秘めた思いと繋がり
しぎょく
再会1
ずっと帰りたいと思っていた。帰りたかった。
何年もそう思っていた。
それがようやくかなえる事が出来た時、嬉しさのあまり、言葉が出なかった。
嬉しかった。
帰ることが出来る。それだけで良かった。
「リュッセル・澄・ファボットです。少し事情があって、皆さんより少し遅い入学になりましたが、これからよろしくお願いします」
クラスの皆が注目する中、教壇の上に立って、簡単な自己紹介をした。
事情があって入学式に出ることが出来ず、一ヶ月遅れてようやく初登校することが出来たが、皆から注目され正直とっても恥ずかしかった。
自己紹介を済ませた僕は、先生に言われた席に向かったが、自己紹介をしている時からずっと思っていたけれど、女子生徒の視線が痛いほど感じる気がする。
気のせいだと思いたいけれど、どうしてだかとても嫌な予感がしてたまらない。もし、予感が的中したとしても、その時はその時でどうにか出来ればいいかなと思い、痛い視線の中、席に座った。
「あ・・・・・・あの・・・・ふぁぼ・・・と・・・・君・・・・」
鞄の中から授業の用意をするため、授業に必要な物を取り出しているとき、隣の席に座ってい女子生徒が言いづらそうに話しかけてきた。
「え?・・・あ・・・言いにくいですよね僕の名前。もしよろしければ澄又はリュッセルって遠慮なく呼んでください。多分、こっちでは澄のほうが言いやすいかと思いますが、お任せいたします」
「あ・・・・え・・・あ・・・・そ・・それじゃあ・・・・澄・・・君」
急にそんな事を言われて戸惑ったのか、戸惑いつつも恥ずかしそうに僕の名前を呼んだ。
「なんですか?」
「あのー・・・・失礼じゃなければ・・・・これ、どうぞ!」
勇気を振り絞ったという感じで、一冊のノートを僕に差し出してくれた。
せっかく渡してくれた物をつき返すのは僕のマナーに反するので、ご好意に甘えて受け取る事にした。
多分ノートの中身は想像でなくても分かったけれど、一応ノートの中をパラッと目を通す感じで見てみると、僕が一ヶ月休んでいた間の授業の内容が、びっしりとノートに書かれているのだけれど、ただノートに授業の内容を書くだけではなく、見る側に対して、解説が付いているかと思うほど、とても分かりやすくとても綺麗な字で書かれていた。
「あ・・・・ありがとうございます。とても助かりました」
いずれ、誰かに見せてもらわなければならないと思っていたが、まさか、登校初日に、これまでの授業の内容が書かれたノートが貰えるなどとは思っていなかった。
確か先生が、クラス委員長の隣の席だって言っていたような気がするけれど、だからと言って、ここまでしてくれると言うわけではないような気がする。
多分、この人の性格なのだろうと僕は思った。
これでも、事情があって一ヶ月学校を休んでいる間、自分なりに、勉強はしていたけれど、自分で勉強するのは限界があった。
だから、このノートはすっごく助かった。とてもありがたい。
このノートさえあれば、誰かに教えて貰わなくても、教えてもらうのと同じぐらいの効果があると思う。
もう、感謝しても感謝しきれない。
委員長のおかげで、一ヶ月の遅れをどうにか埋められそうだと思い、休み時間にゆっくりノートを見て、勉強をしようと思ったけれど、どうやら勉強は当分お預けになりそうだった。
ホームルームが終わり、一時間目の授業が終わるまでは問題はなかったけれど、授業が終わった瞬間、クラスの女子がいっせいに僕を囲みこむように集まってきた。
あの視線は僕を狙う視線。そして、嫌な予感はこれだったのだと言う事を、身を持って実感してしまった。
「ねぁねぇ、ファボット君。ファボット君のこと、澄君って、呼んでもいいかな?それとも、リュッセル君って、呼んだほうがいい?」
唐突な質問だった。
「僕は別にどちらでも構いませんが、皆さんの言いやすいように呼んでください。お任せいたします」
女子の皆で検討した結果、澄で統一するらしい。
そういえば、澄って呼ばれるのは、久しぶりかも知れない。
普段親からはリュセと呼ばれていて、久しぶりに澄と呼ばれて、くすぐったい感じがした。
「ねぇねぇ澄君。ずっと思っていたんだけど、澄君って、何処かの国のハーフか何かなの?名前もそうだけれど、目の色がすっごく綺麗だよね」
