第16話 保護者⑦神頼み

 街中に女性の長蛇の列ができている。領主の家に続くらしい。


 うわー、ごめんなさい。心の中で謝る。こんなことにならなかった方法があったんだとは思うけれど、あの時のわたしには思いつかなかったし、今のわたしにもどうにもできない。

 そして、ごめんなさい。今はまだ解決を試みる気持ちにもなれそうもなく、さらに逃げるつもりである。もっと遠くへ。


 冒険者ギルドにわたしを抱えたモードさんが入ると、わさわさした。モードさん体格いいからね。どんな強い人が来た?ってなっちゃうのかな。窓口がいくつかあり、混雑している。奥の方に物品の販売スペースがあった。

 近隣諸国の簡易地図はギルド登録者ならただ、一般人だと200Gだそうだ。この町では旅人でいると言ったモードさんは、あめ色の硬貨を2枚出して地図を買ってくれた。

 ほれ、と渡される。


 レティシア。東隣のミルデンから時計回りに、エリュシオン、デシュエルト、ソルク、ハーバンデルクという国々に隣接している。エルフの多いと聞いたデシュエルトのさらに北にある国だった。デシュエルトの南にアルバーレンがあった。ほとんど縦に、下からアルバーレン、デシュエルトその上にレティシアがある感じだ。


 わたしはアルバーレンにいたはずなのに、国をひとつ越えたのも謎だけど、王子もよくこんなとこまで探すな。聖女ちゃんは、なんでそんなにわたしを侍女にさせたいんだろう?


「旅のものだが、魔物を討伐した。買ってもらえるだろうか?」


 カウンターのひとつで、モードさんが職員さんに声をかける。


「はい、問題ありません。ギルド未登録者からは査定料をいただくのですが、よろしいですか?」


「ああ、査定料は討伐料から引いてもらえるか?」


「承知いたしました。こちらに出していただけますか?」


 モードさんはバッグから、この街に来るときに討伐した魔物たちのあれこれをカウンターに出した。いつも最低限のものしか持ち帰らないが、今後はバッグがあるからまるごとでも持ってこられるなとウキウキしていた。ちなみにその際にバレるマジックバッグの存在は、ダンジョンでゲットしたことにするそうだ。


 おー、ダンジョンあるんだな。ちょっとだけ見てみたい。魔物を倒すのは夢のまた夢なので、現実味は薄いけれど、ドロップ品ってのが出るんだよね、多分。マジックバッグをゲットしたことにできるってことは、宝箱も出てくるとかだよね、多分。ドロップ品とかお宝とかたまらんロマンだ。うーー、いいなーーーー。


「こんなキレイに仕留めるなんて、冒険者登録なさらないんですか? あ、すみません。つい、余計なことを。ええと、討伐料とこちらの素材は買取でよろしいでしょうか?」


「そうしてくれ」


 番号札を渡されて、少しの間ギルド内で待つ。

 やっぱり、モードさん、強いんだな。上位ランクだもんね。


 査定料を引いて78000Gになった。金色の硬貨7枚と、銀色の硬貨8枚だ。

 宿がふたり分素泊まりで800Gだから、90日以上宿代が心配なくなった感じ? まあどう頑張っても、わたしが1日で78000Gも稼ぐなんてのは夢のまた夢、第2弾だが。

 泊まるところ以外にも、食事、お風呂、日用品、他にもいろいろかかるからわからないけど。暮らしていくのにここではどれくらいかかるものなんだろう? 一週間でどれくらいかかるとか、おおよその目安を知りたい。


 

 宿への帰り道、モードさんの腕に腰掛けて地図をじっくり見ていると、ふと視線を感じ、顔を上げる。


 びくっとして固まったのがわかったのか、モードさんはより安定するように抱き直してくれた。そのおかげで視線がブレる。びっくりした。王子、何故いる。なんでいるんだ? 王子様ってそうそう他国に行っちゃまずいものなんじゃないの?


