第58話 君に伝えたいこと④何をしたら喜ぶ?

 夕ご飯の支度までにまだ時間があったので、善は急げとわたしは布を買いに行った。


 そこで思わぬ出会いがあった。なんと卵売りと遭遇したのだ! 卵売りって本当にいるんだ。妙な感動を味わう。いえね、そんなフレーズを歌うCMがあったんだよ。今となっては調べられないからわからないけれど。わたしは卵売りを見たことがなかったから、それが本当にいたのかそのCMの世界のものなのか知らないんだけど。

 籠に卵がゴロゴロ入っていた。下には柔らかい布かなんかが敷かれていたみたいだ。  

 へーー。


 コッコの卵を6つ購入した。みんなの分となると10個は欲しいところだが、ヤギのミルクもいるし。何より本当は布を買いに来たわけだし。ポーションの価格が下がったことが地味に痛い。市場に行ってミルクも買う。アグレシの蜜が手に入ってからずっと作って食べてもらいたいなーと思っていたのだ。やっと、叶う。 


 急いで街の布屋さんに飛び込む。ひとつは暗めの茶色の布。これで巾着リュックを作って、スラムのみんな専用のマジックバッグにする。あと、草色の布をみんなのリュック分。紐も買わなければ。あ、これだけ縫うとなると糸もか。


 しまった。布もこれだけの量になると大変重たい。バッグに入れちゃえばいいのだが、人通りのないところまで行かないと入れられない。そこまで運ぶのに難儀な量だ。


「あれ、ランディ?」


「ソングク!」


 赤い髪に青い瞳。どちらも主張する色だからか、見かけが派手に見える。


「どうした? その荷物」


「考えれば大量になるのはわかったはずなんだけど、一気に買っちゃったんだ」


「慎重そうに見えるのに、行き当たりばったりだな」


 反論できない。


「持ってやるよ」


 ソングクはわたしが苦労して持っていた大量の布を、軽々と持ってくれた。


「ありがとう、助かった」


「これで何を作るんだ?」


 サプライズでリュックを縫おうかと思っていたけれど、運んでくれている人に内緒というのも気が引けるし。縫ってればわかっちゃうし。


「みんなに、リュックを作ろうと思って」


「リュックってランディが背負ってるバッグのことか?」


 うんと頷く。

 少しソングクは考えて、それから言った。


「あのさ、ランディ。おれにも作り方、教えてくれない?」


「作り方って、リュックの?」


「そう」


「いいよ。一緒に縫おうか」


 承諾するとソングクは嬉しそうに笑った。


「裁縫に興味があるの? それともバッグが欲しくて?」


「裁縫に興味がある。たった1枚のペロンとした布がいろんな形になって役に立つだろ。それが不思議でさ」


 へぇー、そっかぁ。


「ソングクはデザイナーっぽいね。きっといろんな形でいろんな役に立つものを作れるようになるんだろうな」


「おれがデザイナー?」


「うん。そういえばお風呂作りの時も、機能性や見せ方を一番気にしてたもんね。役立つものが増えたら、みんな喜ぶね」




 今日の目玉は、デザートのプリンだ。そ、卵とミルクと蜜で、プリンを作りたかった。あまーい、とろんとしたのを頬張って欲しい。量はあんまり作れないけれど、多分、この甘さは喜ぶはずだ。アグレシの蜜もそこまであるわけじゃないから、カラメル部分はカットだ。


 チャーリーに手伝ってもらう。


「何を作るの?」


「プリン。デザートだよ」


「デザートって貴族様が食べるやつ?」


「そうだっけ? まぁ、ご飯の後の甘いもの。おやつ、おやつ」


 よくわからないから、誤魔化してしまえ。


「チャーリー、卵といておいて」


 最初のひとつだけ、まな板にコツンと卵の殻を打ちつけヒビ入ったところに指を入り込ませるようにして割って、お皿に卵を落とす。フォークでかしゃかしゃといて見せて、残りの5つを押し付ける。

 わたしはお鍋にミルクを入れて温める。ちらりと横を見てみれば、こわごわでありながらも、殻を上手に割っている。


 元の世界だと卵1個50グラムぐらい。ミルクはその倍で、砂糖は半分ぐらいだったと思う。

 コッコの卵はかなり大きい。倍には届かないけど、80〜90グラムはあるかも。960のミルクって1リットルの牛乳パックいかないくらいか。こんくらいか?

 砂糖は240って、蜜のどれくらいだろう。

 あ。

 物は試しに、アグレシの蜜を240グラムとマジックバッグに念じてみると、木皿の6分目ぐらい蜜が入っていた。

 スッゲー、使えるな、マジックバッグ!