「ありがとうございます。この目の色はイギリス人である母譲りなんですが、そういっていただけて嬉しいです」
髪は黒に近いダークブラウンだけれど、目はブルーグリーンで、角度が変わったり、太陽の下に出ると金色がでるらしいけれど、自分では分からない。見たことがないから。
「へぇー、澄君のお母さんって、イギリスの人なんだ。どうりで、綺麗な顔だと思った。じゃあ、澄君のお父さんって・・・・」
「父は、日本人です。僕が幼い頃に、両親が離婚して、僕は母に引き取られ祖父母のいるイギリスにいましたが、それまではずっと日本に住んでいました」
「ご・・・・ごめん、なさい。聞いちゃ、いけない事を・・・・・」
「皆さん、そんな顔しないでください。別に僕は気にしていませんよ?」
親が離婚して以来僕は一度も父とは会っていない。会いたいとも思わない。
父は母と僕を捨てた。どんな理由があったにしても、もう、僕にとって終わったことなので、気にする事でもない。
「・・・・・え・・・・・うん・・・でも・・・・・」
「さっきまでの勢いはどうしたのですか?本当に僕は気にしていないので、どんどん質問してください。どんなことでも、僕が答えられる範囲で答えさせていただきますよ?」
女性に暗い顔をされるのは、男として嫌だ。明るい顔でいて欲しい。
「う・・・・・・うん!じゃあねー・・・・」
キーンコーン・・・・キーンコーン
「え?うっそ・・・もっといっぱい話したかったのに・・・・・、また、次の休み時間も、いいかな?」
キラキラと期待したような目で皆が見ていた。
もう、これは逃れられないだろう。
「いいですよ。今度は僕からも話させて下さいね」
にっこりと笑いかけたら、女子たちはキャーキャーといって嬉しそうに皆は席に戻っていった。
チャイムが鳴った事で一時的皆から開放されたけれど、次の休み時間もまたこんな状態になってしまうのかと思うと、気が重かった。
僕が、今年から通うことになったこの夢見ヶ丘学園は、入学するのがとても難しいとされている有名な超進学校。
より高度な教育が出来るようにと、幼等部から大学部までエスカレーター式にされているらしく、この学園に通う生徒の大半が幼等部からいるらしい。
その為、内部進学するのはとても簡単らしいが、途中から高度な教育をするより、初めから高度な教育を出来るように、入学制限がかけたれているらしく、外部からこの学園に入学するのがとても難しくされている。
だから、ハーフの僕が珍しいと言うよりも、ここの生徒特に女子生徒は外部から入ってきた僕が珍しくて、集まってきたのだろう。
多分、暫くすれば、なれて落ち着くだろうから、それまでは僕がみんなのパワーに負けないように頑張らなくてはならないだろうと頭の片隅で思っていたが、それ所ではなかった。
二時間目の授業は国語、実は僕は国語が苦手だ。
イギリス生活が長かった為、言葉は不自由する事はないけれど、いまだ、読み書きは苦手だったりする。
こんなんで、よくこの学園の高等部に外部入学ができた心底思う。
「・・・・澄君・・・・大丈夫?」
「え・・・・・あ・・・・・・そのー・・・・・」
いま、僕はとっても必死だった。
授業を受けているのはいいのだけれど、先生が黒板に書いた事とか、教科書に書かれていることとか、先生の言っている事をノートに書くのがとても大変で、プチパニック状態になっていたのを見て、委員長が声をかけてくれたのだろうけれど、大丈夫と聞かれ、大丈夫と答えられなかった。
「もし・・よかったら、わたしの・・・ノート・・・見る?この先生、書くこといっぱいだから・・・慣れない人には・・・大変だと思うから・・・・」
委員長の言うとおり、この先生は次から次と、黒板に書いていく。
「でも・・・それじゃあ・・・・・」
「私は大丈夫・・・先生にも、学校に慣れるまで、フォローを頼まれたけれど・・・私が、したいと思ったから・・・・だから・・・・」
ここまで言われると、お願いをするしかない。
現に、意味が分からないところがいっぱいで、何がなんだか分からなくなっていて、どうせ、誰かに見せて貰おうと思っていたから、委員長は僕にとって救いの女神だ。
「そ・・・それじゃあ・・・すいませんが、ノート・・・いいですか?」
ノートを受け取り、とりあえず書き写す事にした。