 足音がする。怖くてそっちを見たくない。手元の地図だけを見る。


「こんにちは」


 モードさんは、近寄ってきて気軽そうに挨拶をしてきた奴を見下ろした。


「何か、用ですか?」


「アルバーレンの騎士でカイと申します。ある事情で人を探しておりまして。ご家族ですか?」


 キラリと光るアーマーに白いマントをなびかせ、抜きん出た輝きを発している騎士もどき。女性だけでなく、人々の視線を独占だ。美形の底力を無駄に発揮している。


「そうですが?」


 モードさんは返事をし、なんでそんなことを聞かれなきゃならないとばかりに不信感を醸し出す。


「にぃーちゃ」


 小さい子がむずがるように、モードさんの服を引っ張る。


 騎士に化けた王子は、わたしの手元を覗き込み


「旅をされているんですか?」


 と尋ねてくる。


「それが、何か?」


「ああ、すみません。詮索するわけではないんですが。人探しにご協力いただけませんでしょうか?」


「探しているのは女性と聞いたが?」


 わたしは大人の話はわかりませんのていで、あくびをしてみる。


「ええ、そうなのですが、魔法を使えるものがかかわっている可能性がありまして。そちらのお嬢さんにご協力いただきたいのです」


「甥っ子だが?」


「男の子、ですか?」


 王子の目から逃れたくて、腕腰掛け抱っこから背を伸ばし、モードさんの首根っこに捕まって、眠る体勢抱っこを要求する。

 モードさんは急に甘えだしてきて気持ち悪いだろうに、無言でしっかり抱えてくれた。


「そうですか、甥っ子さんですか。それでも、ご協力いただきたいのです」


「協力とは何をさせるんだ?」


「足を見せていただきたいのです」


 それ、ただの変態だろう。


「なぁ、ホクロの有無を調べていると聞いたが、甥っ子の足にホクロはない。その女性も魔法で姿を変えられるなら、ホクロこそどうにかしているんじゃないか?」


 わたしもそう思う。


 モードさんにピタリと密着して、おネムなフリを継続中。


「ホクロだけじゃなく、ある印をつけているんですよ。絶対に彼女を見失わない、ね」


 鳥肌が立つ。何をつけたっていうんだ? つけるなんてことができたのはあの時だけだろう。ホクロに吸いつかれたあの時。

 いや、大丈夫だ。わたしは生まれ変わったに等しい。昨日共同浴場でお腹ぽこりの自分の姿をじっくり見たが、ちっちゃな三角を形成する花のようにも見える3つのホクロはなくなっていた。たとえあの時何かをされたとしてもリセットされているはずだ。

 そう、もし、万が一、何かつけられたとしても、これは魔法じゃなく神様のやった容姿替えだから、絶対変わっているはず。そうですよね、神様。


 神様は干渉できないと言っていたけれど、あの時王子の気を失わせてくれたのは、実は神様なんじゃないかと思っている。かかとが王子のどこかに当たった気はしたけれど、そこまでの衝撃はなかった。当たったとしても、気を失わせるまでの一撃のピンポイントはなかなか難しいものだと思う。だからこっそり神様が手助けしてくれたんじゃないかと思った。あれは本当に助かりました、ありがとうございます。


 今後も助けてくれるなどとは思っておりません。でも、この容姿替えだけは信じてますからね。地上の誰も見破れないものだってことを。信用しています。


「お前の足を確認したいんだと。協力してやるか?」


 モードさんが尋ねてくる。嫌なら逃げ出してやるぞって言ってくれている気がする。わたしはモードさんの耳に内緒話。


「お医者しゃんになら、足を見せてもいいでしゅ」


 モードさんは頷いてくれた。


「坊主だからって、ここであんたに足見せろってんじゃないよな? 見せるならせめて医者にしてくれ。足を見せろなんて、小さいのに変なトラウマになったらどうしてくれるんだ」


 ちょっと大きな声だったから、歩く人たちがこぞってわたしたちを見て、気の毒そうな表情を浮かべたり、騎士に対して顔をしかめたり、眉をひそめたりする。街の人々も行き過ぎ感のある人探しに、いい感情はないのだろう。


「わかりました。医者を手配します。ご協力に感謝します。さぁ、私が連れて行きましょう」


 後ろでわたしに手を伸ばしている気配がする。

 絶対イヤと、モードさんにしがみつく。


「あんたらにこいつは預けない。俺が連れて行く」


「……それは残念です。こちらです」


 残念ってなに? ……いや、ただの受け答えだ。会話だ、会話。きっと深い意味はない。

 モードさんが歩きだした。

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