだ。

まだ、薬が効いていないはずなのに、あれだけ寝ていたはずなのに、眠たくなってきた。

薬が効いて、完全に寝るまで僕の側にいてくれた浩が、頭をひとなでしてから、部屋をそっと出て行った。

何処に行くのだろうと思ったけれど、出て行ったことに僕は気づいていない。


「バカ正直すぎんだよお前は。ほんとにうぜー・・・・」


何を言われてもいい。突き放されてもいい。でも、僕は決めた、何を言われてもされてもずっと浩について行くと。

そして、これまでの八年間の溝を埋めたいと思った。

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