第30話 ブルーノイズ⑥また会うために

 朝がきた。縛られて、直置きで、眠れないんじゃないかと思ったが、うつらうつらはしたようだ。


 食事は1日1回だそうだ。昨日の夜のスープが激マズだったので、そこまで悲しくならなかった。朝の水はくれた。トイレも外に連れて行かれて用を足した。広い施設の一角という感じがした。

 また元の部屋に入れられる。あとは放っておかれる。


 ジフに場所の見当がついたか尋ねたところ、街の集会場だという。申請をすれば誰でも使える何室も集まった大きな施設で、よく人が出入りするところだそうだ。ただジフも入ったことがない、かなり大きな団体が何日もまたいで使用することを想定した離れ的な一角だという。そして使用している部屋には人は寄り付かない、と。廃墟とか隠れていそうな怪しいところだと探してくれるかもしれないが、逆にそんな堂々とした街の中の施設なら、こんなところにいるとは思いつかないかもしれない。

 何もしないで助けを待つだけでは厳しそうだ。現にゴロツキ以外の人の気配はしないし、音も聞こえない。大声で助けを呼んだとしてもそれが届く前にゴロツキに制圧されそうだ。


「ジフはどうしたい?」


「?」


「今の望み」


「お、オレは家に帰りたい」


 蜂蜜色の瞳に涙が溜まる。


「わたしもモードさんに会いたいし、神獣の子供のこともなんとかしたい」


 ジフは怯えた目で泣いている。


「隙があったらなんとか逃げて。それで助けを呼んでほしい」


「一緒に逃げよう」


「わたしは足が遅いから足手まといになる。それにジフなら地元で詳しいでしょ? 逃げられるよね?」


「隠れるのは得意だ。だから一緒に逃げよう。ひとりで残って、逃したって何されるかわからない」


「一緒に逃げられるタイミングだったらそうする。だけど、ジフだけの時に逃げられそうな時があったら、迷わず逃げて。それで助けを呼んで。ジフを信じるから、お願い」


 ジフの瞳から怯えの色が消えていく。決意をした力強い色が宿る。


「お前もそうしろ。ひとりでも逃げられる時があったら逃げて、助けを呼んでくれ。信じるから」

 

 わたしたちは頷きあう。また、大切な人に会うために。

 方針は決まった。


「わたしご飯係になる」


 この部屋にいるだけでは、何もわからない。

 出される食事は、はっきり言ってまずい。ゴロツキたちも同じように思っているはずだ。

 見回りに来た人に声をかける。なんでそんなことしたがるんだと言われたので、事実を返す。


「マズイから」


「お前、いい度胸だな。兄貴が奴隷になんて言わなきゃ、弟分にしてやったのに」


 ゴロツキに勧誘された。でも実際まずかったので疑われなかった。話は上まで通って受理される。


「いいか、見張ってるからな。変なこと考えるなよ。お前がなんかしたら、こっちの坊主を痛めつけるからな」


 わたしは神妙そうに頷いた。悪い奴の考えそうなことなんて、想像ついていたもんね。

 足の縄は外されるが、手はまだだ。疑い深いな。こんな子供が何かできるわけないじゃん。

 ピーピー、クークー鳴き声が聞こえる。神獣の子供たちが閉じ込められている部屋だろう。


 そこを通り過ぎてカマドのある部屋に連れていかれる。テーブルの上には野菜や肉が置かれている。なんだ、材料はちゃんとあるんじゃん。なのに、なんであんなマズイものが出てくるんだろう。そして思い当たる。基本は全て生煮えだったからだけど、あれは材料全部ぶち込んだ系だったんだ。それであまりにもいろんな味が混ざりすぎて、合わない食材も一緒に煮込んだからああいう味になったのか。


「いいか、変なことするなよ」


 わたしにお付きの一番若い兄ちゃんが手首の縄を外す。やっと自由になった。手をブラブラさせる。


 わたしは材料に目をやる。キャベツもどき、人参もどき、春菊もどき、コッコのお肉。


「調味料はありますか?」


 塩、ナンプラーもどき、レモンもどきがある。


 窓から見えるところにローズマリーが生えている。取ってきていいか聞いてみる。

 何に使うのか聞かれたので、一緒に焼くと臭みがとれてお肉が美味しくなると教えてあげる。

 とってきてくれるというのでお願いする。


 キャベツと人参のスープ。春菊のサラダ。人参をお肉で包んで蒸し焼きにしよう。

 包丁ではなくナイフで野菜を切るのは未だに苦手だ。

 でもこちらでは野菜の皮を剥くことはしないので、助かっている。

 ナイフで皮剥くの難しいもの。


 たらいに水を入れて、野菜を丁寧に洗う。人参はスープとお肉用で切り方を変え用意し、キャベツはざく切り。

 コッコは一部の皮をスープ用に。あとは観音開きにして人参とローズマリーを挟み込んでくるくると巻く。

 火をつけてもらい、巻きつけた止め口を下にしてお肉を焼き出す。コッコの皮は脂たっぷりだから炒めものにはありがたい。


 もう一つのお鍋に水とコッコの皮とキャベツと人参を入れて火をつける。

 温めている間に、春菊を洗い、葉のやわらかいところをむしる。よく水を切って、葉っぱ部分はお皿に盛り付ける。敵はテイマーさんを含め5名。わたしたちを含めて全員で7人だ。


 春菊の茎の部分はお肉の隣に置いて、一緒に炒め蒸しをする。

 スープが沸騰したら、火を弱めて、様子を見る。野菜が柔らかくなったら塩で味を整えて完成。

 コッコ巻き4つに火が入ったようなので、塩をふり、一人分の半分にして、それぞれ皿に盛る。

 サラダ部分に塩をふり、ナンプラーもどきをかけて、レモンもどきの果汁を加えてなじませる。

 人様に出す場合、きちんと撹拌してタレとしてかけるべきだが、相手はわたしに危害を加えるかもしれないゴロツキ、これで十分だ。スープをもう一度温めて、かったいパンも温める。ワンプレートに盛り付け。あ、いや、スープだけはお椀に持って出来上がり。


 若いあんちゃんは感動している。わたしの成果が認められ、食事は1日2回になった。

 そう、食事をちゃんとくれるところは、良心的といえないこともないかもしれない。量もきちんとくれるしね。わたしたちが従順だからというのもあるだろうけど、なるべく高く売りたいので弱らせたくないと思っているようだ。


 

 ご飯係をやって、ゴロツキたちのリズムが見えてくる。一番上の危険そうな頰に傷のあるやつは奥の部屋から滅多に出てこない。若いのを取りまとめているのはナンバー2だ。油断ならない男で、よく見ている。3番目がマズイご飯を作った奴みたいで、外へ買い物に行ったり使いっ走りだ。4番目は神獣の子供やわたしたちのお世話係。テイマーさんは、わたしたちよりは自由だが、行動は制限されているみたい。テイマーさん以外は、『ソコンドル語』を話す。わたしが料理するところを監視しながら、3人で話す時などは外国語だ。わたしがわからないと思って自由に話す。最初は何の話をしているのかと思ったが、テイマーさんはやはり仲間ではなかった。病気の妹を人質に取られ、無理やりやらされているようだ。


 ジフの言っていた通り、施設の離れ的一角を丸ごと借りているらしく、他の人が入ってくることはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る