ただか書き写すだけでは、意味がいいけれど、今は書き写すことに専念して、後でさっき貰ったノート一緒に調べながら勉強しようとおもった。
借りたノートはさっさと書き写して、委員長に返した。
委員長は急がなくても良かったのにと、言ってくれたが、それは嫌だった。
あまり女性に仮を作りたくはない。それが紳士というものだという事を祖父に教えられてきたが、仕方がない時もあるということも教えたれた。
その時は、仮を返すのではなく、紳士として何かをしてあげなさいと言う事を言われたが、まさに今がその時かもしれないけれど、そんな経験のない僕にはどうすれば良いのか分からなかった。
情けない話だけれど、委員長のおかげで、二時間目の授業を終え、どうにかやり過ごす事が出来た。
どうにかお礼が出来ればと思っていたが、休み時間になった瞬間、再びクラスの女子達が僕の周りに集まってきた。
「澄君、澄君!」
「なんですか?今度は何が聞きたいですか?」
「えーっとね、今度は、澄君の誕生日と、血液型、後は趣味とか聞きたい!」
よく見ると、クラスの女子達がメモ帳を片手に持っていた。
今の質問をメモに取るつもりで皆で僕に言う事をあらかじめ相談していたのだろう。
「僕の誕生日は六月二十五日のみずがめ座です。血液型はA型で好きな食べ物は洋ナシといった果実が好きです。趣味はそうですね・・・・・音楽鑑賞でしょうか。クラシックを聞くのがとても好きです」
あれだけ騒がしかった女子が、今は僕が言ったことのメモを取るのに必死だ。ペンの音しか聞こえない。
「へー・・・澄君って、クラシックが好きなんだ。でも、そんな感じがする。優しそうな雰囲気が漂っているし、澄君にあっていると思う」
「分かる分かる」という声があちらこちらから聞こえてくるけれど、本当に分かっていっているのだろうか。クラシックってとっても奥が深い音楽で、軽い気持ちでそんな風に思われたくないけれど、女性にそんな事が言えるはずがない。
「澄君。嫌だったら答えなくてもいいけれど、好きな人っているの?」
「そういった方はいませんよ。これまで一度も、女性と付き合ったこともありません」
恋愛としては一度もない。
友達として何度か遊びに行ったことはあるけれど、そういう時は僕一人ではなく、友達と一緒の場合が多い。
「澄君、可愛くてモテそうなのに、いがーい。じゃあ、好きな女性のタイプって何?」
どうしてだろう。子どもの頃は言いとして、イギリスにいる時も周りの人から可愛いとよく言われていた。いくら僕が可愛くても、男に可愛いって言葉は、禁句なのに。
「好きな女性のタイプですか・・・・そうですね・・・・・・・」
考えていなかった。
どういったタイプが僕の好みなのだろう。
強いて言うなら、支えてくれる人がいいけれど、女性に支えてもらうのはあまり好きじゃない。反対に僕が支えたいと思う。だから、違う。
「・・・・・大和撫子のような女性でしょうか・・・・料理がとても上手で、明るい家庭を作ってくれるような女性がいいですね」
嘘ではないけれど、本当でもない。
僕が思う一般的な女性の理想を言ってみた。
「じゃあ、私、立候補しようかな?」
一人がそういうと次々と「わたしも」という声が聞こえてきたけれど、僕にはまったくそういう気持ちがなかった。
こういう場合はどうしたらいいのだろう。断りたいけれど、断り方が知らない。
ここはイギリスではない。基本昔から断る事を知らない僕は、いつも誰かに頼ってしまい、いつも、周りから自分から断る方法を知りなさいといわれた事も何度かあったが、結局これまで一度も自分で断ること成功した事がなかった。
既に、断ることに自信がないけれど、勇気を出して言うしかない。ここは日本。イギリスにいた頃と違ってもう誰も断ってくれない。
「・・・・・ご・・・・ごめんね皆。そういってくれる気持ちは嬉しいのですが、それでは、他の人に迷惑になるかも知れないので、気持ちだけもらってもいいかな?」
言えた。
ちゃんと言えたかまでは分からないけれど、自分で考えて言った。初めて言った。
「そっか・・・・・・そうだよね。ごめんね澄君、私たち、周りの迷惑も考えずに突っ走った事いちゃって・・・・澄君って、私達が思っている以上に優しいんだね」
僕の気持ちはちゃんと皆に伝わったみたいだった。
