三度目こそは裏切らない人と……

コアラvsラッコ

第1話

 親父は流れ者の傭兵だった。


 いくつかの戦地を渡り歩いた後、仕事で立ち寄った辺境の農村に腰を据えた。


 そこで出会った未亡人の女に惚れて。


 彼女には一人娘が居た。


 娘の名前はニーナ。

 初めて会った時は少し怯えた様子だった。

 しばらくの間はぎこちなかったが、村の男の子からイジメられているところを庇った事で懐かれた。

 それからは俺の後ろをチョロチョロとついて回るようになり「お兄ちゃん」と言って慕うようになってくれた。


 俺も悪い気はしなかったのでニーナを実の妹のように可愛がった。


 裕福ではないが笑顔が溢れる幸せな時間だった。


 でも、悲劇は突然訪れた。


 村が冒険者崩れの野盗の集団に襲われたのだ。


 勿論、親父も応戦したが多勢に無勢。

 何より野盗の首魁は恐ろしく強かった、それこそ親父と同等に。


 奮戦虚しく親父は殺され、男共も皆殺しにされた。残った女子供は連れて行かれてしまった村の蓄えと一緒に。


 俺はそれを、涙を堪えて見ているしかなかった。

 

 俺は何も出来ずに、親父に叩き込まれた気配を隠すすべを使って、理不尽な暴力が去っていくのをひたすら耐え忍ぶしかなかった。


 パニックで大声を上げそうになった為、仕方なく気絶させたニーナの手を握りしめながら。



 そしてニーナが目を覚ました時、すでに野盗達は去った後で、村には俺達二人だけが残された。


 その日からニーナは泣き続けた。

 寂しさと恐怖のせいか俺から離れようとしないままに。

 それからは村に残った僅かな食料で食いつなぎながら生き長らえた。

 定期的に来てくれていた旅の商人が来るまで。


 商人の男は俺達を保護してくれると、領主の居る街まで連れて行ってくれ、村の惨状を領主に報告してくれた。

 更に身を案じて、伝で住み込みの出来る仕事まで斡旋してくれた。


 行く当も無い俺達はそれを受け入れ、兄妹として住み込みで働くことになった。

 場所は商家の別邸で、主である「ドボル」は滅多に屋敷へ来ることはなかった。


 そこで俺とニーナは下働きとして懸命に働いた。

 

 給金は僅かなものだが寝床と食事は与えられた。

 その僅かな給金を蓄え、いずれはここを出て一緒に暮らしていこうと約束して、支え合って行った。


 ニーナが十五の成人を迎えるまでは……。



 その日、珍しく別邸に来ていたドボルの目にニーナがとまった。


 母親に似て美しく育ったニーナは、同じ下働きの者たちからも人気があった。だが俺という防波堤がそれらを近づけさせなかった。

 でも、「ドボル」は違った。

 彼は俺らの主であり、金と権力を持っていた。

 少しだけ腕っぷしの強い俺なんかではどうにもならなかった。


 主であるドボルに部屋へと呼び出されたニーナ。

しばらくするとは泣きながら部屋へと戻ってきた。


「お兄ちゃん……」と俺に縋り付き泣きじゃくるニーナを何とか宥めて事情を聞いた。


 話を聞いた俺は怒りと共に「ドボル」を殺してやろと部屋を出ようとしてニーナに止められた。


「あいつを殺して、お兄ちゃんが捕まったら私は本当に一人ぼっちになっちゃう」からと言って。


 このまま二人で屋敷を出ることも考えたが。

 別の職に就くのもドボルの圧力で難しいと言われた。

 そう言ってヤツはをニーナを脅していた。


「もし逃げたらこの街で暮らしていけないようにしてやる」と。


 他の街に行くにしても、蓄えた給金だけで暮らしていくのは厳しかった。


 何も出来ない無力な俺に、泣きながらニーナは無理やり笑顔を作って言ってくれた。


「私なら大丈夫だか、お兄ちゃんと一緒にいるためなら……だから今日だけは抱きしめて、全部忘れさせて」と。


 俺はニーナの願い通り抱きしめて眠りについた。嫌な記憶が少しでも和らげばと願って。



 しかし願い虚しく、その日以降、ドボルが別邸に訪れる事が多くなった。


 それからニーナの憂いた表情が続き、俺は何も出来ない自分を何度も責めた。


 だが日が重なるにつれ少しづつニーナの様子が変わっていった。

 最初の切っ掛けは甘いお菓子をこっそりと持ってきてくれた事。

 笑顔でアイツから貰ったお菓子を俺と一緒に食べた。

 そこから更になし崩しに変わっていた。

 綺麗な服を着て俺に見せてくれたり。

 美味しい料理を出すお店に連れて行ってくれくれたから今度行きたいね、などと楽しそうに俺に話してくれた。

 そして決定的だったのはニーナにだけ個室が与えられた事だ。使用人が使うような部屋ではなく貴賓室のような立派な部屋が。

 表向きは成人した兄妹が一緒の部屋で寝るのは良くないと、ご立派な理屈を並べての配慮であった。

 

