第12話 写真

「三上さん?」


 よほどぼんやりしていたのか、伊藤いとう沙羅さらの顔を覗き込むようにして見ながら言った。沙羅は首を振ると、顔を上げ、「お願いがあるんだけど」と言った。伊藤は首を傾げて、


「お願い?」

「そう。写真を撮ってほしいんだ。『千尋ちひろ』と一緒に」


 スマホをカバンから取り出すと、カメラを起動させて伊藤に渡した。受け取った伊藤は、


「じゃあ、もう少し後ろに下がって。そう。その辺」


 まっすぐスマホの方を見ていると、そばを通ろうとしていた人が、


「撮りましょうか?」

「えっと……」


 伊藤がためらって、沙羅を見た。沙羅が頷くと、伊藤も頷き返し、


「では、遠慮なく。ちょっと待ってくださいね」


 その人に言ってから、沙羅のそばに来たが、「あ。違うか」と小さく言い、バラをはさんで反対側に立った。


「いいですか。撮りますよ」


 スマホのシャッター音が聞こえた。沙羅は、お礼を言ってスマホを受け取った。伊藤もお礼を言って、頭を下げた。その人は笑顔で手を振ると、また歩き出した。


「いい人だね」


 沙羅が言うと、伊藤は「そうだね」と言ったが、


「三上さん。また何か悩み事? さっき、深刻そうな顔してたよ」

「悩みではないけど……」


 言い淀んだ。


「ごめん。いつか話すよ……たぶん」


 沙羅の言葉に、伊藤は微笑みを浮かべて、


「うん。わかったよ。別にいいんだ。何か手伝えればいいな、と思っただけだから」


 沙羅は伊藤を見上げた。伊藤は沙羅を見返し、「何?」と目で訊いてきた。沙羅は目をそらして、もう一度『千尋』を見た。


(また来るね)


 心の中でバラに話しかけてから、歩き出す。


「三上さん。バラ園を出たら、お屋敷をバックにして写真撮るよ」

「ああ。そうだね。お願いするよ」


 広い庭の真ん中辺りに立ち、伊藤に写真を撮ってもらった。これを見せたら、おばあちゃんは何て言うだろう、と思っていた。


 庭の隅に置かれたベンチに座ると、沙羅はスマホの写真を見た。


(私は、ここから逃げたのよ)


 そう言った時、祖母はどんな顔をしていただろう。せつないような、泣きそうな、そんな表情だっただろうか。祖母は、どうしてここから逃げなければいけなかったのだろうか。何か説明された気もするが、沙羅が幼稚園にも行っていないような小さい頃のことで、思い出せない。


「ここ、いいね。また一緒に来ようよ。あ。三上さんが嫌でなければ、だけど」

「嫌じゃないよ。さっき、『千尋』にも言ったんだ。また来るねって」


 つい、余計なことを言ってしまい慌てたが、伊藤は別に気にした様子もなく、「そっか」と言っただけだった。


「三上さんとさ、こうやって二人で出かけられる日が来るなんて全然思ってなかったから、本当に嬉しいんだ。今日は、ありがとう」

「え? 何か、ここで解散みたいなこと言ってない? 食事するんだよね」

「三上さんが構わないなら、予定通り食事しようか」

「そのつもりだったし。そろそろ行く?」


 名残惜しいが、いつまでもここにいるわけにもいかない。沙羅が立ち上がると、伊藤も立ち上がり、


「じゃあ、行こう」

「うん」


 屋敷の敷地を出て坂を下りている途中で、沙羅は立ち止まり、振り返った。


(ここで何があったんだろう)


「三上さん?」

「あ、ごめん。行こう」


 沙羅は伊藤の方を見たが、すぐに前方に向き直り、歩き始めた。

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