これまで僕は、自分が断ることで相手に迷惑をかけることになってしまうのではないかと思い、ずっと断れずにいて、でも、言葉の言い方一つで、相手にそう思われない言い方があるのだと、いま、初めて知る事が出来た。
「・・・・じゃあ、ここに、私達が集まっているのも迷惑だよね・・・・ごめんね澄君、私たち、澄君の迷惑も考えず、集まって・・・・さぁ、皆、もうすぐチャイム鳴ると思うし、解散しよう!今度からは迷惑が掛からないように、質問するのは少人数でしましょう!」
多分この人は、この集団のリーダーみたいなものなのだろうか。僕に質問してくるとき、他の人もいたけれど、ほとんどがこの人だったような気がする。
後で僕から皆に色々話を聞こうかなと思っていたのに、今の一言で、いっせいに皆が解散してしまい聞くことが出来なかった。
せめて、あの人の名前を聞きたかったけれど、いずれ聞くことが出来るだろうと思っているうちに、三時間目を告げるチャイムが鳴り、授業が始まった。
三時間目の授業は、とりあえず委員長にノートを見せてもらうようなことはなかったけれど、一瞬パニック状態に陥りそうなとき、委員長にノートを見せてもらいそうにはなった。
しかし、あまり人に頼るのは好きじゃない。
できるだけ自分の力でしたいと思い、パニックになりそうでも、今回は頼らなかった。
結局僕は、黒板に書かれている事をノートに写す事で手が一杯で、パニック状態になり、先生の言う事まで追いつかず、無意識のうちに英語でノートに書いていた。
その時に僕は気づいた。
別に全て日本語で書く必要はない。
ここは日本。出来るだけ日本語で書きたい。
でも、今は黒板に書かれている事を日本語で書くのが精一杯。だから、今だけ、慣れるまでの間、先生の言う事は英語で書いて、後で日本語に書き直そうと思った。
元々、日本語を英語に訳すのはイギリスでもよくして変な癖が付いてしまっているので問題はなかった。
こんな方法で、四時間目もどうにかやり遂げ、お昼休みとなった。
「ねぇねぇ澄君。お昼はどうするの?もし良かったら、私たちと一緒にしない?校内案内するよ!」
皆、お昼休みになるまで僕の言った事を守るため待っていたのだろう。
昼休みの間は人が集まっても迷惑にならないわけではないが、気にするような人はあまりいないだろう。だから、皆は僕をお昼に誘うために、鞄の中からお弁当を取り出してやって来たのだろう。
「誘っていただいてありがとうございます。皆さんの気持ちはとっても嬉しいのですが、このお昼休み中に、職員室に来て欲しいと先生に言われていて・・・」
昼食を取ってからで言いと言われているけれど、色々あったためなのか、あまり食欲がなかった。
「そっか・・・・先生に呼ばれているならしかたがないよね」
「すいません・・・・もしよろしければ、明日誘っていただいてもよろしいですか?」
せっかく皆が誘ってくれているのに申し訳なかった。
「もちろん、澄君ならいつでも歓迎よ!・・・じゃあ、私たちは裏庭の広場にいると思うから、先生の用事が早く終わったら、来てね。待っているから!」
ぞろぞろと皆が教室から出て行った。
多分皆、高等部の裏庭にある噴水広場と呼ばれる場所に行ったのだろう。
噴水の周りにある花壇に四季よりどりの草花が植えられていて、それを見るために椅子とテーブルが備え付けられており、憩いの広場として開放しているらしい。
丁度見て見たいと思っていたので、先生の用事が早く終わり時間があれば、顔を出すついでに、見てみようと思いながら、僕も教室を出て、職員室に行った。
先生の用事はすぐに終わった。
一ヶ月休んでいた事で、入学前にしなければならなかった幾つかの手続きが出来なかったので、明日までに書類を記入して提出して欲しいらしいが、一枚だけ今日中に提出してほしいと言う事だった。
渡された書類はどれも、自分が書く書類ばかり、母に書いてもらうようなものはなかった。
教室に戻って早速渡された書類を書こうと思ったけれど、急いで書く必要もないので、このまま裏庭に行って、噴水や花を見てみたいし、皆が僕を待っていてくれているのなら顔を出さないと申し訳ないということで、行ってみることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます