再会9

「き・・・・きよしくん!今のって三年の尾崎先輩と二年の見境先輩だよね?」


 「え・・・・・あ・・・・はい」


 教室に入るなり、目を輝かせたクラスの女子達が問い詰めるかのように集まってきた。


 「どうしてどうして?どうして澄君はあの二人の先輩と一緒に来たの?」


 自分の席に座りたいのに、座ることが出来ない。


 「えーっと・・・それはですね・・・・・」


 「あっ、でも、澄君って寮に住んでいるんだよね。だったら、先輩たちと一緒に来てもおかしくはないんじゃない?」


 「でもでも、おかしくない?澄君が学園生活に慣れるまで、高等部男子寮の寮長である尾崎先輩と副寮長である見境先輩が寮から高等部まで一緒に通学するのは分かるけれど、でも、どうしてわざわざ澄君をクラスまで送る必要があるの?先輩たちと階が違うんだよ?」


 僕を差し置いて、皆で話し込んでしまった。

 一体僕はどうすればいいのだろう。

 あまり長い時間立っていたくない。


 「あ・・・・あのー・・・そろそろ、席に座ってもいいですか?」


 病み上がりの体には少し立っているのが辛かった。

 そういえば、薬を持ってくるの忘れた。食後の薬も飲んでいない。

 この状態で、放課後まで体が持つのか心配だ。


 「・・・・・・・・・・」


 聞いてくれない。

 「ねぇ、澄君。座ってもいいけど、これだけ、これだけ教えて。どうして、先輩達がここまで来たの?」


 この答えを聞かない限り、開放したくれなさそうだ。


 「・・・・・分かりました。いいます。ですから、そんな目で僕を見ないでください」


 輝きにみちた目で、皆がじっと僕を見詰める。

 押しに押されの降参。

 真実は話すつもりはないけれど、志気君との関係ぐらいは話してもいいだろう。


 「実は・・・・」


 「実は?」


 話してしまった。

 体の事は一切話さなかったけれど、志気君と僕が知り間ということはごく簡単に話した。


 「そっかー、それで、ここまで送ってくれたんだ」


 きゃあきゃあと騒ぐ声が教室中に響き渡る。

 志気君って人気があるんだ。

 志気君ってたまに言い方がきついと思うことがあるけれど、実はとても優しくて、他人思い。そういう性格だから、人気があるのかも知れない。


 「ありがとう教えてくれた。そしてごめんなさい。また私たち迷惑を掛けちゃった」


 教室の入り口を塞ぐように皆が集まってきたので、教室に入ろうとする人は多分迷惑だったと思う。

 ただ、助かったのは、教室に入る入り口が二つだったということだ。


 「では、そろそろ、チャイムがなると思うので、席に着いてもいいですか?」


 何度も何度も謝られた。

 ようやく席に着く事が出来たけれど、登校してすぐにこんな事になってしまい、疲れてしまった。

 今の感じでは、あまり体が持ちそうもない。

 どうしよう。

 暫く授業を受けていて、無理そうなら、早退するしかない。

 もう嫌だ自分の体が。丈夫になりたい。


 「き・・・・澄君、顔色・・・あまり・・・良くないみたいだけど、だ・・・大丈夫?」


 「だ・・・・大丈夫です。少し、疲れてしまっただけなので・・・」


 普段からこの程度の疲れには慣れているけれど、体は正直。あまり顔に出ないはずなのに、珍しく顔に出ていたみたいだ。

 大丈夫とは言えないけれど、心配を掛けたくない。でも、また無理をして倒れてしまったらさらに迷惑を掛ける事になるので、今日は、じっとしていて、それでも無理ならば早退する事にした。


 「さっきのあれ・・・・すごかったよね・・・疲れるのも・・・仕方が、ないと思う」


 調子が良かったら、大丈夫だったのだろうけど、調子の悪い時にああいう事をされると自分の体に負担が掛かるという事がよく思い知らされた。

 「委員長さん・・・・先に謝っています。多分僕、早退するかも知れません・・・」


 気分が悪い。

 お昼まで持てばいいと思っていたけれど、持たない。


 「授業の・・・事は・・・気にしないで・・・・」


 せめて一時間目は受けたい。一つも授業を受けないで寮に帰るのはしたくない。


 「た・・・確か、一時間目の授業は、英語でしたよね?」


 英語は何よりも得意。得意というよりも英語は僕にとって日本語と同じ母国語。

 日本語の読み書きが苦手でも、日本語を英語に、英語を日本語に訳すのはまた別。

 今日は全て借り物になるけれど、教科書以外は志気君の物。志気君から借りた、まったく使っていないであろうと思われる真新しい鞄の中から英語の教科書を取り出した。

 寮長さんから借りた教科書。とても綺麗だ。一年間使用していた教科書とは思えない。

 時間が経つにつれ体の調子が悪くなっている気がするけれど、このまま借りた教科書を使わずにはいかない。とにかく頑張って一時間だけ授業を受けた。

 英語の授業中、先生に何度か当てられた。

 僕がイギリス出身だという事もあって、本場のイギリスの英語がどういった発音であるのかという事で、皆にお手本を見せるため、先生と教科書の内容を読んで聞かせたり、先生が言う質問を英語で答えたり、実際、どういう場所でどういう言葉が使われるのかと言う事を教壇に立って色々と話をした。

 皆、とても真剣に聞いてくれた。質問も色々され、僕が知っている限りの事を話した。そしていつしかチャイムが鳴り、授業は終わったけれど、どうも皆に好評みたいだったらしく、またしてほしいということだった。先生からもお願いされ、たまにならいいと返事をした。

 席も戻った時、もう駄目だと思った。

 立っているのも辛かったのに、一時間立ちっぱなし。こんなはずではなかった。

 授業は楽しかったけれど、やっぱり辛い。

 体力の限界だった。これ以上授業を受けていたらみんなの前で倒れてしまうと思ったので、早退する事を決めた。前もって委員長に早退するかもということを伝えていたので、他の女子に見つからないように教室を出て、事情を伝えるために職員室に行って先生に担任の先生に会ってから、ふらふらと寮に戻った。

 寮に着くと、高等部から連絡がきて僕を出迎えるために玄関の前に出て僕を待っていてくれたのだろう。とても心配そうな顔をしていた。


 「大丈夫なのファボット君。朝は大丈夫そうに見えたけれど、昨日の夜、副寮長の見境君がファボット君が倒れたと聞いてから心配していたのよ?」


 「ご・・・ご心配をかけて・・・すいません」


 「まあいいわ。さぁ早く中に入って・・・・」


 何とか寮までたどり着いたけれど、もう限界だった。

 寮管さんの肩を借りて、部屋に行った。

 女性に肩を借りるなんて、男として情けないし、恥ずかしかった。でも、こうしないと自力で部屋にいく体力がほとんどない。

 部屋に戻った僕は、服を着替えるよりも先にベッドに腰を掛けベッド脇に置いている薬の袋を手に取った。


 「ハイお水。必要でしょ?」


 渡された水を貰い、薬を飲んだ。

 これで暫くすれば薬が効いて落ち着くと思う。

 イギリスを発つとき、結構な量の薬を病院で処方されたけれど、既にこの調子なので、いつまで持つのか分からない。

 もし薬がなくなれば、日本の病院に僕が飲んでいる薬を処方してもらえるように紹介状を渡されているので、大丈夫には大丈夫だけど、あまり病院にはいきたくないと思っていた。

 とりあえず今は薬が効くまで待って、それから服を着替えて、ベッドの中に入った。

 眠たい。

 薬が効いてきた証拠だ。


 「少し、休みなさい。目が覚めた頃、うんと美味しい物を作ってきてあげるわ」


 「は・・・・はい・・・・」


 寮管さんの優しい声を聞きながら、眠りにつこうとしていた。


 「あら?誰か来たのかしら?」


 部屋の扉が開く音がした。

 この時間はまだ授業中。大学部側ではない限り、この高等部側の寮に生徒はいないはず。

 寮管さんが気になって扉まで見に行くと、僕と同室の人が帰って来たみたいだった。

 たしか名前は中川浩って寮長さんは言っていた。


 「珍しいわね。貴方が帰ってくるの、何かあったのかしら?」


 「るせーなばばあ・・・・どうしてここにいるんだよ」


 「私は貴方の同室の子が体調を崩して看病するためにいるの。だから、いては悪いかしら?」


 寮管さんがいてくれてとても助かっていた。

 いなければ僕ひとりでここにいられるはずがない。


 「はぁ?んなこと俺は一切聞いてねーぞ。で、誰なんだよそいつは」


 「入寮日の説明会に貴方がいなかったからでしょ?それに彼は、リュッセル・澄・ファボット君は、少し事情があって一ヶ月休んでいて、昨日ここに来たの。だから、知らないのも仕方がないけれど、いなかった貴方も悪いわ」

 慣れているかのように怯むこともなくズバズバト言っている。


 「う・・・・・・」


 言い返せないらしい。

 どうやら寮管さんのほうが一枚上手らしい。


 「今は寝ているけれど、どういう子か顔を見る?寝顔、とっても可愛いわよ」


 「はぁ?どうして俺がヤローの・・・ってひっぱんじゃねーよばばあ!」


 ぐいぐいと服の袖を引っ張り僕の所まで、中川君を連れて来ていた。

 どうしても僕の顔を見せたかったらしい。


 「ね?とても可愛いでしょ?あれ?どうしたのかな?急にだまちゃって、もしかして惚れちゃった?」


 楽しそうに寝ている僕の顔を眺める寮管さん。

 さっきまで威勢が良かったのに、僕の顔を見るなり黙ってしまった中川君。一体どうしたというのだろう。


 「・・・・・・き・・・・・きよ・・・・・・」


 「本当にどうしたの?貴方がそんな驚く顔をするなんて珍しい」


 気づいていないのだろうか、さっき中川君はボソッと僕の名前を呼んだ。


 「き・・・・きよだよな・・・・・お前」


 寝ている僕に問われても答えられない。


 「あれ?知り合いだったの?」


 僕はまだ中川君のことを気づいていない。でも、中川君は僕のことを知っているみたいだ。


 「おいばばあ、どうしてこいつがここにいるだ?」


 「ここにいるって、言ったでしょ?貴方の同室の子だって!」


 「んなじゃねーよ。だから、どうして澄がここにいるんだって言ってんだよ。こいつがこんな所にいるはずなんかねーんだよ」


 まるで問い詰めるかのように寮管さんに突っかかった中川君。

 どうしてそこまで興奮しているのかまったく分からない。


 「な・・・なに?何が言いたいの?何がなんだか私には・・・・」


 「こいつは、俺の弟だ。見間違えるはずがねー」


 「お・・・弟って・・・・え?でも・・・・」


 状況が飲めていないらしい。

 何度も僕と中川君の顔を見合わせている。


 「ん・・・・んん・・・・」


 薬で深く眠っているはずの僕が、流石にこの騒ぎで目を覚ましてしまった。

 折角眠っていたのに、起された僕は、少し不機嫌だった。

 薬が効いているため、まだ頭がはっきりせず重たいけれど、ベッドから体を起した。


 「・・・・・さい・・・・」


 うるさいと言いたかった。


 「ご・・・・ごめんねファボット君。折角眠っていたのに、起しちゃったね」


 不機嫌のあまり、目が据わっているらしく、中川君に何を言われても動じなかった寮管さんの腰が引けていた。


 「きよ・・・・すまない」


 五月蝿くして本当に申し訳ないという顔で誤られた。


 「き・・・・君は?」


 頭を押さえながら、中川君のほうを見た。


 「えー・・・えーと・・・彼は、中川浩くん。貴方の同室の人よ。そして・・・・」


 「言わなくていい」


 寮管さんが何か言おうとしたとき、中川君が止めた。何を言おうとしていたのだろう。


 「五月蝿くしてすまない。だが、今はゆっくり寝ろ。きよ・・・・・」


 心地がいい声。僕は何度もこの声を聞いたことがある。


 すごく懐かしい。とても安心する。


 するとなんだか、すごく眠たくなった。


 「そうだ、ゆっくり休め」


 そっと優しく頭を撫でられながら、優しく体を寝かしつけられ、そのまま僕は再び眠りについた。


 「・・・・すごい・・・」


 寮管さんが感心していた。


 「昔と変わらねーなら、こうすれば大丈夫だと分かってたからな。こいつ、寝ているのを無理やり起すと俺でも止められねーほど、機嫌が悪くなるから・・・・」


 「でも、弟さんがいるなんて、何処にも・・・・・・、苗字だって、違うし、それに年が・・・・」


 学園側から渡される書類に書いているはずがない。


 「こいつと俺は双子だ。両親が離婚して俺は親父に、こいつはお袋に引き取られ名前は変わっているが、間違いない」

 「そう・・・だったの。だったら、話は早いわ。このまま、ファボット君のことお願いしていもいいかしら?私は、目が覚めたときのために何か作っているから」


 「え・・・・あ・・・・・・」


 思い立ったら行動。言うだけの事をいえばこの場を去る、これが寮管さんのスタイルみたいだ。僕も何度かされている。


 「ちっ、言ってしまいやがったぜ、あのばばあ・・・・」


 兄弟だと言う理由で無理やり押し付けられた。

 中川浩。

 本人の言うとおり、僕の双子の兄。

 両親が離婚をするまで、僕たちはとても仲のいい兄弟だった。

 いつの何をするにも僕は兄である浩と一緒にいた。

 浩も僕の体の事は知っているので、体調を崩して今日みたいに寝込んでしまった時でも、浩は、ずっと僕の側にいて看病してくれた。

 でも、そういうことが出来たのは僕達が七歳になるまでだった。

 両親が離婚してから、僕は母に引き取られイギリスに行き、浩は父に引き取られた。

 離れ離れになってしまった僕たちは、連絡手段がなかったため、こうして再会をするまでお互いの事など分からなかった。


 「きよ・・・・どうして、帰って来た・・・・・馬鹿だ・・・本当にこいつは馬鹿だ・・」


 馬鹿と言いながらずっと僕の頭に手を乗せて撫でてくれている。

 温かい手。

 この手が兄である浩の手である事を気づかずにいるなんて、情けなかった。

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