第15話 保護者⑥ペリカーン
ギルドに行く前に、朝ごはん兼お昼ご飯を食べて行こうということになった。
一番最初に目についた食堂という理由だけで入ったお店だったけれど、サービス満点で椅子に箱やら布を置いてくれて、わたし用の椅子を誂えてくれた。建物自体は古かったけど、真っ白の洗いたてテーブルクロスが清潔感を醸し出し、各テーブルの真ん中にはコップに入った背の低い花が揺れている。私たちが入ったことでお店は満席だ。お客さんたちも笑顔でご飯を頬張りながら、家族や仲間と楽しいひと時を過ごしている。適度にざわついていて、それもまた居心地がいい。
わたしたちのテーブルには、薄い紫色の小花が飾られていた。
お肉とスープとパンのセットがおすすめだそうで、それを注文する。
わたしが祝福前か聞かれて、モードさんは「ええ、まぁ」とかなんとか言った。するとお店の人はサービスだといって、果実のジュースをくれた。
甘いものきたー!
わたしは嬉しくなってお礼を言った。元の世界では、甘いもの毎日食べていたからね。ご飯をいただけるだけで、十分恵まれているのに、物足りなさを感じてしまうのだ。
モードさんが頷いてくれたので、さっそくカップからジュースをいただく。桃のジュースみたいな味。あっさりした甘さでいくらでも飲めそうな気がする。おいしい。
はっ。ジュースでご機嫌になってしまったが、そうだ、思い出したのだ。しばらくの間忘れていたのに。聞いたことによって思い出してしまった。わたしは腑に落ちなかったどうしても気になる事を、モードさんにぶつけることにした。
モードさんを叔父さんと呼ぶのはなんとなく
「ねー、にーちゃ」
「んー?」
モードさんはコップを手に取り、水を飲もうとしている。
「赤しゃんって、どうやって生まれてくりゅの?」
ぶほっ。モードさんは飲みかけていたお水を器用に吹き出した。
「大丈夫でしゅか?」
わたしがモードさんに近寄ろうかと動き出すと、モードさんが手でそれを止める。動こうとしても椅子からは降りられないんだけどね、足ついてないから。
ざわざわしていたお店の騒がしさが、一瞬薄れた気がした。
「大丈夫だ」
よかった。
「魔法で生まれりゅの?」
何か言おうとして、わたしの真剣さに気づいたのか、しぶしぶ言う。
「魔法では生まれない」
「じゃぁ、にゃんで生まれりゅの?」
「それはまぁ、神様の采配だ」
やっぱり、人の意思でどうにかできるものじゃないのね!
「にーちゃ」
びくっとするモードさん。
「とてもだいじゅなことでしゅ。嘘はちゅかないで、教えてくだしゃい。赤しゃんはどうやったらできるんでしゅか?」
真剣だったからか、周りの音が全く聞こえてこなくなった。
わたしはモードさんをじーっと見る。
「えっとだな。お前は、花が咲くのは知っているな」
うん、と頷く。テーブル中央の紫の小花になんとなく目がいく。花は咲く、知ってる。
「で、あれだ……」
モードさんはわたしに似せたという、茶色の髪の中に手を入れてガシガシと頭をかいた。そして小さく息を吐く。
何かと葛藤して負けたような、虚ろな瞳になっている。モードさんは水を口に含んでから教えてくれた。
「嘴が大きくてな、口を開くと、下の嘴が袋のように、体ほど広がるペリカーンという鳥がいるんだ」
ペリカンだね、まさに。
「そこに赤ちゃんの魂が入れられて、運ばれてくるんだ」
!
「結婚すると、神様が佳い時に神鳥ペリカーンを使って、赤ちゃんを届けてくれる。そうすると母親の胎内に赤ちゃんが宿る」
わたしは今までファンタジー世界だといっても、まさかと思っていた。
でも実際のところ、神様は存在しお会いしたし、異世界もあった。魔法もあって、姿は変わるわ、若返りもありだし、さらに幼児だし、神獣もいた。これはもう、わたしの常識を疑うところなのかもしれない。
元の世界にあった、あの不思議な伝聞。
赤ちゃんはコウノトリが運んでくる。アレを聞いた時、わたしは鳥、賢い!と思った。
鳥だよ。鳥が赤ちゃん運んでくるんだよ重さをものともせず、誰んちのどの子って鳥がわかるんだよ。凄すぎだよね。その発想どっから出てきた?と思った。
発祥の地の、出稼ぎの季節とベビーラッシュ、渡り鳥が来た時とのタイミングでうまいこと言ったふうに、運んできたって言われてるんじゃないかって説が有力だったけどさ。
わたしは仮説を立てる。わたしが召喚のおまけで異世界に来たように、何かの拍子でこちらから、わたしのいた世界へと行った人がいるんじゃないかと。こちらの住人がペリカーンならぬコウノトリ説を言って広めたのかもしれない。だってここではそれが事実なのだから!
「結婚しゅるのは、どうやって神しゃまがわかりゅの?」
「教会に届けるんだ。そこで、神官から祝福を受ける。それで結婚が成立して、神様にも伝わる」
大丈夫、わたしは結婚してない。あ、でも届出されちゃってたら? だからあんなに子が授かると強気だったのか?
「代理人が教会に届けても、結婚しゅることになっちゃいましゅか?」
「ふたりで祝福受けて、受領だ。まあ代理人でもできないことはないけれど、その時は真名がいる」
助かった! 大丈夫だ。
神様、働きすぎじゃない? 全部の生き物の誕生を決めるなんて。休みなくない? ブラック極めりって感じだ。
「しょっか。にーちゃ、教えてくりぇてありがとう」
わたし、王子と結婚してない。子供を授かるわけない。
姿はリセットされているのに、どんなことで授かるのかがわからないから、引き継がれる要因があったらどうしようと怖かった。
全く、ハラハラさせてくれたよ、王子は。
あれ、でも。
「にーちゃ。じゃぁ、伽や閨事って? にゃにをすりゅの?」
「待て。お前、誰に何を言われた?」
急に怖い顔と鋭い声になったので、言葉少なになってしまう。
「……ききかじった」
そうか、と表情なく笑うモードさん。
「それはな、……仲良くするんだ」
モードさんが無表情だ。
「仲良くしゅりゅの?」
「そうだ」
子供を授かる云々でなくて、イチャイチャするとかか。あれらはイチャイチャの一環か。だからあんなことをしてきたのか。全く無駄に
料理が運ばれてきた。運んできてくれた人が、なぜかモードさんの肩を励ますように叩いていく。
なんかモードさんは疲れて見える。
やっぱりわたしを運ぶのは疲れるよね。
気が軽くなったわたしは、疲れて見えるモードさんのために、懸命に食事のお世話をしてみた。が、却って迷惑をかけて、さらに世話をかけることを学んだ。切ない。
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