 ミルクもこうやって測ればよかった。

 ま、いいや。覚えているレシピの配合もうろ覚えだしな。


「ランディ、できたよ」


「ありがとう」


 ミルクを人肌に温めて、蜜をいれる。火を細くして沸騰させないように気をつけながら、蜜を溶かす。溶けたら卵液を入れて混ぜて。本当はこすのだけど、今日はこのまま。

 大きな木皿に液を入れて、お湯を張った鍋に入れて蒸す。


「甘い香り」


 チャーリーが鼻をひくひくさせている。大きいお皿で一個作りだから、少し長めに20分蒸して、そのまま10分放置。

 その間に、カラメルのことを熱く語っておいた。金銭的と砂糖や蜜に余裕がある時はぜひ、カラメルも試して欲しい。わたしはなくても大好きなんだけど。


 ご飯の後に、お玉でプリンを掬い、みんなのお皿に配っていく。

 食べる前から、ちびちゃんたちの瞳がキラキラしている。

 ぱくっと一口食べると、歓声が挙がった。甘いものがそこまで好きではないトーマスでさえ頬がゆるんでいる。

 やっぱり、甘い物は癒しだよね。

 わたしも一口。こしてはいないけど、つるんとした食感は格別で、あまーくて、幸せな気持ちになる。


「おいしいね」


 隣のチャーリーに言われて、わたしは頷いた。


「おいしいよね!」


 

 

 後片付けが終わると、クリスとベルンが駆け寄ってきた。


「ランディ、プリン、すっごくおいしかった!」


「何でできてるの?」


「卵とミルクと蜜だよ」


 たった3つの材料に、溶かして混ぜて蒸すだけなのに、甘〜い幸せに酔わせてくれる。なんて素敵なレシピだろう。


「卵とミルク、どうしたんだ?」


 あ。


「街に行ったらさ、卵売りがいたから思わず買っちゃって。プリンがどうしても食べたくなっちゃって」


 言い訳みたいになってしまう。この前、トーマスには、食べる物は特に自費で買わないようにと注意を受けたばかりだ。


「ねぇ、なんでランディはおれたちに、こんなよくしてくれるの?」


 ベルンが気を引くように、わたしの腕を引っ張る。


「よくしてる?」


 うん、とクリスが頷いた。そう感じてもらえたならよかった。


「それはみんなが好きだから、気に入られたくてしてるんだよ」


「ランディ、おれたちを好きなの?」


「スラムの子なのに、好きなの?」


 クリスとベルンが詰め寄ってくる。


「わたしはいい人間じゃないからね、好きでもない人に何かしたいとは思わないよ」


 わたしは利己的なのだ。


「おれ、ランディに何もできないのに?」


 い奴め!


「何もできないなんてことないよ。わたしはいっぱいもらってるよ」


 もらい過ぎなぐらいだ。

 まぁ、気持ちはわかる。もらってばっかりと思えちゃうと、自分が何もできないとありありと思えてきて、辛くなっちゃったりするんだよね。


「それに、最初に助けてくれたのはみんなだよ。外では気をつけていたけど、街中でたかられるとは思ってなかったからな。あの時、なんのゆかりもない、ただ行きずりのわたしを、なにもいいことないのに助けてくれたのは君たちだ。助けてもらえなかったら、ただたかられるだけじゃなくて、今頃奴隷として売られていたかもしれない。いっぱい感謝したいのはわたしの方だよ」


 そう、本当にあの時助けてもらっていなかったら、ぼこぼこにされて売られていたかもしれない。あいつらは人がどうなろうと躊躇いがなさそうだった。


 だから、ありがたくて。みんなのためにできることをしたかった。でもどうすればいいのかそれもあやふやで。そんな時指標になったのは、やはりモードさんだった。

 モードさんは途方に暮れて、お腹を空かしていたわたしを、きれいにしてくれて、ご飯を食べさせてくれて、しっかり眠らせてくれて、守ってくれて、生きていけるようにいろいろ教えてくれた。

 わたしはモードさんみたいに強くもないから、守ることはできない。できることは少ないけれど、モードさんの真似をした。こんなふうに言ってくれるってことは、少しは役に立てたんだ、と思いたい。



 元の世界でも、わたしはたくさんの人から多くのものをもらってきた。返しきれない恩があった。だからこんなに何もできないのにどうしたらいいんだろうって想いは、よくわかる。


 会社の先輩はお茶やご飯になると必ずご馳走してくれた。折半となっても、絶対に多く出してくれる。その度に心苦しくて、せめて今日は奢らせてくださいと言ったことがある。すると言われた。

「とっても気持ちは嬉しいから。そうだな、いつか後輩ができたら、そしたらその子たちにしてあげて」と。

 自分たちも先輩からそうしてもらってきたから、と。受けた恩は下の子に返して、そうやって世界は循環していくものだと教えてもらった。もちろん、それは奢るということだけじゃなくてね。


 わたしもそんな歯車になれたらと思う。モードさんがわたしを一人でも生きられるようにしてくれたみたいに。わたしも歯車のひとつになれたらいい。


「ねぇ、ランディは何をしたら嬉しい?」


「そうだな、じゃぁね、これから、もし、わたしみたいに困っている子供がいたら、できる範囲でいいから、手を差し伸べてあげて。わたしはみんなにそうしてもらって救われたから」


 少しだけ不安そうな顔で、クリスとベルンは頷いた。

 きっとそうやって、向こうでも、こっちでも想いは循環していくんだろう。

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