 そこからニーナと顔を会わす機会が極端に減った。

 最初は困ったような笑顔を向けてくれていたが、次第にそれすらも無くなり、着飾るドレスも豪華になるにつれて目も合わせてくれなくなった。



 理由は俺も分かっていた。


 ニーナがドボルに見初められたことで、村にいた頃や、使用人の時では考えられない贅沢することを許された。


 いまさら贅沢を覚えた者が、わざわざ硬い黒パンと味のないスープに満足出来るはずもない。

 すきま風が入り込むボロボロの狭い部屋より、暖の効いたフカフカのベッドで休みたいと、誰しもが思うものだ。

 なにより女なら見窄らしい服より綺麗なドレスで着飾りたいに決まっている。


 どれも今の俺では与えられない物。


 無力で何も持っていない俺では、今のニーナを喜ばせることなんて出来ないと分かっていた。


 分かっていたが、俺は最後の望みに掛けた。


 俺は親父仕込の気配を隠す技を使ってニーナの部屋に向かった。

 向かう途中に何人かの使用人とすれ違ったが、上手く気配を殺していたため気づかれることなく部屋までたどり着けた。

 ニーナの部屋には鍵はかかっておらず、簡単に入ることが出来たが最悪な場面に遭遇する。

 それは、よりにもよってニーナが肥えた中年の男を喜んで迎え入れ、淫らに喘いでいる最中だった。

 迂闊な俺はドボルが別邸に来ていることを忘れていた……いや、きっと俺はアイツの存在を無意識のうちに自分の中から消そうとしていたのだろう。


 目に写った光景のあまりの醜悪さにたまらず部屋を出る。

 なんとか吐きそうになる気持ち悪さ堪え部屋まで戻る。


 愛していた存在が、醜く太った、まるでオークのような男に嬉々として抱かれている様に、自分の中の何かが壊れて行く気がした。

 

 その日はもう何もかもがどうでも良くなり、ニーナと話をする事を諦めた。


 それからしばらく無気力な日々が続いた。

 しかし、どうしてもニーナを諦めきれない俺はもう一度、気力を振り絞りニーナの部屋に向かうことにした。


 今度は同じ失敗をしないためにドボルが来ていない事を確認した上で。


 俺は前回と同様に気配を消してニーナの部屋まで向かう。部屋に入るとニーナはドボルから貰ったと思われるお菓子を頬張っている最中だった。


 前とは違う、俺の知っている子供っぽいニーナの様子に少し安堵感を覚える。

 お菓子に夢中で俺に気付かないニーナにそれとなく声を掛ける。

 突然声を掛けられニーナは驚いていたが、俺と久しぶりに会ったことには喜んでいない様子だった。

 ニーナは、一緒に居たときには見せたことのない、冷たい眼差しで「なんのよう?」とだけ尋ねてきた。


 その瞳に気圧され言葉を躊躇う。

 でも、家族として、ニーナの今を状況を見過ごすわけにはいかなくて、俺は真っ直ぐニーナを見つめて話を始めた。


 ドボルの元から離れてまた一緒に暮らしていこうと。


 もしかして、ニーナは脅されて、俺を庇って嫌々ドボルに抱かれているのではないかと、そんな一縷の望みに縋って。 


 けれど、ニーナは俺がそんな提案をしてくるとは思っていなかったらしく目を見開いて驚く。

 しかし、すぐに冷たい表情に戻ると嘲笑うように言った。


「今さらね」と。


 そして、「最初は確かに嫌々だったけど、今は望んでここに居るのよ」と。


とどめは「ドボル様に可愛っがって貰えれば、美味しい食べ物も綺麗な服も、何だってくれるんだもの、今さら貧しい暮らしなんてしたいと思うわけないでしょう」と俺を突き放した。


 聞いていて辛かった。

 言葉通りだから。

 何もしてやれない自分自身の無力さを実感させられる。

 でも……それでも情というのは簡単に捨てきれるものではなかった。


 俺はニーナに家族としての想いを込めて訴えかけた。


「アイツはお前を本当に愛してやいない。目を覚ましてほしい、今からでも力を合わせて生きていこう。これまで二人で力を合わせて生き抜いてきただろう」


 しかし、ニーナは冷たく笑うと蔑んだ目で俺を見て言った。


「本来、アナタと私は血の繋がっていない赤の他人ですよ。それにアナタといてもとても幸せになれるとは思えません。だって何もできないですよね、ゲイルさんは、村が襲われた時だってそうだったでしょう」


「…………」


 返す言葉が無かった。

 ずっと実の妹のように思っていた存在から告げられた言葉は俺の心を折るのに十分すぎた。


 ただ不思議と悲しいのに涙は出ず。

 心を覆い尽くすのは虚しさだけだった。

 俺は言葉なく振り返るとニーナの部屋を出る。


 そこから自分の部屋に戻ると簡単な身支度だけ済ましそのまま屋敷を抜け出した。


 もちろん行くあてなんてない。

 でも、もうあの屋敷に居る理由も無い。


 俺は少しづつ貯めていたお金を使って駅馬車に乗り込むと見知らぬ他の街に向かう。


 そうして街を渡り歩いているうちに路銀も尽きた。仕方ないので徒歩で放浪しているうちに、今度は食料も尽き果て、俺は意識を失い行き倒れてしまった。


 


――――――――――――――――――――


読んで頂きありがとうございます。


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