第29話 ブルーノイズ⑤密猟

 頭がぐらぐらする。なんだっけ?

 気持ち悪っ。そうだ、なんか薬みたいのをかがされたんだっけ。

 目を開ける。ぼんやりとしか見えない。ジフかな?


「おい、大丈夫か?」


 声でジフとわかった。少しずつ、視界はクリアになってゆく。


「……ジフは大丈夫?」


「大丈夫だ」


 ふたりとも手首と足首を縛られて転がされ、一室に放置されている感じだ。


「何がどうなったの?」


 気持ち悪いのを誤魔化したくて、ジフに話しかける。


「神獣の子供を連れて行こうとしたのを見ちゃったんだ。そのオレを連れていこうとしているところにお前が来て、捕まった」


 あの白いのは神獣の子供か。


「神獣の親は?」


 子供はともかく、大人は人より強いはずだ。


「よくわからないけど、森になんか仕掛けたって言ってた。親子で水を飲みにきたのに、なぜか、親だけ森に帰ったんだ。夕暮れになったら、テイマーが子供たちに封印具の首輪をかけたんだ」


 森のグスコングスは何か関係があるのかも。


「封印具って何?」


「神獣の神気を封じ込めているんだと思う。そうすると親が居場所を辿れないから」


 神獣の子供をどうするつもりなんだろう?


「ここがどこかわかる?」


「オレも今気づいたばかりで、運ばれた時は気を失っていたからわからない」


 あたりはうす暗い。きっとモードさんに心配をかけている。

 絶対、探してくれている。宿屋のご主人たちもジフのことも心配していたしね。だから、大丈夫だ、絶対。


「縄、切れるようなものない?」


 わたしより先に気づいただろうジフに尋ねる。


「何もない」


 ぐるりと見渡し、あっさり納得する。わたしたちふたりが転がらせられている以外何もない。

 少し頭を動かしたら、気持ち悪いのが増した。


「オレたち、どうなるのかな?」


 7歳の子供だ、励まさなきゃいけないところだけど、それどころではない。本気で気持ち悪くなってきた。何これ、どうしよう。


「お前らは奴隷商人に売られるんだよ」


 入ってきたのはゴロツキだった。下から視線をやると、わたしたちをいたぶるのが、楽しくてしょうがないとでも言いたげな顔で笑っている。

 濃い茶色の髪で、頬に大きな傷があった。


「ほら、水だ」


 わたしを起こして竹筒の水筒みたいなものから水をくれようとしたのは、わたしが助けを求めようとして薬を嗅がせてきた張本人だ。

 水なら飲みたいところだが、わたしは顔を背けた。


「ただの水だ」


「おい、何勝手なことやってる」


 傷の男が金髪さんに怖い声を出した。


「あの薬大人用だろ? こんな子供には強すぎるから薄めてやらないと」


「自分で嗅がせといて、いい人ぶるのか」


「そんなんじゃない!」


 金髪さんが荒れた声をあげた。


「あんたたちのいう通りにひとつもなってないじゃないか。本来なら、魔物が暴れて街に入ってきて、もうとっくにこの街からおさらばしているはずだろ。そしたらこの子供たちだってあの場に置いてくるだけでよかったのに」


「強い冒険者が討伐したんだとよ。迷惑なこった」


 多分、モードさんのことだ。こいつらがグスコングスに何かしたんだ。


「ガキには傷つけるな。まだちっこいから、こんなのが市場に出るのは珍しい。高く売れるぞ」


 頰に傷のある男は、長い髪を後ろでひとつに結んだ男に告げた。

 嫌な目つきだ。人を人とは思ってないね。基準は自分にとって利益があるかないか。それで判断している顔つきだ。

 言われた髪の長い男も、ギロッと嫌な目つきでわたしたちを見た。全てを見透かすような、言いようのない気味の悪さが残る。

 金髪さんはわたしに水を飲ませ、ゴロツキの後を追って出ていった。

 ゴロツキの中で金髪の人だけは、ちょっと違うかも。落とし所かも。


 とりあえず、売られるまでの安全は確保された。

 ほんと、とりあえずだけど。

 とにかくここにいることを、誰かに知らせるのが先決だ。


 水を飲んだら、少しは落ち着いてきた。ジフを見ると、静かに泣いている。


「大丈夫だよ」


 思わずいうと睨んでくる。


「奴隷になるんだぞ? 何が大丈夫だ。適当なこと言うな」


「宿を出るとき、女将さんたちにジフに会ったら帰るように言ってって頼まれた。女将さんたちはわたしがギルドに向かったのを知ってる。モードさんが帰ってきてわたしがいなかったら、絶対に探してくれる。みんなが探してくれる。だから絶対に大丈夫」


「そうかもしれないけど……間に合わないかもしれないじゃないか」


 ジフの嗚咽が漏れる。そうだよね、そこが怖いよね。


「そうだね。だからわたしたちも、ちょっと足掻こう」


 ジフがわたしを見る。涙いっぱいの目でわたしに問いかける。


「何を、するんだ?」


「まず、情報を集める。ここはどこか、敵は何人か。ここはどんなところで、助けを求められないか、逃げ出せる何かがないか。何がどう繋がるかはわからないけど、知っていることが多ければ、有利になることがあるかもしれない」


 あと、人は何かすることがあると、ちょっとは落ち着くものだ。


「神獣の子供は何匹いた?」


「3匹……だったと思う」


 眉根を寄せている。


「ゴロツキは何人いた?」


「ええと、4人。外国の奴だ。変な言葉話してた。それとテイマー」


 話していて、落ち着いてきたみたいだ、よかった。パニックになるのが一番まずいからね。

 と思いつつ、わかってはいるけど、何かあった時、わたし自身が一番にパニクる自信がある。

 それにしても外国人か、まずいな。


『シリさん』


 声に出さず、心の中で呼びかける。


『……はい、マスター、お呼びですか?』


 なんて使える! 声に出さなくても反応してくれた。


『言語マスターについてですが、少し細工をしたいのです』


『できるかどうかの判断はつきませんが、どのようなことでしょうか?』


『特別に指定する以外、わたしが話すのはこの大陸の公共語と設定したいのです』


『可能です』


『どの言語も理解でき、けれど公共語以外は、どこの国の言葉と教えて欲しいです』


『可能です』


『では、その2点をお願いします』


『指定外はマスターが話すのは公共語とし、公共語以外の言語には案内を入れます。マスターがどの言語も解することに変わりありません。に、設定しました』


『ありがとうございます』


『はい、マスター。いつでもお申し付けください』



 ふう、うまくいった。

 もらった力が、相互言語ぐらいの勢いだったら難しかったかもしれないが、マスターと名のつくところから無茶振りしてもいけそうな気がしたのだ。神様に感謝しかない。


「テイマーはどんな人?」


「お前に水を飲ませた金髪の人」


 あの人、テイマーなのか。


「封印具って簡単に外せるのかな?」


「付けるのは誰にでもできるけど、外すのは解呪できるやつしかできないだろう?」


 呆れ気味に言われた。そういうものなのか。

 神獣のところにいって封印具外せばいいってものじゃないのね。

 ふーむ。

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