第6話

 よくわかんねー奴だったな。

 坂の中腹の自宅まで自転車を漕いで帰ってきた俺は、脳裏に半澤を思い浮かべた。

 あれから、半澤の家族に挨拶でも、と思ったんだが、半澤が「少し遅くなっちゃったから、早めに帰って家族を安心させてあげなよ」と言ったので、そのまま帰ることにした。やんわりとだが、茶を濁されたのは確かだ。気にはなったけれど、リストカット痕のことがある。あまり安易に踏み込まない方がいいのかもしれない。

 色々考えながら、家の戸を開け、ただいま、と一声上げる。返事を待たずに俺は自転車の荷物下ろしに戻った。

 サドル後ろに括っていたボックスティッシュを両手に、玄関先にとさりと置く。ふと辺りを見回して苦笑した。誰も手伝いに来やしない。

 まったく、と溜め息を吐き、持ちきれなかった荷物を持って、中に入った。靴を揃えようと視線を落として気づく。誰の靴もない。そういえば声がしないな、とは気づいていたが、まさか誰もいないとは。

 荷物を抱えて居間に入ると座敷の中央に置かれたちゃぶ台の上に白いものが置いてあった。

 荷物を下ろして手に取れば、姉貴の汚い走り書きで「あんた遅いからみんなで出かけるわよ。お腹すいたんなら園崎さんちにでも行けばいーわ」などと書いてある。

 あまりにも勝手な言い様に、俺はくしゃりと紙を握り込んだ。自覚できるくらいに拳が震えている。

 荷物を片付け、買ってきた塩を片手に俺は台所へ向かった。時計は九時半を指している。まだぎりぎり朝ごはんだろう。

 釜の中にご飯があるのを確認し、俺はいそいそと準備をした。おにぎりとインスタントの味噌汁でいいや、とややなげやりに作業する。

 ほぼ空の塩の容器に買ってきたのを詰めながら、ふと半澤の顔が浮かぶ。

 あいつ、何か作ってったら喜ぶかな。

 一応世話になったわけだし、何か礼をしたい。それなりに料理はできるつもりだから、後で手軽な菓子でも作るか。

 そうして半澤のことを考えているうち、身勝手な姉や家族への怒りはいつのまにやら消えていた。



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